18 『自分』を見よう 【18-1】

18 『自分』を見よう


【18-1】


「陽太郎さん、待ってください」

「あ、いいよ、あと少しだから。真梨ちゃんは外でも見てなよ」

「ダメですよ、私、仕事中ですから。しっかり仕事はします」


遊びに来た友達ではないのだから、私はこれでお金をもらうわけで。

陽太郎さんに追いつけるように、少し速めに足を動かしていくと、

最後の1段を踏み外してしまう。


「あ……」

「おっと……」


偶然、そばに陽太郎さんがいたので、思い切り転ばずに済んだ。


「すみません」

「危なっかしいな、本当に」


陽太郎さんの笑っている顔、私は『すみません』ともう一度謝罪する。


「『すみません』か。真梨ちゃん、それよく言うよね」

「エ……あ、はい。よく失敗をするからだと思います」


本当によく失敗する。

とりあえず『すみません』が、意識しなくても口から出ていくし。


「この間、かみ合わない人生を送ってきたって、真梨ちゃん言っていただろ」

「はい。まぁ、今のように、ようは私が抜けているわけですけど……」


慌てて何かをしようとすると、すぐに失敗する。

元々、要領がいいわけではないのだから、ちゃんと落ち着いて行動しないと。

そう思うのに、思うだけで……


「ぬけている……か。でも、そう思っているのは、真梨ちゃんだけかもしれないよ」

「エ……」

「女性は、少し抜けているくらいがかわいい。
今のように、手を差し出してあげられるタイミングをとれるような人。
実際、男はそう思うヤツが多い」


陽太郎さんはそういうと、残りが終わったら、昼飯にしましょうと言ってくれる。

私は『はい』と答えると、まっすぐに前を見た。

両側から車が来ていないことを確認し、道路を横断。

もう一度水田家に戻って、今度はバッグを2つ受け取っていく。

それを右と左の肩、それぞれに担いだまま下に降りてくると、君野さんを見つけた。


「あ……君野さん!」

「尾田さん」


君野さんは私に向かって手を振り、その後しっかりと頭を下げた。

おそらく、後ろを歩いている陽太郎さんにたいしてだろう。


「お引っ越しですか」

「はい、お隣ですよろしく」

「いえ、こちらこそ」


君野さん、レストランでうさぎのイラストを買いてもらってから、

陽太郎さんを見ると、いつもニコニコしている。


「私も手伝います」


君野さんはそう言うと、私の右からバッグを取る。


「悪いね」

「いえ、私も3階に上がりますから」


先頭を君野さんが歩き、私、それから陽太郎さん、順番に並ぶ。


「初音ちゃん……」

「あ……覚えていてくれたんですか、私の名前」

「もちろん、うさぎのイラストのことも、覚えてますよ」


陽太郎さんは、その言葉の続きに、このビルにはエレベーターはつかないのかと、

尋ねていた。君野さんは、それは聞いていないので、ないだろうと教えてくれる。


「あ……そう」


陽太郎さんは、面倒だなとぼやき出す。


「あいつなら、予算など考えずに最先端でくるかと思ったのに」


ここで言う『あいつ』とは伊集院さんのことだろう。


「このビルには、社長が夢を詰め込むそうです。だから名前も『ティラノザ』だし」

「夢?」

「はい。『ティラノザ』は社長が大好きな『ティラノザウルス』からつけました」


君野さんは『あの恐竜のですよ』と、両手を恐竜の手のように構えて、

付け加えてくれる。


「恐竜? そこから来たのか」

「はい。堂々とした風格と、圧倒的な力で水田涼太郎と戦うのだと……」

「あ、そう。わかりづらいし意味不明だな相変わらず、おたくの社長は」

「エ? そうですか?」


私の意見は、陽太郎さんと同じだが、君野さんは少し違うらしい。

おかしな、おかしな伊集院さんだけれど、君野さんとはなんとなく波長が合うのだろう。

『いい再就職先』だと、言えるのかもしれない。

私たちは話しをしながら歩き、3階に到着し、アトリエに予定の荷物を入れる。

君野さんは隣の『SHY』の営業所を開けると、何やらPCを立ち上げだした。


「よし、ここに入れる荷物はとりあえずこれで終了だな。
まだ、持ってきたいものもあるけれど、それは必要に応じて運ぶよ。
その後は、俺が勝手に広げていく」

「いいです、手伝いますよ」

「ん? いいよ」

「どうしてですか、いいですよ、さっきからどうしてそんなに遠慮するのですか?
今日1日はこちらで頑張らないと」


時間給のパートではなく、社員なのだから。


「遠慮をしているわけではないけれど、初日からガンガンやるのもねぇ。
陽太郎さんは、涼太郎さんと違って人づかいが荒いと、思われたら困る」


陽太郎さんはそう言いながら、荷物を端に置く。


「そんなことは思いませんよ、陽太郎さん。それなら、少し掃除機かけましょうか」

「掃除機?」

「はい。内装工事の細かいゴミがまだ、残っている気がしますし。
あれこれものを置いてからだと、掃除しづらくなりますよ」


急ピッチの工事だった。しかも、伊集院さんが使う場所をわけてもらったのだから、

仕切りも後から入れている。業者もそれなりに片付けをしてくれているし、

大きなゴミはもちろん落ちていないけれど、空気の入れ換えとか、拭き掃除とか、

やれることはたくさんあるような気がして。


「そっか、そうだな」


陽太郎さんはとりあえず壁にボードを貼るために、釘を打ち出した。

私は運んだバッグを、部屋の隅に置く。


「あ……真梨ちゃん、その青い方のバッグは、涼太郎のなんだ。
入れるものがみつからなくて、勝手に借りてきたから、中身すぐに出しておいて」


陽太郎さんは、気づかれる前に返しておかないといけないからと言うので、

私はわかりましたとチャックを開けていく。

仕事の書類だろうか、ファイルが数冊。

それにお気に入りだろうと思えるコーヒーカップ、携帯のゲーム機。

これは気分転換にでも使うのかな。

中にある小さなポケットもとりあえず開けてみる。

そこにも小さな袋があったので出してみると、なんだか丸いものが入っていた。


【18-2】



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