18 2本の手

18 2本の手


次の日、亮介は軽部から預かっている企画書類を手に持ち、支店へ向かった。

自分より先に出社した太田のデスクには、

『戸田リサイクルへ向かいます』とのメモが残されている。

自分の怪我は予定外だったが、あの旅行から仕事の縁がつながりだした太田は、

近頃、少しずつとはいえ、やる気も見え始めた。


荷物を置き、隣に出社する予定の塚田の席を見たが、まだ、気配すらない。

壁にかかる時計を見ると、いつもの出社時間より明らかに遅い時刻を示す。


「支店長はどこかに行ってるの?」

「いえ、何も聞いてませんが」

「そう……」


始業時間になっても塚田は現れず、亮介は仕方なく営業部員達に、それぞれ指示を出した。

時計が10時を軽く回った時、やっと塚田が顔を出す。


「おはようございます」

「あぁ……」


女子社員の挨拶にも、辛そうに手をあげた塚田は、明らかに様子がおかしかった。

自分の横を通りすぎる時の額の汗に、亮介はすぐ異変を感じ取る。


「支店長、どうかされたんですか?」

「いや……気にしないでいい」


どこまでも自分に対し気を許そうとしない態度に、少しイラつく亮介だったが、

心を落ち着かせ、頭を下げると、仕事に取りかかった。





それから1時間後、塚田は打ち合わせに使用する会議室の中にいた。

実は昨日の夜から熱が出ていたが、どうしても休むわけにはいかず、

無理をして仕事にやってきた。医者でもらった薬をポケットから取り出し、

自動販売機で購入したお茶の缶を開けようとした時、扉をノックする音がした。


「誰だ……」

「深見です」


その声に、薬の袋をポケットに戻し、塚田は入れ……と返事をする。

亮介は軽く頭を下げ、手に持っていたコップを、テーブルに置いた。


「薬は水で飲まれた方がいいですよ」

「……」

「お茶やコーヒーは、組み合わせが悪いと、効かなくなるどころか、
悪影響が出ることもありますので」


自分の行為に、何も返事をしない塚田の背中を見ながら、亮介はさらに話し続ける。


「出過ぎたことですが、支店長が薬の袋をポケットへ入れたところを、見たものですから」

「……深見」

「はい」

「余計な気を使う必要などない。君の企画を、本社へあげるといい。
小田切専務もお待ちかねだろう」


亮介は、塚田がすでに自分が動いていることも知っていて、

本社からの催促の話にも、気付いているのだと感じ取った。

見続けた背中からは力を感じられず、小さく、寂しささえ漂って見える。


「私の企画書などありません。
ですが、仙台をこよなく愛した社員の想いならば、ここにあります」


そう告げると、軽部から受け取っていた企画書を、ファイルに入れたまま塚田の横へ置いた。

塚田はそのファイルを横目で一度見たが、すぐに視線を外す。


「このような出過ぎたまねをしてしまい、申し訳ありませんでした。
しかし、この支店で、誰よりも仙台のことを知っているのは、間違いなく軽部です。
『クライン』の仕事が、わが社にとってどれだけ重要なものかを知っているだけに、
ただ、見ていることが出来ませんでした。
支店長からの指示もないのに、勝手に動いてしまったこと、その責任は全て私にあります。
しかし、この軽部の想いだけは無駄にしたくないんです。
支店長の方から、上へ話を通していただけないでしょうか」

「君が出せばいいじゃないか。その道筋だって出来ているのだろう。
格好つけずに、自分の成果をあげればいい」


部下からも信頼され、本社からの評価も高い亮介に対し、

塚田はその時に言える、最大限の嫌みを向けた。


「格好つけているのは、支店長の方です」

「……何?」

「なぜ、そんなふうに構えるんですか。ここは、戦場でも、試験場でもありません。
社員は全て同じ目標に向かって、前を向いているんです。支店長という立場にありながら、
あなたはその視線を、ふらつかせようとばかりする」


亮介は自分の手を握りしめ、言葉を送り出す。

どうしても、わかってほしいと訴える目は、まっすぐに塚田を捕らえた。


「本来、社員の目は、全てお客様の方を向かなければならないのに、
今の仙台支店は、支店長……あなたのことばかり見ようとしています。
自分がどう評価されているのか、支店長の目がどこへ向くのか、
ビクビクしている状態じゃ、誰もいい仕事なんて出来ません」


亮介は自分の内ポケットから、軽部に手渡された『退職届』を取り出し、塚田の前に置く。

塚田の目がすぐに亮介の方へ向けられた。


「私のものではありません。これは、軽部のものです」

「軽部のもの?」

「彼女は、ここを去る気持ちを固めて、今回、『クライン』の社長への企画に、
取り組んでくれました。支店長に評価される気持ちもない彼女の目は、お客様の方だけを捕らえ、
ただ自分の愛している仙台のいいところを知って欲しい……その想いだけです。
支店長の気持ちに応えるために、視点をふらつかせたままの企画書とは、想いの深さが違う」


塚田は亮介の置いた、軽部の企画書を1枚ずつめくっていく。

今まで知らなかった店や、知らなかった場所へのこだわりに、

揺れながら見ていた視線が、真剣なものに変わる。


「私がこの企画をあげれば、本社にいる者がそれなりに動くことはわかっています。
でも、それではダメなんです。この企画が……」


亮介は、子供の呼び出しで、申し訳なさそうに会社を退社する軽部の横顔や、

自分の失敗に、ため息をつく太田の顔を思い出していく。


「この企画が、支店長と私の、争いの道具になってしまうからです」


塚田はそう言い切った亮介の顔を、すぐに見た。

そして、また視線を外し、軽部の企画書を横へ置く。


「軽部の出してくれた、純粋な企画書のことで、色々なところに遺恨を残したくはありません。
彼女の仕事を、余計な力を加えることなく、お客様へ届けたいと思っています。
それには、支店長が正規の形で提出していただかなければ、無理です……」


亮介の言葉に、しばらく黙っていた塚田だったが、

表情を全く変えることなく、言葉を加える。


「以前も聞いた気がするが、お前の手は何本あるんだ、深見」

「塚田支店長と同じで、2本しかありません」

「……だとしたら、ことを複雑にするな。せっかくの話が、掴みきれなくなるぞ」


塚田は、直接本社の人間に対しアピール出来るこのチャンスを逃したら、

亮介が今の地位を維持できなくなるのだと、遠回しに告げる。

亮介はそれを知りながら、わかっていますと頷いてみせた。


「私の手は2本しかありませんが、その手からこぼれ落ちそうになる時には、
必ず仲間が空いた手を貸してくれます。その支えがあるからこそ、限界まで掴めるのだと、
私はそう思っています」


亮介の言葉に応えることなく、塚田は別の方向を向いたままだった。

寂しそうな背中に向かって、亮介は最後の訴えをする。


「どうか、支店長の周りにある手を、信用して下さい。
あなたが下で大きな手を広げてくれたら、みんなその支えに安心して、
頑張ることが出来るんです。後ろで手を組まれたまま、形も何も見えなければ、
隠されたその手が、自分たちを叩くことを恐れて、人に貸すべき手を、防御に使うだけです」


自分の周りにいる部下を、信用して欲しいと言い切った亮介は、

最後にしっかりと頭を下げ、ドアノブに手をかけた。


「今のままでは、いられないかも知れないぞ」

「構いません……」

「……本当に、それでいいのか。積み上げてきたものが、崩れ落ちることもある」


順調に出世を積み重ね、東北4店のまとめまでするようになった地位から、

降格する可能性が高いのだと、塚田は告げた。


「私の価値を、そう評価する人間しかこの会社にいないのなら、それは仕方のないことです。
でも、今の地位から落とされたとしても、必ず這い上がってみせる自信がありますから」


亮介はそう言うと、ドアノブにかけた手をはずし、しっかりと握り締める。


「私のこの手の力を、信用してくれている人がいますので……」


亮介は家で待つ咲の笑顔を思い出し、そう塚田に告げた。

彼女なら、自分がこう判断したことを、同じように想い、受け入れてくれるはずだ。

亮介は、そのまま塚田の顔を見ることなく、会議室をあとにする。

塚田は軽部の出した企画書を見つめ、亮介の足音が小さくなるのを、黙って聞いた。




                                 深見家、新メンバー加入まで……あと20日






19 戦いの後 へ……




いつもおつきあいありがとうございます……

ランキング参加中です。よかったら1ポチ……ご協力ください。

コメント

非公開コメント

こんにちは!!e-451

ウ・ウ・ウ…ま・まさかが、やっぱりィにi-195・・・

思慮深く、先を見越した行動が取れる

亮介さん、あなたは立派だ!立派すぎるくらいだ

これが最善なんだろうと思うけど、釈然としない気持ちがあるのも確かです。

亮介さんに称賛の拍手と、塚田を追い込めきれなくて、がっかり~の気持ちを送ります。
でも、ある意味、追い込んだのかもね?


それもこれも、咲ちゃんと支えてくれる仲間がいるからって、そういうことわかってるし
どんだけいい人なのあなたは。

そうだよ、亮介さんなら、いくらでも這い上がって今よりもそして塚田よりも上に行っちゃてるよ。
それを望んでるかどうかは、別としてね。

さあ、塚田!亮介さんの志をどう受け取り
どう扱うか、あんたの真価が問われる!

敵(?)に贈られた塩、うまく捌ける?


    では、また・・・。e-463

信頼に足る手。

亮介の周りを信頼する言葉、自分を信じてくれる周りのこと。それらが亮介をこの位置にまで押し上げたきたのだと思います。

失ったら又頑張って手に入れればいい。
何度も這い上がってくればいい。

言うだけでも大変なこと、でも亮介なら出来ると思う。助けてくれる仲間が居るから。
愛する人たちが居るから。

塚田さん、部下にそこまで言われてさてどうします?

No title

皆さん風邪引いてませんか?
ココは風邪気味がずっと続いていて、読めますが
自分の言葉を纏めてコメントするのがシンドイので、コヒペで書き逃げですv-30

今回は心に残る名セリフがずらっと並んで
感動しています。【セリフ考え出したももんたさんは凄いぞ】v-222と感心してますよ。

①>「この企画が、支店長と私の、争いの道具になってしまうからです」

★この気持ちが深見の公正さと善良さを示してるとおもうの

②>ただ自分の愛している仙台のいいところを知って欲しい……その想いだけです。
 支店長の気持ちに応えるために、視点をふらつ かせたままの企画書とは、想いの深さが違う」

★部下思いを感じさせる言葉であり、軽部の気持ちを上司塚田に代弁する心の強さがにじみ出てる

③>その手からこぼれ落ちそうになる時には、
 必ず仲間が空いた手を貸してくれます。その支えがあるからこそ、限界まで掴めるのだと、
 私はそう思っています」

★もう千手観音の如く多くの手を持つ深見亮介。
皆深見の為に協力をお惜しまない仲間、部下など
この信頼関係は地道に築き上げたもの、人脈は物凄い財産ですね。
心と心で繋がった人間関係は真の友であり【三つよりの綱】の如く簡単には切れない。
苦しい時の真の友はお金v-61では買えない 

v-238BYJと家族の関係を見て【三つよりの綱】だと思うのよ

④>必ず這い上がってみせる自信がありますら」

★さぁ~塚田はどう対応するんでしょうね。
これ以上自分を下げないプライドは残ってるとは思うけど、土讃場に立たされてるから
最後まで、自分が可愛いを押し通し企画を自分の名で提出するか?

続きが楽しみですね。

仙台支店のために

mamanさん、こんばんは!


>これが最善なんだろうと思うけど、
 釈然としない気持ちがあるのも確かです。

あはは……。もっと、ギャフン! を狙っていたのかな?
さぁ、どうだ! とやることよりも、
自分の身を捨てて、何かを守ることを
軽部の行動から、亮介は考えたのかなと……。

仙台支店のこれから……を、思ったゆえの行動です。

さて、しかし、じゃぁ、塚田はどうするのか。

そこらへんはですね……

今は言えません。
また、再開後に、読んでやってくださいませ。

塚田のうしろ

yonyonさん、こんばんは!


>亮介の周りを信頼する言葉、
 自分を信じてくれる周りのこと。
 それらが亮介をこの位置にまで押し上げたきたのだと思います。

亮介は、仙台支店のこれからを考えた結果、
こんな行動に出たのかなと、私は想っています。
たとえ、塚田にパンチしても、その後ろに小田切が
いるのも、わかってますからね。

孤独感を指摘された塚田、
さて……どのような行動に出るのか……

また、読みに来てね!

千手観音……だね

ナタデココさん、こんばんは!
風邪は大丈夫ですか? 無理しないでくださいね。

名ゼリフだなんて、恥ずかしいですが、
亮介の気持ちが伝わるように……と思っていたので、
ほめてもらって、嬉しいです。

実際に、これを上司に言える男は、そういないでしょうけどね。

そう、亮介には仲間(色々な意味の)がいるんですよ。
そこは、彼の財産だと思います。
塚田にも、輪に入って欲しいんですよね。
そこらへんの続きは……

また再開後に、読んでやってください。

仲間のために

yokanさん、こんばんは!
稲刈りお疲れ様でした。疲れちゃってるのに、
読みに来てもらえて、とても嬉しいですけど、
睡眠、たっぷり取りましょうね。


>軽部さんの企画が、塚田の争いの道具に
 なってしまうのが嫌だと言う亮介。
 その気持ちを塚田は理解するのでしょうか。

もちろん最初は、塚田をやりこめてやろうと
軽部に企画書を頼んだ亮介ですが、
『退職届』に込められた、想いを知り、
自分を守ることより、仙台支店を守ることを決めました。

さて、塚田はここからどうでてくるのか。
変わるのか、変われないのか

……また、再開後に、お付き合いお願いします。

さすが深見亮介だね!

あぁ~やっぱり亮介さんらしい

自分の事より、仙台支店、しいては会社のためにきちんと筋を通す!
全ての想いを込めた直球で塚田と相対する事に決めたのね・・・

自分の保身しか考えられない塚田に
亮介さんの想いがどれほど伝わったのか不安だけど
軽部さんの企画書を見た塚田の視線が真剣なものへ変わった事に
一縷の望みを持ちたい私です・・;;

それにしても2本の手を初め、塚田に向けての亮介さんの台詞の数々
とっても素晴しかったです。

これって少し言葉を変えると会社の中だけじゃなく
家庭を含めどんな社会にも言える事だよね

亮介さんの(ももちゃんの^^)この台詞に込められた想いを感じて、本当に感動しました^^

再開後の続きを楽しみに・・・
一周年企画もワクワク^^v
期待しています~♪



ももちゃんとこの…主人公♡

はぁ~まったくももちゃんの描く主人公は、すごいね~(^o^)//

亮介さんも然り、直斗さんも然り…
自分ひとりの欲とかは後回しにして
組織全体の進むべき方向をいつも考えてる…!!

そして、敵に回すはずだった人物も、
心からの言葉や態度で、しっかり説得して理解し合う。。。^m^

きっと塚田氏も、
亮介の想いに、生き方を変えていくと思うんだけど…^^;

亮介には、彼を慕って手を差し伸べてくれる味方が沢山いるからね~^^
それは素晴らしい財産だよね!

さてさて、ジュニアとのご対面まであと…20日なんだね~^m^
待ち遠しいなぁ!

でも、そのまえに一周年企画なのね~♪
こちらも楽しみにしています~☆

亮介の意地

バウワウさん、こんばんは!


>あぁ~やっぱり亮介さんらしい
 自分の事より、仙台支店、
 しいては会社のためにきちんと筋を通す!
 全ての想いを込めた直球で
 塚田と相対する事に決めたのね・・・

亮介らしいと思ってくれて、嬉しいです。
間違っていることには、正面からぶつかるのが
彼のやり方ですからね。

まぁ、塚田とは家族の状況など、積み上げてきた
ものが違うわけですけど。


>これって少し言葉を変えると会社の中だけじゃなく
 家庭を含めどんな社会にも言える事だよね

ですよね……セリフはいうも浮かぶんですけど、
親として実行出来ているかどうかは……(笑)

いつも、お付き合いありがとうございます。
1周年企画の方も、よろしくお願いします。

咲ちゃん、もうすぐ

eikoちゃん、こんばんは!


>亮介さんも然り、直斗さんも然り…
 自分ひとりの欲とかは後回しにして
 組織全体の進むべき方向をいつも考えてる…!!

ありがとう。なんだかとっても立派な人みたいだよ。
立場もあるだろうし、状況もあるだろうけれど、
塚田のように、反する人間がいると、
際立つのかもしれないね。


>さてさて、ジュニアとのご対面まで
 あと…20日なんだね~^m^
 待ち遠しいなぁ!

やっとここまで来ました。
なんとか無事、出産してもらわないと(笑)

いつも、ありがとう。
1周年企画の方も、よろしくお願いします。

No title

今頃コッソリです・・・

亮介の行動は、支店長には理解できない部分が多かったのでしょうが、何かが変わりつつある回でしたね。

心が揺れているのは支店長の方。

誰かに支えられ、仲間や家族を思いながらやってきや亮介と、ひとりでなにもかも背負ってきた塚田支店長の環境の違いが浮き彫りになってきましたね。

どうしても塚田さんに気持ちがいってしまう私なの・・・

では次へ!

いつでもどうぞ!

なでしこちゃん
ここから進んでくれたんだ。大変なのに……

>どうしても塚田さんに気持ちがいってしまう私なの・・・

あはは……。それはね、なでしこちゃんが創作をする人だからだと思いますよ。
私も他の方の作品を読んでいて、脇が気になって仕方がないときがあるもの。

気にしてあげてね。
さて、私も次へ!(笑)