24 『呼吸』を知ろう 【24-1】

24 『呼吸』を知ろう


【24-1】


勉強もスポーツも得意とは言えない私には、特に誇れるものはない。

世の中からすると、その他大勢のような人間だということも、十分わかっている。



受話器を握り、母の一方的な話を耳に受けながら、

向こうで椅子に座っている涼太郎さんを見た。

世の中にたくさんの『コンビニ』があることも知っている。

でも……


「ねぇ、真梨、聞いているの? ちょっと……」

「お母さん……」

「何?」

「自分でやってみたこともないのに、コンビニの仕事が簡単なものだと、
誰でも出来るとか、そんな失礼なことを言わないで」


私はともかく、涼太郎さんは違う。

いや、涼太郎さんだけではなく、今、目の前で同じように商品を吟味している、

色々な人達が、『一歩先』を目指して、みんな働いているのだ。

楽に見えるところもあるだろう。何も考えなければそうかもしれない。

でも、『上に行こう』、『もっとよくしよう』と思えば思うほど、

どんどん課題も出てくるし、また、楽しみも生まれてくるのがこの仕事だ。


「今も仕事中なの。とにかく事情はわかった。後からもう一度連絡する」

「仕事? お店?」

「ほら、そういう発想しかないでしょう。お店の中にいるだけが仕事ではないです。
いい? 食事を作るのが大変なら、それこそコンビニに行けばいいよ。
お弁当も栄養を考えて、しっかり作っているから。よく説明読んでみてね」

「あ……真梨」


私は会話を強引に切ると、大きく深呼吸する。



人生22年と数ヶ月。

母に、初めてとも言えるくらい、思った通りに言い返した。



椅子に座って、データを見ながらコーヒーを飲む涼太郎さん。

この前、伊集院さんが来た時、今までとは違い、思い切り言い返していた。



自分の選んだ道は、間違っていないし、誰に何を言われることもない……



私も今、涼太郎さんの存在を感じながら、母にハッキリ言い返せた。

私にとって、今の仕事は『自分らしくいられる大事な時間』。


「話の途中ですみませんでした」

「いや、お母さん、何かあったの?」


何もないですとは、さすがに言えない。


「はい。母が階段を踏み外して、腕を骨折したと」

「骨折?」

「あ……でも、声はものすごく元気でしたし、昔から大げさなんです。
自分のことだけは」


そう、そういうところは本当に真優と一緒。


「骨折かぁ……。それは大変だ。出来ないことも多いだろうし。
すぐに様子を見に行ってあげた方がいいと思うけど」


母の様子。

涼太郎さんに言えば、こうなることはわかっていた。


「……そうですよね、すみません、この間、自分の怪我でご迷惑をかけたばかりなのに」

「そんなことは気にしなくていいよ。今ならまだ、陽太郎も出られるだろうし、
そうだな、明日にでも……」


涼太郎さんはシフトはどうにでもなるからと、そう言ってくれる。


「ありがとうございます」


私は残ったコーヒーを飲みながら、今頃、携帯を握りブツブツ文句を言う、

母の姿を想像する。


「こんな時ばかりです」


そう、私に声がかかるのは、こんなときばかり。


「いつもは真優、真優って……妹のことばかり自慢して、話をするのに。
急に具合の悪いことが起こると、真梨、真梨って……。あんたならいいよねと、
今まで、何度言われたことか」


私は社会人、妹は大学生。

常識的に考えたら、どっちの方が自由になりやすいのか、考えなくてもわかる。


「『ハウスフレンド』が出来て、バイトも見つかりにくくなっているのに……」


迷惑をかけたくない人たちばかりに、迷惑をかけてしまう現実。

情けなくて、哀しくて……


「すみません、こんなこと……言うつもりなかったのに」


そう、涼太郎さんに言う話ではない。

尾田家の曲がった部分。


「気にすることはないよ。自分の親だ。怪我をして困っているのだから、
様子を見に行って、初めて本当に落ち着けるだろうし」


涼太郎さん……


「なんだよもう……と思っても、でも、気になるのはきっと、俺も同じだから」


涼太郎さんはそう言って笑うと、残りのコーヒーを飲んでいく。

私は『はい』と返事をし、同じようにコーヒーを飲んだ。





涼太郎さんと出かけた『新商品イベント』は、とても充実していた。

扱う商品の多さを初めて痛感することが出来たし、

また、商品を並べるレイアウトも、勉強になった。


「展示?」

「はい。あ、いいなぁ、今度そうしてみようと思えるような箇所もあって」

「そんなところあったかな……俺、ボーッと見ていたのかも」


涼太郎さんは、私の話すところが思い出せないのか首を傾げたが、

すぐに笑顔になる。


「まぁ、いいや、よろしく頼みます、尾田さん」

「あ……いえ、頑張ります」


涼太郎さんに私の何かがプラスになって、

私にも涼太郎さんの色々なところがプラスになる。

それが『スコッチーズ 柚原駅前店』という形になれば、一番いいことで……

会場から駅に向かう道。

同じようにイベントへ来た人達と、同じような流れを作る。


「これで夕飯終了にはならないだろう。もしよかったら……何か、食べに行こうか」


珠美さんの言う通り、イベントにはそれなりに食べるものはあったけれど、

もちろん満腹とはいかないわけで。


「……はい」


涼太郎さんともう少し一緒にいられる。

そう思うだけで、とにかく嬉しい。


次から次に、言葉が出てくるような人ではないけれど、

でも、その動作一つずつが誠実で、ウソがなくて。

少し不器用だったりするところも、私がそういう人間だからか、ものすごく共感できて。

『ただそこにいてくれる』だけで、心が落ち着いてくる。



やっぱり私は、涼太郎さんが好きなんだなと……



静かに隣を歩きながら、そう思えて……



駅まで戻り、並ぶお店の中から、

お腹の具合からしてもちょうど良さそうだと、『おそば屋さん』を選ぶ。

暖簾をくぐり、テーブルに向かい合うと、一つのメニューを一緒に見た。


【24-2】



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