25 『一緒』に帰ろう 【25-5】


【25-5】


残された私は、全身の力が抜けてしまうくらいの状態。

たった数歩、歩くだけだけれど、部屋の扉、開けられるだろうか。

手が震えて、鍵穴に入らないかも。



神様……



「はぁ……」


無事、部屋に到着し、大きく深呼吸をする。

確かに、間違いなく、絶対に涼太郎さんが触れてくれた唇を、

どこかから邪魔が来て、勝手に触られたりしないように両手で隠す。

邪魔と言っても誰かがいるわけではないけれど、

この幸せの余韻が、消えてしまわないように。

明日も、あさっても、それだけで私、生きていける気がするから。

その日は布団に頭もすっぽり潜り、涼太郎さんのことをずっと考えた。



いつも、そうだけれど、いつもよりもっともっと……

色々と遠慮無く。





「おはよう」

「おはようございます」


鶴田さんと藤田さん。

近頃、朝の勤務が2人だとレジから抜けられないくらい忙しく、

3人体制になることが増えた。


「『坂上小学校』の裏門近くにあった、『タグマート』が先月で閉店したって」

「そうそう、それで上の団地のみなさん、ここに来てタバコとか買ってから、
電車に乗るのでしょう。一気に忙しくなったわよね」


『タグマート』も『スコッチーズ』や『ハウスフレンド』と同じコンビニチェーン。

『坂上小学校』はよくわからないけれど、

おそらく、このバスロータリーの奥にある場所だろう。


「閉店したって、お客様が来なくてということですか」

「まぁ、そうだろうね。儲かっていたら閉めないだろうし」


今やコンビニの飽和状態だと、ニュースで聞いたことがある。

右を見ても左を見てもコンビニ。

そんな場所は、ざらにある、


「でもあのあたり、人は多いよね、集合住宅結構あるし」

「そうよ。水田家のマンションもあるし……」


水田家のマンション?


「外掃除、行ってくる」

「お願いします」


藤田さんは掃除の道具を持って、お店の外を掃きに行く。

私と鶴田さんは、納品された商品を棚に収めながら、お客様の対応。


「あの……水田家のマンションって」

「あ、尾田さん知らない?」


私は『知りません』の意味を込めて、頷く。


「そうか、あんまり上の方、用事ないものね」

「そうですね、この辺だけでまかなえるので」


私は品物を入れながら答えた。

学生時代からこの町に住み続けているけれど、バスロータリーの向こう側には、

行ったことがない。

バスが到着したため、お客様が一気に店内へ入ってくる。

すぐにタバコの銘柄を指定する人もいるので、私と鶴田さんはレジへ入った。

そこからも仕事は続き、気がつけばお昼少し前。


「あ、そうそう、水田家のマンションのこと途中だったじゃない」


鶴田さんは手を叩き、話を戻してくれた。

『坂上小学校』の近くに、水田家が持つ賃貸マンションがあると、教えてもらう。


「確か、10年前まで涼太郎さん達のおじいさんが住んでいたのよ。
水田家はここで文具店をしていたから、家も同じ建物の2階だったけれど、
向こうは広くて大きな庭のある家でね」

「あ……水田家のこと?」

「そうそう……」


藤田さんもその話は知っているようで……


「おじいさんが亡くなって、マンションに変えたんだよね。
1階に数店舗入っていて、3階建てだったかな」

「うん」


鶴田さんは息子さんの同級生が、そこに住んでいると話してくれる。


「子供が複数だと少し狭く感じるかもしれないけれど、新婚さんとか、
3人家族くらいなら、いいマンションよね」

「そうそう」


『新婚さん』か……


「いらっしゃいませ……」


お客様の入店音が鳴ったので扉の方を見ると、『お疲れ様です』と入ってきたのは、

うちの『P』。

『P』とは『スコッチーズ』本部の人で、『プロフェッショナルパーソン』の略。


「涼太郎さんはもう来てますか?」

「涼太郎さんは1時ですけど。何よ、また文句?」


パート歴の長い藤田さんは、『P』が来てもひるまない。


「何も文句なんて言ってませんよ」

「あら、そうかしら。もう少し『スコチキ』に力を入れて……とか、
ここに来る度、色々と言うでしょう。水田さんは成績もいいしとか適当にあげといて、
最後には『もう少しここを……』って落としてくる」

「ひどいな、藤田さん。それはアドバイスと言うんですよ」


『P』は、地域ごとに担当が決まっていて、数店舗をまとめて面倒見てくれている。

発注の状況、売り上げの状態。

そういうものを束ねながら……



確かに結構、あれこれ注文もつけてくる。



頼りになるけれど、うるさいなと思うこともあるんだよね。

藤田さんに言われちゃうと、『P』もタジタジ。


「涼太郎さんに用事があるので、奥で待ちます」


女性に囲まれることを嫌がった『P』は、そそくさと事務所の中に。

涼太郎さん、少し早く来るらしい。

私は発注機材を首にかけたまま、レジに来たお客様の対応をした。


【26-1】



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