27 『影』を見よう 【27-2】


【27-2】


「ここは、どうするつもりですか」

「ここ?」

「はい。このアトリエです」

「イギリスには1年行くことになりそうだから、そのまま借りておくことにした」


水曜日、陽太郎さんの助手の日。

陽太郎さんから、秘書的な役割をしている駒井さんは日本に残り、

アトリエにある作品の管理と、すでにもらっている仕事の流れを頼んであると説明される。

それにしても、『大学の付属幼稚園のパンフレット』、それに絵本の挿絵、

さらに……



『スコッチーズ』のキャラクターをモデルにした絵本。



「泣き虫『コッチ』ですか」

「あぁ、駒井が『スコッチーズ』本部に話をしにいったみたいなんだよね。
俺が知らないうちに」


そう、『スコッチーズ』のロゴキャラクターは、元々ひよこ。

特に名前も知らなかったが、今回、陽太郎さんがイラストを描き、

『泣き虫コッチ』というネットでの連載が始まった。

実際にはCG処理などもされるため、陽太郎さんが毎回描くわけではないが、

ネットでの連載が好評となれば、それをまとめた本を出版する話まで、浮上する。


「真梨ちゃんにあげた絵、あるだろ」

「はい。ひよこの」

「そう……あの原案というか下書きがこのアトリエに残っていてね。
それを駒井が見つけて、思いついたんだ。うちがここに店を構えていることも、
もちろん話したし、俺が今度イギリスに行くことも、色々と」

「そうですか」


社会人になりたての、まだまだ未熟なひよこ。

陽太郎さんが私をイメージして描いてくれたあの絵から、

『コッチ』が生まれていくなんて。


「ネットを使う話は早いな。北海道からも戻って、東京であれこれしているうちに、
ドンと決まってたわ」

「陽太郎さんの実力が、認められたと言うことですよ」


それはお世辞でもなんでもなく本当のこと。


「まぁ、俺の実力は当然だけどね」


『そんなことはないよ』と謙遜しないのは、陽太郎さんのいつものペース。


「どんなお話になるのですか」

「さぁ……内容は俺に関係ないし」

「そうなんだ」

「おどおどしながら仕事をしていたひよこが、お客さんに怒られたり、
同僚に迷惑をかけながらも、仕事をしていくのが楽しくなって、
いつのまにか、店長とよくなっちゃう話じゃないの?」


陽太郎さんは笑いながら、そう話してくる。


「違うと思いますよ、絶対」


陽太郎さんの作品を並べながら、丁寧に拭いていく。

窓から『スコッチーズ』を方を見ると、夏希さんがゴミ箱の袋を変えていた。


『へぇ……』


昨日の、あの冷たい目を思い出す。

夏希さん、ゴミ袋を持って裏の置き場に行くのだろうか。



あ……

またポケットから携帯。



「あ、そうだ、そういえばさ、なんだか妙な学生がバイトに来たって?」


陽太郎さんは珠美さんから連絡をもらったらしく、篠田さんの話をする。


「涼太郎さんにいきなり『かっこいい』って言ってました」

「あはは……面接だろ、それ」

「はい。でも、スコッチーズの経験者らしくて」


経験者が入ってくれるのは、確かにラッキーだ。

自分のことを思い出しても、仕事が決まっているとはいえ、

『お任せ』と思えるまでは、やはり色々と時間もかかる。


「真梨ちゃん」

「はい」

「バイトだからって甘く見ないで、押しの強い女には気をつけろよ。
あいつはどうも押されるからな……」


陽太郎さんは、ひろみさんのことも持ち出し、『積極的な女に弱い』と、

涼太郎さんの分析をする。


「涼太郎さんはバイトの女の子にちょっかい出されても、きちんと対応出来ますよ」


そう、篠田さんのすっ飛んだ雰囲気に、お付き合いなんて……


「ちょっかいは出すけどな」


陽太郎さんの切り返し。

ここで黙ったら、私がちょっかいを出されたみたいになるけれど、なんて言うべき?


「真梨ちゃん」

「はい」


陽太郎さんに『下でコーヒーを買ってきて』と言われ、私はすぐに外へ出る。

陽太郎さんと会話をしていると、急に言葉がカーブして曲がってくるから、

びっくりすることがある。

『コーヒー』か……。下と言っただけだから、バスロータリーを渡ってもいいよね。



『ハウスフレンド』でとは言われていないもの。



「あら、尾田さん」

「お疲れ様です」


鶴田さんとゴミ捨てから戻ってきた夏希さん。


「何、どうしたの」

「陽太郎さんにコーヒーをと言われたので。ブレンド2つ」

「はい」


私は紙コップを受け取り、それを機械の前に置く。

夏希さん、レジに人が並ぶと、素早く気付き応対をしてくれる。

何も間違っているところはないし、問題はないのだろうが。



いや、あまり先入観を持たないようにしよう。



「それじゃ、頑張ってください」

「尾田さんもね」

「はい」


私は道を歩き、回るようにしながら『ティラノザ』に戻る。

こぼさないように階段を上がっていくと、

ひろみさんが事務所で誰かと話しているのが見えた。



『諦めた……』



あれ以来、お店に顔を出してくれることもないな。


「君……」


上から降りてきたのは、伊集院さん。

道をあけてくれという意味だと思い、階段の脇に逃げる。


「『スコッチーズ』は、健闘しているようだね」

「はい、おかげさまで。『ハウスフレンド』がここに出来て、全体的に、
人の流れが増えた気がします」


それは本当のこと。


「ふん……」


伊集院さんは、返事をくれるわけではないようで、

私の横をすり抜け下へ向かう。


「運のいいヤツだ」


伊集院さんの残した台詞。

運がいいのではなく、人間がいいのです。

面倒だから、もちろん言わないけれど。



「はい、コーヒーです」


アトリエに戻り、陽太郎さんの前にブレンドを置く。


「は? どうしてうちのなんだよ」

「美味しいですよ、『スコッチーズ』のコーヒー」

「俺は、涼太郎の売り上げを上げたくないの」

「涼太郎さんの売り上げではありません。お店のです」

「……毒、入っている」

「入っているわけないでしょう!」


私は自分の分を前に出すと、ゴクリと飲んでみせる。


「ほら……」


笑いながらそういうと、陽太郎さんはなぜか拍手をしてくれた。


【27-3】



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