2 もうひとりの自分

2 もうひとりの自分




『緑の公園』で、見かけることになった彼に声をかけられたのは、

初めて姿を見た日から2週間も経った、よく晴れた日だった。

彼は耳につけていたデジタルオーディオを外し、タオルで軽く汗をぬぐう。


「いつも、そこに座ってますよね。
ここを走りながら、何をしているんだろうなって気になったものですから」


私はその瞬間、当たり前のことを当たり前に思い出した。

そうだった、透明人間じゃない以上、彼にも私の姿が見えていたことは間違いなく、

毎日、このベンチに座っていることを、不思議に思われても無理はない。

思わず下を向いてしまった私に、彼の声が届く。


「あ……、もしかしたらインテリアとか、デザインとかの勉強をしている方なんですか?」

「エ……」


彼の指は、私が手に持っていた雑誌を示した。

そう言われて見れば、私はいつも、外国の家具や雑貨が取り扱われている専門誌を持ち、

この場所に座っている。そんな興味から、輸入家具や雑貨を見ることが出来るあの倉庫に、

パートでもいいからと、就職を決めたのだ。


「すみません、余計なことですね……」


返事のないことに、彼は私が嫌がっていると思ったのかもしれない。

軽く会釈をし、立ち去ろうとするのがわかり、頭より先に口が動く。


「あ! あの……」

「はい」

「そうなんです、私、デザインの勉強をしていて、で、毎日ここにいるんです」


突然のことだった。彼の言ったことを否定してしまったら、

もう、声をかけられることもないような、そんな気がした。


「やはり、デザインですか」

「はい」


いつも空想で鍛えられている私の頭は、すぐに新しい空想を弾き出し、

なんの躊躇もなく自分を学生に仕立て上げた。


「あ……学生さん、なんですか?」

「……あ、あの、勉強しながら、仕事も……」


学生だと言っておいて、年齢的に無理があると思った私の頭は、

勉強しながら仕事をしているという説を、またいきなり作り出す。


「へぇ……」


バイトしている倉庫の扱っている品が、まさしく輸入雑貨や家具のため、聞きかじった知識や、

この間読んだ小説のネタなんかを付け加え、それらしく自分を繕っていく。

少しだけで済まされるはずだった会話は、私の空想のおかげで広がりだした。


「この公園、とっても静かで、デザインを考えたり、
雑誌を見ながらカラーの勉強するのには、とてもいい場所なんです。
でも、昼間や夕方だと、色が違って……。そう、緑に染まるこの朝方の時間が、
一番気持ちがいいから」


自分はデザインを学んでいる学生だと、咄嗟にウソをついてしまったが、

今の言葉にはひとつのウソもなかった。雑誌を見ながら、あれこれ空想することは大好きで、

入れる場所もないのに、カタログに載っている大きなソファーを見ながら、

部屋に置くことを考えたりする。


「緑に染まる……。そうか、いい表現ですね、さすがにデザインを学んでいるだけあるな」


私の空想ごとに、彼は納得してくれたのか、何度か頷いた。

一瞬だけ視線が下へ向かい、ふっと照れくさそうな笑顔を見せる。

私がその視線の先に目を落とすと、自分で作った布製の手提げ袋が目に飛び込んだ。

ちょっとミシンのステッチを失敗したところが、気になりだし、

反対を向けておけば良かったと後悔する。


「納得しました、ありがとう。ここを走りながらずっと気になっていたんですよ。
僕はまだこの辺に住んで1か月も経ってないんですけど……」


その瞬間、私のポケットに押し込んであった携帯電話が、無情のアラームを鳴らした。

時間を見るとバイト開始の15分前になっている。

このままここにいたら、間違いなく遅刻をして、チーフから睨まれることが予想でき、

せっかく彼の方から語りかけてくれたのにと、後ろ髪を引かれる思いで、私は頭を下げた。


「ごめんなさい、もう時間なんです、行かないと」

「……行く?」


そうだった。朝早くここで過ごしているのだと言いながら、どこかへ行くだなんて、

少しつじつまが合わない気がする。雑誌をしまいながら、私の頭はフル回転した。


「父が、車に乗せて送ってくれるんです」

「お父さんが……」

「はい……では、すみません」


空想大好きな私でも、これ以上のウソは無理だった。

走りながら、とんでもないことをしたのではないかと考えたが、

普段、倉庫の中で働いている私が、この場所以外で彼に会うことは、まずないはずで、

そう思うと、もう一人の自分がどこかに生まれた気がして、なぜかおかしくなった。



『デザインを勉強しながら仕事をしていて、父親に車で送ってもらえるような女性』



現実の自分とは、全く違う自分が、幻のような彼にまた会えることを期待する。

時間3分前に飛び込んだ私は、いつも以上に大きな声で挨拶し、その日の現実をスタートさせた。





「おはようございます!」

「あ……」


次の日も、彼は走っている途中で私に語りかけてきた。

その日は少し寝坊してしまい、ベンチに座っている時間がなく、歩きながら会話をする。


「今日は歩くんですか?」

「……あ、はい。時間がなくても、一日に一度はここへ来ないと落ち着かなくて」

「そうなんですか」


同じようなテンポで横を歩く彼に、どうか先へ走っていって欲しいと、私は念じた。

そっと、見ているだけでいい。何度も話しかけられると、せっかくついたウソが

ポロポロこぼれ落ちてしまうような、そんな気持ちになる。


「お名前を聞いてもいいですか?」

「エ……あ、稲本さつきです」


空想している暇もないほど、あまりにも自然に問いかけられ、私は素直に自分の名前を口にした。

なんだか華やかさのない名前だと、自分でも下を向く。


「さつき……かぁ、いいなぁ。若葉の季節を感じられて、ピッタリですね」


病気がちの母から、もういなくなってしまった父がつけたのだと聞かされた名前は、

小学生でも書けるようなひらがなで、学校の勉強しながら、

自分についた名前の漢字を覚えていく友達を、うらやましく思ったこともある。

この名前を、ほめてくれる人は、彼が初めてだった。


「僕は……」


彼の言葉はなぜかそこで一度止まった。少し頭で整理しているように感じ、

私は思わず横を向き、その表情を確かめる。

それにしても、目はしっかり何かを見つめ、自分に自信があるそんな横顔だった。


「田島……享です」

「田島享さん」

「はい、えっと……」


なぜだろう、自分のことを語るはずなのに、言葉が一気に出てこない。

その時にまた、私のポケットで、夢の時間を終わらせるアラームが鳴り響いた。





「稲本さん、ちょっと来てくれないか」

「はい……」


仕事を終え、帰り支度をしている時に、所長から声をかけられた。

この会社は、都内に同じような倉庫をあと2つ抱えていて、その統括をしている所長は、

普段ここにいないことが多い。朝から慌しく動いている姿がどこか新鮮だった。


「悪いんだけど、これを郵便局に急いで持って行ってくれないか?」

「郵便局ですか? でも、もう……」

「急いでいけば、本局には間に合うはずなんだよ、頼めないかな」


本来なら早番から来ている私は、これ以上仕事をする必要はないのだが、

後から来たはずの由梨の姿は見えずに、仕方なく封書を受け取る。


「岸田さんに頼んでみたんだけど、今から社長が来るんだよ。
今日は次男坊を連れてくるらしくて、幼い頃から知っているから挨拶をしたいんだって、
きかなくてね」


由梨らしい理由だと、すぐにそう思った。

自分がチーフの姪で、社長の家族とも知り合いだということを、所長に自慢げに語ったのだろう。


「わかりました。じゃぁ、これを出したら失礼します」

「あぁ……お疲れ様」


私は自分の手提げを肩にかけ、いつもと反対の道を歩き出す。

信号がちょうど変わり、目の前を黒い大型車が通り過ぎていき、

その車は反対側の入り口から、会社の敷地へ入っていった。

所長とチーフと、嬉しそうに笑う由梨が、その車から降りる人物を待ち構えている。



『幼い頃から知っているから挨拶をしたいんだって、きかなくてね』



私には関係のない世界の話だと、その車に背を向けたまま、郵便局へ向かった。




おかげさまで 『ももんたの発芽室』 も1周年を迎えることになりました。
これからも、肩の力を抜いて、お気楽におつきあいください。


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コメント

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次男坊

施設育ちは口にできなかったのね。仕方が無いよ。
公園以外で会うことは無いと思ったからでしょ。
しかし現実はそうは行かない。

社長の次男坊が、田島亨???

まさかお忍びでこの倉庫に来たことがあって
さつきを知っている、なんて事無いよね。

毎日UPされるって楽しい♡ 

No title

はあ。。毎日読めるっていうのは幸せだなあ。。

ももんたさん、早速の第2話ありがとうございます♪

そして、昨日はあまりに素敵な王子様に目がくらみ、
お祝いを言うのを怠ってました@@

一周年おめでとうございます(^-^)ノ

すっかり王子様にやられてしまっているれいもんです。
またもや、作者の思う壺。。(笑)

王子様って、もしかして。。もしかして。。
で、王子様も嘘ついたりしてるのかな。。

さつきちゃんになって、どきどきしながら明日を待ちます~

毎日アップ、楽しみです。

ももんたさん、こんばんは。

一周年、おめでとうございます。

2話続けて読めるのって嬉しいです。

ウソで始まったさつきちゃんの恋。
この先を考えるとドキドキします。


次男坊は彼?
今回はすれ違いだったけど、次の出会いは???

でもきっと王子さまは本当のさつきちゃんを見てくれるはず。

世間は狭い?

ひょっとしてまた由梨にうらまれちゃいます???

さつきの空想がいい方向に行けばいいけれど
由梨の標的にされないことを願いつつ
第3話を楽しみに・・・・・

田島亨って・・・

社長の次男坊が・・・王子様=田島亨って事???

でもどうして直ぐに自分の名前を言えなかったのかな?

嬉しそうに社長の次男坊を迎える由梨の姿に
何だか嫌~な予感を感じつつ・・・;;

第3話のUP楽しみにしています!

こんにちは!!e-446

王子様に思いがけず声を掛けられて
とっさに出た嘘……

さつきちゃん、いいのか?そんなこと言って
1つ嘘つくと、またってなって雪だるま式に…とか思ってハラハラしています。

ここだけの事、それに憧れの人に
現実の自分を知られたくないってのもあるのかな?
でも、まずいでしょう。。。

だけど、王子さまも怪しい・・・(ーー゛)
自己紹介の時考え込んだりしてサ。
・・・次男坊だからか?

ドキドキ、ハラハラして、明日も楽しみです!!


     では、また…。e-463

yonyonさんへ!

こんばんは!


>施設育ちは口にできなかったのね。仕方が無いよ。
 公園以外で会うことは無いと思ったからでしょ。
 しかし現実はそうは行かない。

人には『つい……』ってことが、よくあると思います。
さつきも、ウソをついてやろう! なんて気持ちではなく、本当に、『つい……』だったのでしょうけど。

そうそう、現実はねぇ……


>毎日UPされるって楽しい♡

うわぁい、毎日レスをいただけるのも、とても楽しいです。

れいもんさんへ!

こんばんは!


>そして、昨日はあまりに素敵な王子様に目がくらみ、
 お祝いを言うのを怠ってました@@
 一周年おめでとうございます(^-^)ノ

ありがとうございます。
1周年! なんて、ちょっと大げさですが、
まぁ、楽しくやらないと続きませんからね。


>王子様って、もしかして。。もしかして。。
 で、王子様も嘘ついたりしてるのかな。。

うふふ……?とか、どうなんだろうか、
みたいな、疑問符がならぶと、とっても嬉しいです。

続きも、よろしくね!

tyatyaさんへ!

こんばんは!


>一周年、おめでとうございます。


ありがとうございます。
大騒ぎしていますが、まだ1才のヨチヨチです。


>ウソで始まったさつきちゃんの恋。
 この先を考えるとドキドキします。

ですよね、所詮、ウソですから。
どこかでバレて、で……と考えると、ドキドキが続くかな?

王子様とさつきは、少しずつ近づいていきますよ。

swimmamaさんへ!

こんばんは!


>ひょっとしてまた由梨にうらまれちゃいます???

さて、そこらへんはどうなんでしょうか(笑)
見えない部分が、少しずつ見えていきますので、
続きも、お付き合いお願いします。

yokanさんへ!

こんばんは!


>1話、2話と続けて読ませていただきました^^
 社長の次男坊と享君は関係があるのかな^m^

お祭りに訪問してくださって、ありがとうございます。
1周年なんですけど、大騒ぎ状態です(笑)
さて、享は3話で、自己紹介をしておりますので、
見てやってくださいね。


>ウソがポロポロと剥がれ落ち、
 辛い思いをする姿は見たくないな~(ーー;)
 でも、その日はやってくるんだよね・・・。

うーん……このままOKってわけには
いかないよね。 

バウワウさんへ!

こんばんは!


>社長の次男坊が・・・王子様=田島亨って事???
 でもどうして直ぐに自分の名前を言えなかったのかな?


田島享に関しては、第3話で、人物紹介が出てきます。
みなさんの? が解決出来るでしょうか。
それとも、さらに? が膨らむでしょうか。

続きも、さらに、さらに、お願いします!

mamanさんへ!

こんばんは!


>さつきちゃん、いいのか?そんなこと言って
 1つ嘘つくと、またってなって雪だるま式に…とか
 思ってハラハラしています。

ハラハラしてください!(笑)
咄嗟とは言え、ウソをついてしまったさつきです。
このまんまOKなんてことが、あるわけなくて……


>だけど、王子さまも怪しい・・・(ーー゛)
 自己紹介の時考え込んだりしてサ。
 ・・・次男坊だからか?

さぁ、どうしてでしょう。
みなさんの『?』が、増えていくのを楽しみにしています。

伏線いっぱい^^

ももちゃん 2話目、ありがとう~^^

毎晩楽しめるって、ほんと嬉しい~♪

さつきちゃんのウソついちゃった気持ち~
うんうん、わかるよ~!
でも、いつかはバレちゃうのかな…と思うと、やっぱり怖いよ~^^;

享さんは、やっぱり次男坊なのかな?

んで、由梨さんは彼を狙ってるの~?
それも、怖いよね~;; さつきちゃん・・・

まぁ、伏線いっぱいで、後の種明かしも楽しみです^m^

ところで・・・
「なおと」&「わたる」に続いて、またまた気になる名前が・・@@
「とおる」はうちのダーだったりします^^;

eikoちゃんへ!

こんばんは!


>さつきちゃんのウソついちゃった気持ち~
 うんうん、わかるよ~!
 でも、いつかはバレちゃうのかな…と思うと、
 やっぱり怖いよ~^^;

そう、ウソついちゃったからね、このまま無傷では
いられないのよ。でも、ドキドキ感がないと、
創作はつまらないかな……と(笑)


>享さんは、やっぱり次男坊なのかな?

さぁ、どうかな?
3話で、色々語っているから、また悩んでみて

伏線がどこにいかされるのか、伏線だと思っていたけれど、なんでもないのか……
そこらへんは最後まで読んでもらわないと、わからないのです。


>「なおと」&「わたる」に続いて、
 またまた気になる名前が・・@@
 「とおる」はうちのダーだったりします^^;

おぉ! それは驚きだ!
数ある名前の中で、なぜeiko家に重なるんだろう(笑)

ウソの始まり?

王子様の前で、つい、偽りの自分を演じてしまった彼女
でも、わかるな~その気持ち。
素敵な人の前では、自分を良く見せたいものね!
ウソの大小はあるけれど、誰しも経験があるのでは?

で・・・王子様の言葉にも、なんだか「ウソ」の気配が^m^

このウソ、どこでバレるのか!
ドキドキしながら読み進めます^^

田島享さんだけど、「とおる」さんでいいの?

なでしこちゃんへ!

こんにちは!


>王子様の前で、つい、偽りの自分を演じてしまった彼女
 でも、わかるな~その気持ち。
 素敵な人の前では、自分を良く見せたいものね!

でしょ、でしょ!
誰だって背伸びした自分を、見せちゃうとき、あるもんね。
ウソで騙してしまおうと、思っている訳じゃないんだよ。


>で・・・王子様の言葉にも、なんだか「ウソ」の気配が^m^

うきゃ!(笑)。さて、ウソか本当か
それは読み進めて、確かめて!


>田島享さんだけど、「とおる」さんでいいの?

はい、とおるです。
この字は、珍しいのかもね。亨はよくあるんだけど……