3 刻まれていく時間

3 刻まれていく時間




次の日、ダンボールだらけの倉庫の中で、睦美は昨日の出来事を、

身振りに手振りをつけて語ってくれた。

社長と一緒に現れた次男坊は、イギリスから帰ってきた27歳の男性で、

スーツの着こなしもうまく、なかなかの二枚目だという。


「残念だったよね、さつきも見たかったでしょ」

「ううん、別に。私には関係のない人だもの」

「まぁ、そうなんだけどさ、でも、目の保養にはなったよ、きっと」

「うーん……」


そう、悔し紛れでもなんでもなく、本当に社長の息子など、どうでもよかった。

見てはいないけれど、彼と自分が知り合いだということを、

自慢げにパートたちに見せびらかす由梨の姿が、浮かんでは消える。


「そうそう、由梨はまぁ、ここぞとばかりアピールしてたよ。拓実君、元気だった? 
なんていって、いつも出さないような甘えた声を出して!」

「ふーん……」


島田拓実……。この会社の次男坊が、そんな名前だと知っただけで、

私の興味はそれ以上、続くことはなかった。





「おはようございます」

「あ……おはようございます」


田島さんは、私を見かけると、必ず声をかけてくれるようになった。

最初の頃は、それだけで速くなる鼓動だったが、互いのことが少しずつわかるようになり、

自然に会話も広がっていく。


私は、田島さんに不思議がられないようにと、以前から好きで持っていた、

デザインの本を押し入れから取り出し、仕事の休み時間でも倉庫の中へ昼食を持ち込んでは、

読みふけるようになった。


そんな日々が何週間、何ヶ月続くかなんてことなど、全く予想は出来なかったけれど、

もう一人の自分を演じていることが楽しく、『緑の公園』へ入る前には、

大きく深呼吸をする日々が、少しずつ重なった。





「これが、今の流行なんですよ。あまりゴチャゴチャした華美な造りじゃなくて、
色と機能性を重視しているんです」

「へぇ……」

「皮の質が違うんだと思いますけど、……でもまだ、勉強中なので、
あんまり詳しく語るのもおかしいですよね」

「……イタリア製かぁ」

「エ……?」


田島さんはカタログの写真を見ただけで、その家具がどこの国のものなのか、ピタリと当てた。

もしかしたらこの人は、私よりこういったことに詳しいのではないだろうかと感じ、

どうして見抜けたのかと、すぐに問いかける。


「あ……ここに書いてありましたから」


田島さんの言葉に一瞬焦ったものの、よく雑誌を見たら、家具の値段表示の横に、

大きく『イタリア製』と書き込んであった。自分のウソを知られたくないからだろうか、

彼の言葉や行動に、つい、敏感に反応してしまう。


田島さんは私の持っていたインテリアの雑誌をめくり、気に入ったページがあったのか、

いくつか家具のサイズをチェックする。


「稲本さん、この椅子とこの椅子は、どうしてこんなに値段が違うんですか?」

「はい?」


田島さんが指を差したのは、同じ形をした二つの椅子だった。

実はこれと同じような質問を、少し前の電話でお客様からされた私は、得意分野だと思い、

材料の違いをしっかり説明して見せた。


木には収縮性があること、素材の硬さで手間のかかり具合も違うこと、

そんな話をしていると楽しいからか、ついつい説明が長引いていく。


「あ……ごめんなさい、一人でしゃべってしまって……」

「いえ、よくわかりました」


田島さんは持っていた雑誌を閉じると、お礼をいい、私の手に戻してきた。

ゆったりとくつろげる椅子が欲しいのだと言いながら、軽く首を動かしている。

そういえば、私は自分が演じることに集中していて、

彼がどんな人なのかを、今まで一度も聞いたことがなかった。


「あの……質問してもいいですか?」

「いいですよ、何だろう」

「田島さんは……どんなお仕事をされてるんですか?」

「僕ですか? 何をしているように見えます?」

「えっと……」


とにかく会う姿は、いつもトレーニングウエアだった。

それでもスポーツのインストラクターというタイプには見えず、質問の答えに詰まり、

自分から切り出しておいて、私は黙ってしまう。

思い浮かぶ職業など数が少なく、そのどれにも当てはまるように思えない。


「あはは……、すみません。わからないですよね、そんな言い方じゃ。
僕の実家は、小さな店を経営しています。一応電気店なんですが、
商品を売ることより、今は工事をすることがメインで、将来はそこを継ぐ予定です」

「電気工事をされてるんですか?」

「見えませんか?」

「あ、はい……いえ……あ、ごめんなさい」


私のイメージからは、工事の作業服を着ている彼の姿は想像できず、

しばらく絡み合ってしまっている思考を、あちこちつなぎ合わせることで必死になる。

そういえば、先週の土曜日、向かいのマンションで、アンテナの設置工事があった。

その作業員さんの顔に、田島さんを埋め込んで、なんとか空想を保ってみる。


「じゃぁ、毎朝のように走っているのは体力づくりってことなんですか?」

「体力作り……」

「はい、結構ハードそうでしたよ。この間、部屋の向かいで、
アンテナの工事をしていた方達がいたので、今、それを思い出しました」

「そうですか……」


田島さんは、私の話を聞きながら楽しそうに笑い、

そのままポケットから携帯電話を取り出した。


「そろそろアラーム、鳴りますね」


そう彼が言った瞬間、私の携帯がいつものようにアラームを響かせた。

今日のお芝居はここで終了だと、空想の世界にいる自分を、現実に呼び戻す。

その音を私は指で止め、手に持っていた雑誌を手提げに入れ立ち上がった。


「それじゃ、また」

「はい……」


田島さんは私に軽く手を振り、緑に染まる公園の中を、また走り、そして消えていった。

友達でも、恋人でもないけれど、今の私にとって、『緑の公園』で過ごせる時間は、

ほこりまみれになる現実の自分を、支えてくれた。





それからも、私が早番の日には、必ずといっていいほど、彼と同じ場所で語り合うようになった。

デザインの勉強をしているからと、最初は、懸命にそんな話を用意して、話題にしていた私も、

だんだん彼に気を許し、普通の会話をするようになる。


「昨日、見ました、見ました。あれは楽しかったな」

「そうですか。田島さんもあのTV見たんですね」

「はい、あの……」


何かを語ろうとしたとき、田島さんのおなかから、キュルキュル……と言う音が聞こえ、

会話が止まる。


「すみません……」


彼はそういうと、照れくさそうに笑い、私に謝った。

運動しているのだから、お腹が減って当たり前ですと、手提げ袋の中から、

一口で食べられそうなクッキーを取り出し、田島さんに勧めてみる。


「いいんですか?」

「いいですよ、私、いつも持っているんです。甘いものが好きで、
仕事の合間にちょっと食べたり、体力を使う仕事なので、結構……あ……」


つい、本当のことを言ってしまった。デザインの勉強をしているはずなのに、

体力を使うだなんて、ウソがこの瞬間、バレてしまうのではないだろうか。

その時、田島さんにあわせたように、私のお腹もキュー……と一度だけ鳴った。


「……あはは……、お腹が怒ってますよ、あいつにやる前に、こっちへ入れろって。
はい、稲本さんもどうぞ」


田島さんは今の言葉を聞いていなかったのか、問い返すことなく、

私が持っていたクッキーを2つ、つまんだあとすぐに袋をこちらへ戻す。


「仕事、楽しいですか?」

「エ……」


彼はほどけそうな靴紐を結びなおしながら、私にそう問いかけた。

私は同じようにクッキーをひとつ口にいれ、噛み砕く。


「楽しいこともありますし、辛いこともたくさんあります」

「……そうですか」

「はい……」


デザインの仕事だって、倉庫の荷物入れだって、働くということは、

みんなそんなものだろうと思いながら、私は緑の世界に染まっている木々を見た。




おかげさまで 『ももんたの発芽室』 も1周年を迎えることになりました。
これからも、肩の力を抜いて、お気楽におつきあいください。


お友達の輪を広げよう! 1ポチ……していただけたら嬉しいです。

コメント

非公開コメント

緑の世界からの脱出

次男坊ではないのか・・田島と島田???

電気店・・・うーーん謎だ。
亨も何か隠してるのかな?

嘘は綻び始めるとアッと今に真実が現れる。
続くものでは無い。
確かに仕事には違いないけど、早く本当の自分を出した方がいいよ、いつまで緑の世界に居続けるの?

ウソつき

私は、王子様もウソをついちゃったと思ってます♪

王子様は、さつきちゃんの本当をもう知っちゃってるのかな。。?!

ウソがどんなふうにばれちゃうのかなって、
それも結構楽しみにしている私は
純粋なよい子ではないですね。。

今は幸せだけど・・・

緑の公園は妄想舞台です(*゚ー゚*)ポッ!ね!さつきちゃん 
そして貴女は主演女優です。 名演技♪

しかし、王子さまに本気に惚れなければですけど・・・・

恋心が大きくなると嘘ついてる自分がちょっと苦しくなるのでは・・・

島田=田島?果たして同一人物か?ε=ε=(*~▽~)

そして2人間で友好と真実はどのように絡んでいくのでしょうか? 

??(・_・*)真実(*~^~)/??  楽しみヨン

思い出しそ・・・な

田島さんは次男坊じゃなくて?
ん?

>まぁ、そうなんだけどさ、でも、目の保養にはなったよ、きっと
とのたまう睦には腹が立つけど

取り合えず田島さんと次男坊は違う人として・・・

でもどこかで異母兄弟で、苗字が違う兄弟がいたのを思い出し

田島さんは苗字を偽っているのではないかと深読みして。


ウソはやっぱりばれちゃうから、よくないよね。
でもそんな綱渡り的な恋にドキドキしています。^^

こんにちは!!e-454

もう、頭の中は妄想でいっぱい!!

二男坊が田島で自分の名字逆にして、
知り合いの経歴語ってて、実はさつきのこと知っててとか・・・ね。

さつきも瓢箪から駒で、デザインの勉強本格的に始めたりして?

公園で、2人は違う自分を演じあってる?

夢(うそ)の世界はいつまでもつづかない、いずれやってくるはず・・・
わかる時が。


ハラハラしつつも、どんな風にそれが起こるのか?
楽しみにしちゃいけないけど、ちょっとネ…^_^;
気になります。

もう、そろそろあのヤナ女が絡んでくるかな?

     
     では、また・・・。e-463

No title

ももちゃん、1周年おめでとう♪

ん~… 田島=次男坊でしょ~
こちらもウソついているみたいだし。

ウソをついて違う自分を演じながらも
本当の自分が見たもの、聞いたもの、
相手に感じたことをお互いに話しながら
二人の距離は近づいていくのね~^^

なんか田島さんはさつきちゃんのことを
知っているっぽいような気も… 気のせいかな??

どうやってウソがバレるのか??
どちらかが先に真実を知る?? それとも二人一緒に??
ハラハラドキドキするけど それが楽しみだったりする^^

謎は深まる・・・

王子様は次男坊じゃないの!?

でも島田と田島・・・直ぐに名乗れなかった所から見てもやっぱり何か隠してるような・・・

う~ん、王子様が自分の事を話してくれたけど
余計に謎が深まっちゃったわ^^;


二人で話す時間が増えて
どんどん親しくなって行く2人・・・
さつきちゃんはもう一人の自分を
いつまで演じることができるのかしら?


yonyonさん

こんばんは!


>次男坊ではないのか・・田島と島田???
 電気店・・・うーーん謎だ。
 亨も何か隠してるのかな?

謎の王子様、田島の職業は電気屋さんの息子
さて、隠し事があるのかどうか……
あと4話で、全て解決! するはず……


>確かに仕事には違いないけど、
 早く本当の自分を出した方がいいよ、
 いつまで緑の世界に居続けるの?

そうなんだよね。いつかは抜けないとならないけれど、
もう少しだけ……と、踏ん切りがつかないさつきです。

れいもんさん

こんばんは!


>私は、王子様もウソをついちゃったと思ってます♪

おぉ! れいもんさんは、完全に宣言してますね。
さて、そこらへんは……どうでしょう(笑)


>ウソがどんなふうにばれちゃうのかなって、
 それも結構楽しみにしている私は
 純粋なよい子ではないですね。。

いえ、純粋なよい子ではないかもしれないけど、
純粋な読み手さんであることは、間違いありません。
あと4日、お願いします。

ナタデココさん

こんばんは!


>緑の公園は妄想舞台です(*゚ー゚*)ポッ!
 ね!さつきちゃん 

はい、さつきはすっかりもうひとりの自分を
楽しんでいます。『緑の公園舞台』は現実ではないんですけどね。


>恋心が大きくなると嘘ついてる自分が
 ちょっと苦しくなるのでは・・・
 島田=田島?果たして同一人物か?ε=ε=(*~▽~)

そうそう、真剣になればなるほど、ウソが痛くなる。
そこらへんは、これから、これからです。
王子様は、いったい……なんなんでしょう。

楽しみにしてもらえて嬉しいです。
最後までよろしくお願いします。

tyatyaさん

こんばんは!


>取り合えず田島さんと次男坊は違う人として・・・
 でもどこかで異母兄弟で、
 苗字が違う兄弟がいたのを思い出し
 田島さんは苗字を偽っているのではないかと
 深読みして。

おぉ……tyatyaさん説は、こっちなんですね。
そうそう、どこかにいましたね。仲が悪く、
ひとりの女性を取り合ってしまう兄弟が(笑)

予想が当たるか、外れるか、それも楽しみに。
ドキドキ、続けてください。

kuuさん

こんばんは!


>もう、頭の中は妄想でいっぱい!!
 二男坊が田島で自分の名字逆にして、
 知り合いの経歴語ってて、
 実はさつきのこと知っててとか・・・ね。

おぉ! 妄想でいっぱい! すばらしいです。
kuuさん説は、こうなんですね……ふむふむ(笑)

それが当たるか、外れるか……
何が起こるか、ウソはばれるのか……

あのヤナ女は、どうなるのか

ドキドキ、ハラハラ続きもよろしくお願いします。
いっぱい妄想、繰り広げてください!

Eleさん

こんばんは!
1周年にお言葉、ありがとうございます。


>ウソをついて違う自分を演じながらも
 本当の自分が見たもの、聞いたもの、
 相手に感じたことをお互いに話しながら
 二人の距離は近づいていくのね~^^


Eleさん説は、こうなんだね。
あぁ……みんなの推理を聞いているのは、
とっても楽しいです。


>なんか田島さんはさつきちゃんのことを
 知っているっぽいような気も… 気のせいかな??

どんなところからEleさんは、そう感じたのかなぁ
聞いてみたいですよ。

ウソがどうバレ、どう展開するのか、
ドキドキ、ハラハラ待っていてくださいね。

バウワウさん

こんばんは!


>う~ん、王子様が自分の事を話してくれたけど
 余計に謎が深まっちゃったわ^^;

深まってOKですよ!
創作は、起承転結ですからね。
ここから、いよいよ『転』へ入っていきます。
謎、解決出来るでしょうか。


>さつきちゃんはもう一人の自分を
 いつまで演じることができるのかしら?

……そ、それは、今、言えないのです。

yokanさん

こんばんは!


>一周年おめでとうございます。
 お祝いが後になってしまった^^;

ありがとうございます。
yokanさんブログに比べたら、ひよっこですが、
これからもマイペースに続けて行きます!


>田島くんの正体は?
 さつきちゃんの質問も
 上手くかわしているよな気がするし・・・

田島の正体、見えているようで見えてないでしょ。
そこらへんは、『?』を続けてもらわないと、
最後までドキドキ感がなくなってしまうので(笑)

どうか、最後までお付き合いお願いします。

朝の楽しい時間だね^^

ウソをつきつつも、朝の公園で過ごす時間は、間違いなく二人にとって「楽しい時間」だね。

彼、さつきの興味を引き出そうとしているかに見えるんだけど・・・
上手い具合に誘導して、勉強するように仕向けてる?
って、考えすぎでしょうか^^;

王子様のお腹が鳴って、憧れの人がちょっと身近に感じられたかな^^
朝はお腹がすくのよね~
私も、そろそろ・・・

なでしこちゃん

こんにちは!


>彼、さつきの興味を引き出そうとしているかに見えるんだけど・・・
 上手い具合に誘導して、勉強するように仕向けてる?
 って、考えすぎでしょうか^^;

いえいえ、考えすぎるなんてことを考えず、
どんどん『?』とか『!』を増やしてください。
なでしこ劇場、開幕されているといいけど……

身近に感じられた王子様と、ウソをついちゃったさつき。
さらに、距離が近づくのですが……

で、次もお願いします!