1 小さな町で 【1-2】

直美は、派遣会社内で、社員達を色々な企業に振り分けていくことが仕事で、

心の涙もため息も、全て聞き続けている。


「私自身が、『桜沢』なのに『山村』になりたかったのでしょうね」


心は、『杏の進学費用を出すことで、あの家とつながっていたかった』と話す。

直美は『そっか』と返事をした後、ポテトフライを口に入れた。


「で、どう? 『有森不動産』は」

「どうって……まぁ、半年経ちましたからね、それなりに仕事には慣れました」

「慣れたか……」

「はい」


直美はハイボールを作り出し、マドラーで軽くかき混ぜたあと、元の場所に戻す。


「いやぁ……実はね。心には、私の仕事を引き継いでもらおうかなと思っていたの。
急に退職します……って言うからさ、予定が狂ったわよ」


直美はそういうと、唐揚げを口に入れる。


「エ……直美さん会社辞めるつもりでしたか?」

「ちょっとね……ほら、迷うときってあるでしょう。環境変えようかなとか。
そういう空気の流れだったような……」

「空気の流れ? よくわからないですね、そのたとえ」


心もポテトを一つつまむ。


「言いましたよね、私が辞める理由、直美さんには」

「聞いたよ、なんだっけ、作本さんって言ったっけ」

「はい」


心が派遣会社に就職をしてから、3社目の勤務先。

家電メーカーの部品を作る『芝木電工』で出会ったのが作本だった。

作本は、地方にあるメーカーからの転職組で、

年齢は40になろうかという経理の男性だが、心には一緒に仕事をする人というだけで、

特別な気持ちはなかった。しかし、作本はあまり愛想のない心と、

仕事の話をすることが楽だったのか、頼まれごとは確かに多かった。

ある日、相談があると言われ、会社から駅に向かうレストランに入ると、

作本から、交際を申し込まれる。

しかし、心にはそういった感情は全くないため、

当然、『すみません』と頭を下げたのだが。


「桜沢さんさぁ、君ももうすぐ32になるのだから、
ある程度は現実が見えているだろう……だっけ?」

「そうです。派遣で年齢を重ねていくのは寂しいよ。夢のようなことを考えていないで、
目の前にいる相手を、真剣に見た方が幸せになれるって……」


心は『夢のようなことを考えてって、どうして決めつけますかね』と直美に言う。


「そうそう、それを聞いた時、私も驚いたのよ。女が30過ぎて独身だと、
理想が高すぎじゃないかとか、言ってくるやついるよね。
今どき30なんて、大学卒業してちょっと仕事に慣れたらすぐ見えてくる年齢だし。
同じ30で独身でも男には言わないくせにさぁ」

「そうです。32になる君には、40になる俺くらいがちょうどいいよと言われた気がして、
あぁ、もう、絶対に無理だって」


心は直美と同じように、『ハイボール』を作り出す。


「わかる。心の性格じゃ、それはシャッターをしっかり閉じるだろうなと言うことは。
だからといって、派遣の会社まで辞めちゃうとはさ……」


直美は『心は思いきりがいいからね』と笑う。


「いや、正直、視線が痛くなっていたのは事実で。正社員の経理さんとかなら、
定年まで勤める方もいるでしょうけど、派遣で年齢だけあがっているのは……。
私、特に資格も持っていませんでしたし……。だからです、杏が眩しいのは」


目標を持ち、そのために毎日を送る妹に、心は自分を重ねたのかもしれないと話す。


「林田君との恋愛が、もったいなかったね」


直美はそうつぶやくと、カルパッチョに手を伸ばす。


「タイミングですよ、それは……」



『私は妹を一人前にしたい』

『それは心が考えなくてもいいことだろう。援助なら、続ければいいし……』

『中途半端だもの……杏が申し訳ないと思うようなやり方はイヤ』



「でもさ……」


直美の言葉に、心は現実に引き戻される。


「病院の見舞いの帰りに、ふと立ち寄った不動産屋で、この新居と就職、
両方決めてきたという心にも、私は笑ってしまったけれど」

「笑う? 効率がいいと言ってください」

「いやいや、効率って……」


作本とのことがあり、派遣会社を退職した心は、

入院した元同僚を見舞うために病院へ行き、

その帰りに駅前の『有森不動産』の前で偶然立ち止まった。

長い間暮らしていたアパートの前に、建て売りが出来、日当たりが悪くなったこと、

さらに、作本とのことから『心機一転』したいという考えもあり、

最初は引っ越し先を探すつもりで入ったのだが、

そこで事務員を募集していることを偶然知る。


「なんだっけ、『有森不動産』は社長親子と、長谷川さんだっけ?」

「はい。今年の3月に大学を卒業して、お店に入った息子さんと、社長の親子。
それに55歳独身、長谷川さん」

「あはは……」

「笑うところではありません」

「いやいや、刺激なさ過ぎでしょう。55歳か11歳も年下かって、
選択肢なさすぎ」

「選択肢なんて考えていませんから。もういいですよ、そういうのは……」


心は『自分の時間』を大事にしたいと、

テーブルの下に置いたクロスワードパズルの雑誌を持つ。


「これ、いいですよ、家に戻って、全てを終わらせてからじっくりと取り組む時間。
ワインの小瓶を飲んでいて、日付変更線を越えているときも、
私、しょっちゅうありますし」

「いやいや、心。こんなものさぁ、杖をつくようになっても出来るでしょうが」

「そういう言い方しないでください」


心は、笑いながら雑誌を元の場所に戻す。


「心……」

「はい」

「半分冗談で笑ったけどさ、でも、『幸せ』は探した方がいいよ」


直美は『一度失敗した自分だから言うけどね』と前置きする。


「心は思わないだろうけれど、妹の杏ちゃんは、きっと思うから……。
お姉ちゃんは私のために、犠牲になっているって」

「直美さん」

「だから心は思わないだろうけれどって言ったでしょう。結婚が全てとは言わない。
私は本当に懲りたから、もうしないと決めているし。でも、恋人はいてくれないと。
女として、まだ枯れたくないしね」


直美は、『いつまでも売れない落語家だからね』と現在の彼のことを話す。


「だから心もさ、恋はしないと」

「恋……ですか」

「そう、恋」


直美はそういうと、両手の親指と人差し指で何やらマークを作った。


「なんですか、それ」

「いいでしょう、キュンよキュン」


直美の台詞に、心は首を振る。


「直美さん、もう古いですよ」

「エ……古い? ウソ……この間流行りだしたでしょう」

「そうですけれど、若者文化はあっという間に変わりますから」


心はそう言って笑った後、『私は、結婚には向かないかもしれません』と声に出す。


「どうしてそう言えるのよ」

「あの人の娘だし……」


心は、母、弘美を意識してそう言った。


「何言っているのよ、そんなことは関係ないです」


直美は、すぐに言い返すと『疲れた』と横になる。


「ねぇ、心、今日泊まってもいい?」

「いいですけど、明日、仕事大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。今日はここに来るとわかっていたから、明日は私、遅番にした。
午後出社だから」

「うわ……断れない」

「えへへ……」


直美は『お願いします』と言いながら、心に向かって敬礼する。

心は『ハイボール』の残りを飲み干すと、同じように敬礼を返した。


【1-3】



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