リミット 6 【裏切り者の笑顔】

6 【裏切り者の笑顔】

「深見主任、早瀬から電話です」

「早瀬?」


深見は、目を通していた書類を下に置き、受話器を受け取り電話に出た。

咲は、自分たちの会社でツアーを申し込んだお客様と、

偶然ここで出会ったことを告げ、今、電車事故で立ち往生していると説明する。


「このまま東京へ向かうよりも、名古屋へ入った方がいいと思うんですが……。このツアーの担当はどこですか?」


深見はツアー表をチェックし、担当者を確認した。


「そうだな、名古屋に入った方がいいだろうな……。早瀬、15分後に連絡する。
名古屋へのルートと、京都支社の担当者に連絡を入れる。待っていられるか?」

「……はい、すみません。お願いします……」

「その間に、お客様が事故で怪我をされてないのか、
体調が悪くなったりしていないのかだけは確認しておけ。
もし、具合が悪いようなら、そっちの方が優先だぞ」


咲は深見の指示を受け、携帯を閉じた。前に座った老夫婦は、

その様子を心配そうに見つめる。咲は二人を安心させようと、

頷きながら微笑んだ。


「うちの主任の方から京都支社の方には連絡を入れてもらいます。
少し予定とズレるかもしれないですが、名古屋方面から京都に入りましょう。
私が付き添いますので……」

「申し訳ないですよ。この電車なら間に合うと思って乗ったんですけど、
でも、あなたの責任じゃないですし」


いきなり咲が添乗員の代わりを務めると言いだしたことに、

老夫婦は申し訳ないと、手を振って拒否をする。


「いえ……せっかくうちのツアーを申し込んでいただいたのに、
思い出残せないんじゃ、意味がないです。京都、行きましょう!」



『行ける時に、行くべきです。人生、何があるかわかりませんよ……』



咲はその言葉を心でつぶやくと、ニッコリと笑って見せた。


そして、15分後、深見からの連絡が入り、咲はルート変更の電車の時間、

京都支社担当の名前などを聞き、しっかりとメモを取る。


「京都駅に三輪さんがスタンバイしてくれることになったから。
着いたら後は任せるように。彼は柔道家のような大男だから、すぐにわかる。
こっちはメチャクチャ美人の女子社員が行くって言っておくからな」

「エッ……やめてください! 
そんなことしたら通り過ぎられてわからなくなります!」

「……そうか、そうかもな……」


深見は受話器の向こうで楽しそうに笑い出した。

こんな状況なのにと思った咲だったが、緊張していた気持ちに、

少しだけ余裕が出来、思わず自分でも笑顔になる。


「名刺ありますから大丈夫です」

「もし困ったらこっちに電話をよこせ。秋山にも事情は話したから、
あいつでもいいぞ」

「はい……」

「気をつけろよ」

「ありがとうございます」


深見からの適切な指示とジョークに、咲はどこかホッとしていた。

初めて会った御夫婦との、偶然の旅。

3人は名古屋を抜け順調に京都へ向かった。


京都駅で、京都支店の三輪にご夫婦を渡し、

咲は新幹線のホームで会社に連絡をする。


「無事、お二人をお届けしました。ちょっと予定とズレましたが……」

「そうか……」

「三輪さんが、丁寧に対応してくださったので助かりました。
あ、そうだ。深見主任によろしくと……」

「あぁ……うん」


深見は咲の報告を、メモを取りながら聞き、うまく進んだことに、

少しだけ安堵の表情を見せる。


「これから新幹線で戻ります。明日からちゃんと出社しますので。
色々とありがとうございました」

「……もう、大丈夫か?」

「はい。明日は浜吉商事の社員旅行の打ち合わせがありますよね……」


深見はすぐに予定表をめくり、咲の言うことを確かめる。

浜吉商事の担当は、いつも咲で、それは入社以来続いているようだ。


「ずっと、私が担当なんです。だから行かないと……」

「そうか……」

「では、失礼します」

「お疲れ……」


咲は携帯電話をじっと耳に当てたまま、黙っていた。

パチンという音がして、やがてツーツーという音が聞こえる。

なぜだかわからないが、自分から電話を切りたくないと思い、

出来れば、このまま話していたい、そんなことを考える。


偶然乗り合わせた御夫婦の初めての京都旅行。それをなんとか実現させたくて、

思いつきのように行動してしまった自分を、正確にフォローし、

深見は現地まで向かわせてくれた。



『ありがとうございました……』



閉じた携帯を握りしめ、咲は心の中でしっかりと礼をした。





次の日、咲は浜吉商事へ向かった。入社以来毎年のようにここへ通っているので、

緊張するようなことはないのだが、今年はどんなことを言われるのだろうかと、

楽しみ半分で、頼まれた書類を手に持ち、いつものようにエレベーターを使う。


「お、咲ちゃん! 今年もパンフ持ってきたの?」

「もちろんですよ」


来慣れた会社では、いつも声をかけてくれる社員達が、

咲を明るく受け入れた。


「なんだ、そろそろお嫁さんに行って、
今年は別の若い美人かと思ってたのになぁ……」


担当の部長は、こんなジョークを言う人だが、人一倍咲をかわいがってくれる。

交渉は和気藹々とした雰囲気で進み、咲は、書類に印鑑をもらったあと、

少しの世間話に花を咲かせた。


あっという間に2時間経っていたことに気づき、咲は慌ててビルの間を抜け、

駅へ向かう。


「あれ……雨……」


そう思った瞬間から、あっという間に雨はアスファルトを濡らし、

ダーッと大きな音を立てるようになった。

とりあえず近くにあったゲームセンターへ入り、濡れた肩をハンカチで拭く。

同じように雨宿りをするサラリーマン達で、屋根の下はごった返してきた。


「早瀬!」


声の方へ咲が振り向くと、そこには深見が立っていた。


「主任……どうしたんですか?」

「どうしたじゃないよ。お前は浜吉商事だろ。
俺は今、フルールへ行って来たんだ。向かい合わせなんだな、ビルが……」

「……あ、そうです」


咲のすぐ後ろから、深見は話しを続ける。


「お母さん、どうだ。今朝、聞こうと思ったのに、
部長に呼ばれて会えなかった」

「大丈夫です。すみません、急に休暇をもらってしまって……」


後ろを振り返りながら、咲は深見に頭を下げた。


「いや、こっちこそ、あんなふうに世話になった後だったから気になってた……」


深見のその言葉に、咲は、そう言えば顔を合わせるのは、

具合が悪くなり急遽部屋へ泊めた、あの日以来だったと考える。


「こりゃしばらくやまないな……」

「そうですね……」


雨はますます激しさを増し、ビニールの屋根にバチバチと音を立てる。

深見はポケットから小銭を取り出すと、咲の肩をポンポンと叩いた。


「何ですか?」

「なぁ、賭けをしないか?」

「賭け?」

「この100円で、あのUFOキャッチャーのぬいぐるみを取る。
とったら俺の勝ち。取れなければ早瀬の勝ち」

「……」

「勝った方が昼飯をおごる。どうだ、いいだろ。ほら、来い」

「エ……ちょっと……」


咲は深見に引きずられるように、店内へと入る。中は入り口ほど人はいないので、

身動きは自由に取ることが出来た。


「どれにするかな……」


深見は、慎重に品定めをし、機械とのバランスを手で計っている。

咲は、たぬきやうさぎのぬいぐるみを見ながら、

こんなことに真剣になっている隣の上司の顔を、少し呆れた顔で見た。


その時、機械の向こうを通り過ぎる男女の姿が見える。


「あ……」


その男の姿は、篤志だった。隣にいる女性は同じ銀行の制服を着ているが、

篤志に腕をからめ、ただの同僚には見えない。


右の首筋にほくろのある女性……。

咲は、彼女を銀行の受付で見かけたことを思い出す。


「篤志、今日はどうしてもダメなの?」

「……会議があるんだって」


自分ではない女性に、笑顔を見せる篤志の顔を見たくなかった咲は、

気付かれないように下を向く。


「よし、これだ!」


そんな咲の気持ちを知らない深見は、100円を入れ機械を動かし始めた。

咲はすぐにでもここから逃げ出したい衝動にかられながら、

篤志が通り過ぎるのをじっと待つ。


「……あ、おい、見ろって!」


深見の言うとおり、100円で動かされた機械は、

ご丁寧にぬいぐるみを取り出し口まで正確に運んできた。


「よし!」


下の取り出し口に手を入れ、深見は嬉しそうにぬいぐるみを出す。


「おい、早瀬! お前のおごり決定!」

「……咲……」


深見の早瀬という声に、反応した篤志が、咲に気付き視線を動かした。

隣の女性は咲に気付くと、さらに腕を強くからめてこっちを見る。

まるで咲と篤志の関係を知っているかのように、

自分が隣にいることをアピールした。


自分が悪いわけでもないのに、どうしてこんな思いをするのかと、

咲は下を向いたまま、視線を外す。


そんなただならぬ空気を感じた深見は、視線を泳がす咲の肩を叩いた。


「行くぞ、早瀬」

「……はい……」


咲は、その場から逃げたい一心で、深見の後ろを着いていった。



『誰だ……あいつ……』



篤志は突然現れた、咲の隣の男に、自分勝手な嫉妬の目を向けた。





戻った屋根の下は、諦めて飛び出した人のせいなのか、人数が少し減った。

見られたくなかったところを見られた咲と、見てしまった深見の間に、

重苦しい空気が流れる。


「たばこ、吸ってもいいか?」

「エ……あ、どうぞ……」


深見は胸のポケットからたばこを取り出すと、

慣れた手つきで火をつけゆっくりと吸い込んだ。

咲は煙を見つめ、無言で立っている深見を見る。


3年前に亡くなった父も、この間まで隣にいた篤志も、

たばことは無縁の人だった。

だからなのか、深見のその姿に、咲は鼓動が速まるのを感じ、

なぜかじっと見てしまう。


「ほら、やるよ」

「エ……」


深見が寄こしたのは、ついさっき取った『たぬきのぬいぐるみ』で、

咲はそれを受け取り、じっと見た。


「早瀬、似てるぞ……それに。色も黒いし、目が丸いし、
どこかポカンとしているところも……」


深見はそう言いながら、軽く笑う。


「そんなの嬉しくないんですけど! 主任、人にケンカ売ってます?」

「……そうか?」

「そうですよ。女の子に似ているぞっていうなら、
うさぎとかネコとかじゃないですか? よりにもよってたぬきなんて……」

「うさぎやネコって感じじゃないだろう、お前は……」

「……」


確かにその通りだと、咲はたぬきのぬいぐるみの鼻先を指で押す。


「たぬきが好きだっていう男も、どこかにいるさ……」


咲は言いたいことを言って笑っている、深見を軽く睨み付けた。


「出会いもあれば別れもあるぞ、早瀬。俺なんて人生で何度ふられたことか……」


篤志のことで動揺した自分の変化に、深見が気付いていたと思うだけで、

咲の胸はグッと苦しくなる。


「その時はショックでも、また新しい恋に目覚めるもんだ」

「……」

「時間が解決するよ……」


そう言うと、深見はまた、深くたばこを吸い込んだ。



『新しい恋に落ちる時間があればいいんですけど……主任……』



答えられない気持ちを、咲は心の中で、たぬきのぬいぐるみに向かってつぶやく。


「お、少し小降りになってきた。今がチャンスだ、行くぞ!」

「は、はい!」


深見がさりげなく出した右手を、咲は当たり前のようにつかむ。

強く引き出されるように、雨の降る中二人は、

手をつなぎ、駅に向かって走り始めた。


走っているから……慣れないかけ足なんてしているから……

咲はそう思い込もうとする。


自分の鼓動が速まるのは、深見のせいじゃない。

駅に向かって走り去る二人の姿を、篤志は店の奥から追い続けた。

                                    神のタイムリミットまで、あと130日





うん、うん、いいよ、この先どうなるの? という方……

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コメント

非公開コメント

見落としてた???

“メチャクチャ美人の~そうかもな”の辺り、何だか今回お初だったような気がして、(そんなはずないのに^_^;)深見さんの喋りに笑っちゃいました。

あちらでも何回も読みなおしてるのに、こんな事ってあるんですねぇ・・・って、自分のボケさを暴露してしまいました。

たばこを吸うシーンは、やっぱり登校前のチュンサンが浮かんできます。ずっとドンヒョクssiに見えてた深見さんが、チュンサンに変わる一言でした。

ラピュタさんへ!

>メチャクチャ美人の~そうかもな”の辺り、
 何だか今回お初だったような気がして

久しぶりですからね。そう思えるのかも。
あれから、あれこれ数だけは書いているのでv-216
読み直してもらえて、深見も喜んでいることでしょう。

誰がモデルってことはないんですけど、ドンヒョクを思い浮かべて
くれた方が多かったようです。
ラピュタさんの思いのまま、想像、空想、妄想してねv-237