4 王子様の贈り物

4 王子様の贈り物




午前中の仕事を終え、睦美と二人更衣室へ戻ると、同じように仕事を終えた由梨が、

自分の手帳を広げ、なにやら指を差しながら嬉しそうに笑っていた。

どうせ聞いても、気分がいい話ではないだろうから、ロッカーからお弁当を取り出し、

私は、早くその息苦しさから解放されようと考える。


「昨日、拓実君から電話があったの」

「エ……拓実君って、あの社長の息子さん?」

「そう、職場の環境はどうなの? って、心配されちゃった」

「へぇ……由梨さんのこと、気にしてくれてるんだ」


相変わらず、小さな出来事を自慢げに語る由梨の周りには、パートたちが囲みを作る。

社長の息子が、まるで由梨に気があるかのように話しているのを聞きながら、

私と睦美はその輪から外れ、倉庫へ向かった。

元々、更衣室の大きさに比べて、パートの女性の数が増えていて、

全員で休憩を取るには、狭すぎる。

倉庫の入り口から斜めに進んだ場所にある、ちょっと窪んだ空間が、私と睦美の休憩所だった。


「あぁ、もう、腹立たしい。本当にバカみたい。社長の息子なんかがさ、
パートの女の子を本気で相手にすると思っているのかな」

「聞こえるわよ、睦美」

「聞こえたっていいわよ、だって……」

「わからないじゃない。由梨は幼い頃から知っているって言うんだもの。
それに、チーフの家は社長の家と、昔からの知り合いだって所長からも聞いたし……」

「あんな女を相手にするんじゃ、その男もたいしたことなんてないのよ」


睦美はそういうと、買ってきたサンドイッチを豪快にほおばった。

私も手作りのお弁当を広げ、割り箸を睦美に渡し、おかずをお裾分けする。


「ありがとう」


睦美は嬉しそうに割り箸を半分に割り、いただきますと両手を合わせ、

隅に入っている卵焼きを口に入れる。睦美は卵料理が好きなので、お弁当に黄色は欠かせない。


「あぁ……さつきのお弁当って、いつも美味しいよね。
私は料理が苦手だから、本当にうらやましいよ」

「料理くらいしかやることなかったのよ、私は……」


『あいの家』では、自分より小さな子供もたくさんいたために、中学生になった頃から、

台所を手伝うことも増えた。揚げ物から煮物まで、あの場所で教わったことがあるのなら、

料理はその割合の多くを占めている気がする。


「ねぇ、ほら、あの人……あれからどうした?」

「あの人って誰?」

「誰って、『緑の公園』の人、さつきの幻のような王子様だよ。少しは進展した?
ねぇ、こんなお弁当食べさせてあげたら、ポイントアップだよ」


睦美は私のお弁当箱を両手で持ち上げ、満足げに笑ってみせる。


「何言ってるのよ、睦美。お弁当なんて、やたらに作ってあげるものじゃないわよ。
変じゃない……」

「そう? そんなことだってきっかけになるでしょう。お弁当なんか一緒に食べてさ、
そこから、今度うちへ来ませんか? とか、食事作りに行きますよ……とか……」

「いいの、私は私」


睦美は、私が田島さんとどんな会話をしているのかなんて、何も知らない。

だから、自由な発想で、好きなことが言える。

見ているだけで、ちょっと会話をしているだけで、私の心は満たされた。

いつかは終わってしまう時間でも、その心地よさに、しばらく浸っていたかった……。

だから、無理に近づくために、お弁当なんて作る気持ちもなかったし、

微妙な距離だけは開けておきたかった。




なぜなら……



私は、彼にウソをついているから……。





「おはようございます」

「……おはようございます」


次の日の朝も、同じように挨拶を交わした田島さんを見ると、

手には紙袋があり、それをいきなり私の前に差し出した。


「これ、使ってもらえませんか?」

「エ……」


袋の中には、100色以上あるような、デザイン用の色鉛筆がセットになって入っている。

頑丈そうな木目調の箱に入った、見たこともないような外国のものに、私の目は釘付けになった。

これだけの色が揃っている色鉛筆を、私は今まで見たことがない。


「この間、クッキーをいただいたお礼です。稲本さんの役に立つんじゃないかと思って、
持ってきました」

「……」

「友達からもらったんですよ。イタリアだか、フランスだかのお土産で。
でも、僕は全く利用する機会がないし、持っていても宝のもちぐされでしょ。
稲本さんならと思って……」


自然に伸びそうになった手を、慌てて握りしめる。

少しだけ見える小さな窓から、『緑』だけでも7色が並び、私の気持ちを揺さぶった。

複雑なこの公園の緑も、これならきっと、思ったとおりに描ける気がして思わずため息が出る。


「どうぞ……」

「いえ、でも、こんな高価なもの、いただく理由がありません」

「高価かどうか知りませんけど、僕のところにあっても、ゴミと同じです。
色鉛筆だって、放り投げられているより、幸せだと思いますよ」


結局、私はその申し出を断ることが出来ずに、手提げ袋を受け取った。

すぐにでも白い紙に何かを書いてみたくなり、全ての色を確かめたくなる。


「将来、稲本さんがすごいデザイナーにでもなったら、僕は自慢しますから」


自分の額をタオルで拭きながら、そんなふうに明るく笑う田島さんの声に、

ウソをついている自分の心が、チクリと痛んだ。





午前中の仕事を終え、私は手提げ袋を持ったまま、倉庫の隅に座る。

いつも隣に座る睦美は、久しぶりに彼が九州から出て来たのだと、3日間連続で休暇を取った。

横には少し端が痛んでしまった、使えないダンボールが重なっていて、

表面が白いものを抜き出すと、その一番大きな場所に、田島さんからもらった色鉛筆で、

私は緑の線を一気に引いた。


「きれい……」


1色では物足りず、隣の緑を取るとまた線を引き、

結局ダンボールには、7本のそれぞれ違う緑が線を作った。


この色鉛筆をもらう理由など、私には何もなかった。

本当の私は、デザインの勉強などしていなくて、都会の片隅にある倉庫で、

毎日伝票とにらめっこをしているだけだ。

それでも、描き出した右手は止まらず、いろいろな色を使って、『緑の公園』を再現する。

木々の葉の色は少し濃く、芽吹いたばかりの若葉は、少し黄色を混ぜる。



『デザインの勉強をしているんです』



許されることなら、私もデザインの勉強をして見たかった。

中学の美術の成績もよく、地域が開催する賞などを何度かもらったこともあり、

担任の教師からも、専門の学校を薦められた。


でも、育ててもらった『あいの家』に贅沢な要求を言えるはずもなく、

大人になった私は、丁寧に頭を下げて、施設を出た。


先生たちはとても優しく、愛情を持ち接してくれて、親がそばにいないことを

あまり寂しいと感じたこともなかった。



それでもどこか……



自分の運命が、違っていたら……



そう思ってしまうことがあった。


丁寧に『緑の公園』を描きながら、私の目には、ただ涙が浮かんだ。





ダンボールに『緑の公園』を描き始めるようになってから、

私は休憩時間になるとすぐこの場所へ急ぎ、続きを描くことに夢中になった。

一つ出来上がると、また1枚広げては、別の想いを絵にしたくなる。


何分経ったのだろう。ダンボールを見ている私の視界の隅に、

ほんの一瞬人の足が映る。顔をあげ、あたりを見回したが、

それらしき人はどこにも見えなかった。


携帯電話を見ると休憩時間はあと10分残っていて、私はまた視線を下へ向けると、

懸命に右手を動かし、色の世界に夢中になった。




おかげさまで 『ももんたの発芽室』 も1周年を迎えることになりました。
これからも、肩の力を抜いて、お気楽におつきあいください。


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コメント

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緑に込める想い

そろそろ嘘が重たくなってきたのでは?

通り過ぎた足は誰のものか?
由梨?次男坊?はたまた亨?(何故居るかが疑問さけど)

絵を描いてるときの自分に嘘はないでしょう。
だから自然と気持ちが良くなってくる。

足長おじさんを思い出しちゃいました。

空想の世界とうそとは違うけれど
傍からみたら同じになってしまうのかな?

でも100色以上の色で作り出す空想の世界は
新しい夢を運んでくれると信じたいです。

No title

ちょっぴりご無沙汰していたらもう4話

そうでした・・連日アップだったんだ。
で、一気読み<(_ _)>

空想家のさつきが何気なくついてしまった嘘
その嘘がさつきを辛くさせるのか・・・
諦めていた夢に向かう力を生み出すのか・・
とても心配だけど、きっときっと
良い事が起こりますようにと
祈らずにはいられません。

希望

王子様からの贈り物は
さつきの心に新しい希望を宿してくれたのかな?

自分の心に素直に生きられるようになったら
きっと嘘も素直に謝れるような気がする…。

色鉛筆のお礼に
お弁当をつくってあげればいいの~^m^

ウソが・・・

>微妙な距離だけは開けておきたい。
そう思うさつきちゃんの心。ウソを付いちゃっただけに切ないね。

『デザインの勉強をしているんです』
そう言った言葉のなかにさつきちゃんの叶わなかった夢や喜びを諦めた辛さがありますね。


>ほんの一瞬人の足が映る。
これはやっぱり彼、田島さん?だよね。
影ながらじっと見ていた・・・なんて事をちょびっと期待したいです。

No title

ほんの一瞬見えた足は、王子様だと信じたい。。
影ながら見守る王子様。

跡を継ぐ予定の王子様だから、
さつきや由梨に職場の環境に尋ねたのかなあ。。
それもさつきのことを想ってのことだと信じたいわ。。

絵を描いているときのさつきには、じいんとしちゃいました。

No title

>そう、職場の環境はどうなの? って、心配されちゃった
王子様=拓実だとして… 由梨の心配じゃなくて
やっぱりさつきのこと気にしてるんじゃないかなぁ???

>ほんの一瞬人の足が映る。
やっぱり…田島さん?? さつきのことを見てるんじゃ???

さつきちゃんは今までいろんなことを我慢して
諦めなきゃならないことも多かったのね…

100色以上の色鉛筆 素敵な贈り物だね
夢中になってどんどん描いていくさつきちゃんの想い…
王子様に寄せる気持ちとデザインの勉強
これからもっともっと想いは膨らんでいくよね^^

脇役の妙

主役を引き立てる脇役
今回は、由梨ちゃんがいい味出してます!
さつきへの意地悪な目、嫉妬、あからさまな態度、王子様に色目を使うところまで、私のツボです~!

さて、王子様・・・鉛筆のプレゼントは、さつきに”次のステップへ行け”との、暗黙の指示でしょうか。

「あしながおじさん」、私もswimmamaさんと同じように思い出しました^^

何もかも知りながら、影で支える男性。
あしながおじさんとジュディが、人間としての成長の末結ばれたように、さつきに対しても、未来へ導く存在が田島王子だといいな~・・・
もちろん、その先に人生のパートナーになれば、なお読者としては嬉しいけれど。
(って、勝手にストーリーを作ってるよ私^^;)

今夜5話だね
そろそろいろんな事が見えてくるかも?^m^

本物

「仕事、楽しいですか?」と尋ねた王子様
「職場の環境はどうなの?」と由梨に電話してきた次男坊・・・

王子様はやっぱりさつきちゃんの事、知ってるような気がします。

ダンボールに夢中で「緑の公園」を描き続けるさつき。
そこには嘘偽りのない、本物の稲本さつきが
活き活きと存在しているよね

ほんの一瞬、視界の隅に映った足が
王子様のものであって欲しいなぁ~~

こんにちは!!e-454

睦美のお弁当作戦に1票!
……けど、嘘ついてるまんまじゃムリくさいよね

さつきちゃん、嘘が苦しくなってきた?

王子様のくれた色鉛筆にはどんな意味があるんだろう?
それを使って絵(?)を書いてる時が
今は一番落ち着ける、う~ん癒し?の時間なのかもねと思ってます。

しかし、あの足は誰?やっぱり…の人?由梨?

由梨は毎回、いい味出してくれます
<(`^´)>憎たらしくって!!

今日も妄想広がる、“?”いっぱいの日でした。。。

早く、いろんな事が知りたくて
忍耐の糸と血管がプッツンと切れそうです。

でも逸る心を抑えながら
ジ~っと我慢の子で、あすを待ちます……


     では、また・・・e-463

承認待ちコメント

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yonyonさんへ

こんばんは!


>通り過ぎた足は誰のものか?
 由梨?次男坊?はたまた亨?(何故居るかが疑問さけど)

はてさて、誰のものでしょうか。
少しずつ、色々なことが重なっています。
ウソはウソのままで終わるのか、それとも……?

次回は、起承転結の『転』です。話が動きますよ。

swimmamaさんへ

こんばんは!


>空想の世界とうそとは違うけれど
 傍からみたら同じになってしまうのかな?

さつきは、田島を騙そうと思っていたわけではなくて、
ちょっとだけ、自分を空想に包んだだけ……なんです。
でも、それをウソだと言ってしまえば、そうだし……

足長おじさんのように、幸せになるのか、
それとも……

izuyonさんへ

こんばんは!


>ちょっぴりご無沙汰していたらもう4話

あはは……すみません、
毎日UPですので、あっと言う間に進んでいます。
でも、短いから、読めちゃったでしょ?


>空想家のさつきが何気なくついてしまった嘘
 その嘘がさつきを辛くさせるのか・・・
 諦めていた夢に向かう力を生み出すのか・・

次回第5話が、起承転結の『転』になります。
さつきのウソは、どう転がっていくのか、
どうか、お付き合いお願いします。

eikoちゃんへ

こんばんは!


>自分の心に素直に生きられるようになったら
 きっと嘘も素直に謝れるような気がする…。

そうなんですよね。
このままじゃどこかで引っかかるわけです。
さつきはそれを乗り越えようとするのか、
それとも逃げてしまうのか……

お弁当、作れる日が来るでしょうか。

tyatyaさんへ

こんばんは!


>『デザインの勉強をしているんです』
 そう言った言葉のなかにさつきちゃんの叶わなかった夢や
 喜びを諦めた辛さがありますね。

はい、田島との出会いが、さつきの心の中を
表に出していく、きっかけになりました。

さて、この王子様は、さつきにどういう結果をもたらすのか。
ウソはどんなふうに、変化するのか……
最後まで、お付き合いお願いします!

れいもんさんへ

こんばんは!


>跡を継ぐ予定の王子様だから、
 さつきや由梨に職場の環境に尋ねたのかなあ。。

れいもんさんは、完全に田島と次男坊は同一人物派なんですよね。
はたして、それがあっているのか、外れているのか……


>絵を描いているときのさつきには、じいんとしちゃいました。

うん、うん、世の中って、うまくいくことばかりじゃないもんね。

Eleさんへ

こんばんは


>王子様=拓実だとして… 由梨の心配じゃなくて
 やっぱりさつきのこと気にしてるんじゃないかなぁ???

そうだった。Eleさんも、『田島は次男坊派』でしたね。
さて、その予想が当たるか、外れるかは……
もうちょっと頑張って、読んでみてください。


>これからもっともっと想いは膨らんでいくよね^^

田島の渡した色鉛筆は、さつきの可能性を助けてくれています。
起承転結の『転』が、話をどう動かすのか、
次回もお付き合いくださいね。

なでしこちゃんへ

こんばんは!


>今回は、由梨ちゃんがいい味出してます!
 さつきへの意地悪な目、嫉妬、あからさまな態度、
 王子様に色目を使うところまで、私のツボです~!

あはは……ツボなの?
でもね、この話は由梨が頑張っているから、楽しいのかも。
悪役は、絶対に必要だからね(笑)


>あしながおじさんとジュディが、人間としての成長の末
 結ばれたように、さつきに対しても、未来へ導く存在が
 田島王子だといいな~・・・

さて、足長おじさんと同じように、進むのか。
それとも……って、人生のパートナーまで進めるの?
その、勝手に作ったストーリーを、またぜひ、
お聞かせ願いたい!


>今夜5話だね
 そろそろいろんな事が見えてくるかも?^m^

起承転結の『転』だね!

バウワウさんへ

こんばんは!


>王子様はやっぱりさつきちゃんの事、知ってるような気がします。

さて、王子様がもし、さつきのことを知っていたとして、
それはどこで知ったのでしょう……


>ダンボールに夢中で「緑の公園」を描き続けるさつき。
 そこには嘘偽りのない、本物の稲本さつきが
 活き活きと存在しているよね

はい、ウソの中に住んでいても、みせているものにウソはない。
そこにちゃんと気付けるのかどうか……
起承転結の『転』が次回になります。

王子様とさつきの恋……はいかに!

mamanさんへ

こんばんは!


>由梨は毎回、いい味出してくれます
 <(`^´)>憎たらしくって!!

あはは……憎たらしい?
今回のお話には、こだわった部分がありまして、
それは、後日『あとがきさん』に書かせてもらいますが。


>早く、いろんな事が知りたくて
 忍耐の糸と血管がプッツンと切れそうです。

ここ、爆笑です!
笑っちゃダメだけど……
でもね、今教えてはあげられないんです。
どうか、1週間、この私にお付き合いください。

そうそう、ジーッと我慢の子です。

yokanさんへ

こんばんは!


>嘘をつくということは、さらに嘘をつくことになるんだよね。 
 さつきちゃんが身動きが取れなくなってしまいそうで、
 読んでいてつらいわ。

騙すつもりはなくても、ばらさないためには、さらに重なるのがウソですもんね。
次回、5話が起承転結の『転』になります。

一瞬映った足の正体がわかるまで、ぜひぜひ、お付き合いください。

知ってくださいさん

こんばんは!

はじめまして。
せっかく訪れていただいて申し訳ないのですが、
ここでは、この創作に関してのコメントをお願いしています。

それ以外の内容、宣伝については、公開出来ませんので、よろしくお願いします。