3 新しい生活 【3-2】

ケーキはあっという間に半分の大きさになる。


「杏……」

「何?」

「杏が頑張って毎日を楽しく笑って過ごせたら、お姉ちゃん、何も言うことない。
お姉ちゃんは、お父さんも知恵さんも、杏も大好きだからこうしてきただけ」


心は、しんみりなりそうな杏の頭を軽く『ポン』と叩く。


「本当だよ、だから……」


心は『気にしないでしっかり頑張りなさい』と杏に声をかける。


「うん、わかった」


杏の返事に、心はまたケーキを食べる。


「あのさ、お姉ちゃん」

「何……今度は」

「実はね、見て欲しいものがあって……」

「見てほしいもの?」

「そう」


杏は1枚の写真をテーブルに出す。


「ねぇ、どう思う?」


杏は心の顔をじっと見た。





『あはは……』

「思い切り笑ってますよね、直美さん」

『いやいや、笑いを提供するために、電話くれたのでしょう』


杏が部屋を出てから30分後、心は直美に電話をし、状況を語った。

杏がこの部屋に来たのは、心に対しての感謝をしんみりと述べることより、

バイト先の店長が言い出したことを、実行するためと言った方が正しかった。

杏がバイトの日、たまたま携帯の待ち受けを見た店長が、

そこに写っていた心の写真を見た。

杏は、母親の違う姉だと説明すると、店長は心の年齢を尋ねたという。


『ぜひ話をして欲しいと杏ちゃんに言ったわけでしょう。ノリノリじゃないの。
会うだけ会ってみたらよかったのに。もしかしたらさ、いい出会いだったかもよ』

「そういう無責任なコメント、直美さん平気でしますよね」


心はベッドに寝転がり、天井を見つめながら、右の頬に美顔ローラーを当てる。


「『お姉さんを今度、お店に連れておいでよ』って、そんな簡単な言い方ありますか?
バイトの学生を使って、しかも店に来いって、どういうつもりなのか。
わざわざこちらから、品定めされるために出向くってどういうことって……もう」


杏は店長のことを『人はいい』とそう説明したが、心は首を振った。


「はぁ……もう、どうしてみんな形を作ろうとするのかな。
好きで一人でいるのだから、ほっといて欲しいです」


心はローラーを左の頬に当てる。


『いいじゃないのよ、興味持ってもらえたのだから。まだまだ売れるわよ、心は』

「直美さん!」


心が声を出したために、手に持っていたローラーが動き、

携帯にぶつかり『ガン』と音を立てた。





心が美顔ローラーで、頬をマッサージしている頃、

コンビニで買ったチューハイをテーブルに置き、壮太郎はプルを開けていた。

冗談話で笑い合う心と直美とは違い、壮太郎の表情は引きつりそうなくらい、

きつめのものになっていた。

つまみには、温もよく欲しがる『チーズタラ』を出す。



『温を引き取って欲しい』



壮太郎の『宅見建設』での主な仕事は、賃貸物件の企画に関わるもので、

1年の中でも季節によって、忙しさが全く違っていた。

さらに、ここ数年は、富田のような若手の指導的役割も与えられていて、

2週間に1度の温の迎えくらいなら、スケジュール調整も可能だったが、

毎日となると、上司の梅本に相談も必要だった。


小さなテーブルの上に、壮太郎の人差し指が触れる。

その指が右に動き、そこから斜め上に向かった。


ここから電車に乗り、乗り換え駅で降りる。

その2駅先に『くれよん保育園』があるので、温を頼み、今度は反対に2駅。

最初の電車に乗り換え、そこから終点まで乗ると、会社へ向かう。

壮太郎は頭の中に路線を思い浮かべ、指で自分の動きを考えた。


途中下車と、歩きなどを考えたら、

今より40分くらいは、出て行く時間を早くしなければならない。

壮太郎は、新しい生活を想像する。

離婚をした後、一人になり、朝の支度と洗濯物の量も考え、

洗濯や炊事のコントロールをしていたが、温が来るとなると、日を選ぶことなどなく、

毎日しなければならないだろう。

学生時代同様に、何でも突っ込んで炒めたり、

インスタントに飾り付けるくらいの料理は出来るが、とてもさやかと同じには出来ない。

隔週で会う時には、ファミレスも使うが、毎日となればそうもいかない。

あれこれ考えながら、壮太郎のお酒は進み、チューハイの缶は残り3分の1ほどになる。



『パパ……』



壮太郎は、温の声を思い浮かべながら、首を横に何度も振った。

何があろうが、生活が大変になろうが、そんなことは温と比べるレベルではない。


「よし……」


壮太郎は、まずあいつに話してみようと思いながら、残りのお酒を飲み干した。





「待たせたな、西森」

「いや、大丈夫だ。こっちこそ悪いな、現場に来ているのに」

「何言っているんだ、時間さえきちんと決めてくれたら、
いつでも自由になるよ、俺は」

「いやいや……」


次の日、壮太郎が一番最初に事情を話したのは、同期入社で仲のいい戸田だった。

戸田は、『宅見建設』の賃貸物件を建設する現場で、

実際に作業をしている子会社との、連絡役を仕事としている。

二人は現場を離れ、近くのファミレスに入った。


「エ……お前が温を?」

「うん。さやかに昨日言われた」


戸田は壮太郎とさやかの結婚式にも出ているし、家に遊びに来たこともあった。

壮太郎より1年遅れて結婚した妻との間には、

小学校1年生になった双子の女の子がいる。


「引き取れって……あのときは絶対に渡したくないって、大変だったろ」

「あぁ……」


離婚した2年前にも、壮太郎は戸田と話していた。

注文したランチのセットが、それぞれの前に置かれる。


「で、お前は引き取るのか」

「うん……さやか自身が手放したくなっている。無理に一緒にいさせても、
温がかわいそうだろう。向こうの相手ともうまくいっているとは言えないらしいし、
子供も出来ているし」

「は?」


戸田は、『いや、すまん』と声に出す。

壮太郎は、首を振った。そういう態度になるのも、当然だと思えた。


「いやぁ……うーん」


戸田は何かを言おうとしたが、まとまらなかったのか嘆きだけになる。

壮太郎は、戸田の意見がまとまるまで何も言わずに待った。


【3-3】



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