3 新しい生活 【3-3】

「引き取ってくれ……か。お前に夢中になったのも、
離婚だと迫ったのもさやかさんなのにな。また、振り回されるのか」


壮太郎の友人という立場で、戸田はさやかに対して、きつめのコメントを出す。


「今更そんなことはいいよ。結婚をしたのも離婚をしたのも、自分で決めたことだ。
さやかだけの問題じゃない。こんなことを予想したわけでは無かったけれど、
さやかが持っていたのは『監護権』だ。調べて見たら『親権』と違って、
こっちは両親の話しあいで移動も決められるみたいだし……」

「『監護権』? あ、そうなのか……『親権』はお前か……」


壮太郎は、頷きながら『たださ……』とコメントを途中で止める。


「ただ……何だよ」

「温が、どう思うのかが気になって」


親の都合で、あっちに行ったり、こっちに行ったりさせられる温を思い、

壮太郎は気持ちが重くなる。


「新しい生活を考えて、色々と想像してみた。どう考えても、
さやかのようにしてやれないだろうから、思い切って実家に戻るか……とも考えて」

「栃木のか」

「あぁ……。少なくとも両親がいる栃木なら、食事もしっかりしたものを出せるし。
相手をしてくれる人もいる。でも、仕事をどうするのか考えたら、
それもないなと。たまに頼むくらいは出来るだろうけれど……」

「うん……」

「あれこれ考えると、力がなくなると言うか……」


壮太郎は箸を割ると、料理を食べ始める。

戸田も同じように箸を割り、味噌汁に口をつけた。


「なるようになる!」

「エ……」

「何驚いているんだよ。これくらいでいいんだ。お前のいいところでもあるし、
悪いところでもあるけどさ、一生懸命考えて、
危険とか問題を先に回避しようとするだろう。
まぁ、当然、悪いことはない方がいいけれど、
人間、そんなときに色々見えるものもある気がするからさ」

「見えるもの……か」

「そうそう。食事なんてインスタントだって、冷凍食品だっていい。
今はいいものがたくさん出来ているぞ、プロが作っているわけだからさ。
うちのだって主婦だけれどしょっちゅう使ってる。
お前が一生懸命に頑張る姿を見せればそれでいい。
何かがあれば、そのたびに温と一緒に考えて、成長するしかないだろう」


戸田は、蓮の天ぷらを食べる。


「温はちゃんと見てくれるよ。不格好でも、必死にお前が頑張る姿を」

「そうだよな、そうだけど……」


壮太郎は、いつも笑顔で自分の胸に飛び込んでくる温を思い出す。


「ただ、温を引き取るとなると、再婚は厳しくなるぞ、西森」


戸田は親はまだ望んでいるだろうと、言い始める。


「女性にしてみたら、自分の生んだ子供ではない子が、いるわけだからさ」


戸田は『条件としてさ……』と口にする。


「再婚はないよ」

「ない? どうしてだ、38だぞ、38」


戸田は、『お前ならまだまだいける』と話す。

壮太郎は黙って首を振った。


「さやかとの生活で、どういうことを反省したらいいのかが、未だにわからない。
自分自身が出来事に納得していない以上、また同じようなことを繰り返すのかと思うと、
勇気は無い」


壮太郎は、同じ紙でも結婚と離婚の疲労度は全然違うと

戸田と同じ蓮の天ぷらを口に入れる。


「そうかな」

「そうだよ……」


壮太郎と戸田は、そこからしばらく食事を続ける。


「あ、そうだ、うちの『ワークシフト』を使ったらどうだ」

「『ワークシフト』?」


壮太郎は初めて聞く制度の名前に、『どういうこと』と戸田に尋ねた。

戸田は『働き方改革の一環だ』と話す。


「2、3年前から出来たらしいぞ。今はサラリーマンの働き方にも色々とあって。
親の介護とか、家族の事情だとか、そういうことを認めてもらえば、
勤務時間とか、場所を考えてもらう制度だよ。お前が正式に温を引き取れば、
親一人子一人だから、何かしら使えるはずだ」


戸田は、そう言いながら、今度は手が茶碗蒸しに向かう。


「『ワークシフト』か……」


壮太郎はお茶碗を持つと、ご飯を口に入れた。





「わかった、とにかくわかった、わかりきった」


千紘は顔の前に両手を出し、『これ以上は必要ない』ということをアピールする。


「本当に? しっかりやってよ」

「はいはい」


『有森不動産』では、会社の経理、事務と何でもこなしていた節子が、

母親の介護のため、埼玉に1週間、向かうようになっていた。

節子の母、年子は一人暮らしをしていたが、去年の冬に、廊下でつまずき、

足を引きずるようになったため、9月に増築が完了した後、

有森家に来ることが決まっている。


「頼むわね、心さん」

「はい、いってらっしゃい」


心が『有森不動産』に入ることが出来たのも、

節子が、介護のために仕事から離れなければならなかったためで、

そうでなければ、町の不動産など数人で回せてしまうため必要はない。

一人息子の千紘は、節子が店を出た途端、大きく背伸びをして首を左右に動かした。


「あぁ……やっと行った。あの人の口は年中無休だよ。うるさくて、うるさくて……」


千紘は立ち上がると、物件情報を入れてあるガラスボードのそばに立ち、

駅に向かう節子の後ろ姿を見送り、コーヒーを入れようとする。


「入れようか」


心はすぐに立ち上がる。


「いえいえ、大丈夫です桜沢さん。私は、一番の新人ですから」


千紘は社長で父親の有森を見ると、舌を出した。

有森は『これだからね』と千紘を指さし笑う。


「千紘、お前を鍛えてもらうために、
『宅見建設』からバリバリの営業マンを送ってもらうように、頼んだからな」

「は? なんだそれ、いらないし」

「いらなくないわ。バリバリのバリバリを寄こせと、今から念押しをする」


有森はそういうと笑い出す。

心は店の内側からガラスケースの鍵を開け、

展示されている物件をいくつか変えて行く作業をし始めた。

週末になると、めぼしいものは結構『成約済み』となる。

他社の物件も、データとして送られてくるので、それをチェックしていかないと、

紹介しようとしたらすでにないという手違いが起こるからだ。


「あ……あのマンション決まりましたね、接骨院の裏の」

「あぁ……あれは新築に近いからね。入居した人が、急な転勤で出ただろ。
半年もいなかったから」


有森は新聞を読みながら、耳かきを右の耳に入れる。

少し口が開いた状態で、クルクルと細かく指が動いた。


【3-4】



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