3 新しい生活 【3-5】

慌ただしかった駐車場の更新もほぼ終わり、カレンダーは7月を進み出す。

心にも、壮太郎にも『新しい時間』がやってきた。


「温、お帰り」

「うん」


壮太郎とさやかの話し合いは数回行われ、『監護権』は壮太郎に変更された。

温に関しての権利は全て壮太郎になり、これからは正式に壮太郎が育てることになる。

栃木に住む、両親に事情を話すと驚き、

『あまりにも身勝手だ』と最初はさやかに怒りをぶつけたが、

その文句が終わらないくらいのタイミングで、温が戻ってくることを喜び出す。

それならば、東京の空気を吸いに行くよと理由をつけ、

母の藍子は壮太郎のアパートに先乗りし、温を待っていた。


「うわぁ……プリンだ」


お土産の箱を開けた温は、嬉しそうにその場でぴょんぴょんと跳ねる。


「温、大好きなのでしょ。おばあちゃん聞いていたから、
東京駅で一番美味しそうなプリンを買ってきたよ」

「うん、ありがとう」


温は『1……2……』と数を数え出す。

離婚によって温はさやかに引き取られたが、隔週で壮太郎が預かる日もあったため、

孫がかわいい藍子は、たまに上京していた。

そのため、二人は久しぶりの再会だが、妙な緊張感はないようで、壮太郎も安心する。


「たくさんあるね」

「そうだよ、みんな温が食べな」

「うん……」


温は保育園の荷物を下に置き、祖母になる藍子に、

自分は今日からここで暮らすことになったと、前から開けてもらっている和室で、

両手を広げた。


「ここね、僕のお部屋だって、パパがそう言った」


藍子は『そう……』と明るく返事をする。

温は畳の上で寝転がり、ゴロゴロと回りながら窓の方に動く。

壮太郎はスーツの上着を脱ぐと、温を見る。


「先生とは話をしたの?」

「うん。前にも時間を作ってもらって、事情は説明したけれど、今日もね、
早く迎えに行かせてもらって、あらためて話してきた。
園長先生もこのまま園に残ることを喜んでくれたし」

「そう……」


藍子は、『夕飯は、適当に作るね』とプリンの箱の蓋を元に戻す。


「悪いな、来たばかりで疲れているのに」

「いいわよ、そんなこと……」


藍子の視線が、温に向かう。


「それにしてもよく言えるよね、こんなかわいい子に、出て行けなんて」

「お袋」


壮太郎は『聞こえるから』という意味で、軽く首を振る。


「だってさ……」


藍子は、言葉の続きを出すことなく、持っていたハンカチで軽く目頭を押さえた。

壮太郎は、発言を止めた自分も、同じように思うのだから仕方が無いと考えたが、

同調すればさらに気持ちをヒートアップさせると思い、窓から外を見る温のそばに立つ。


「何見ているんだ、温、夕日か?」

「ううん、あそこ……」


温の小さな指は、少し先にある駐車場を指していた。

20台くらい停められる場所に、今日は数台が停まっている。


「今日は車多いな」

「多いの?」

「うん。いつもはお仕事に行く人もいるから、こんなに停まっていないよ」

「ふーん……」


温は『赤、黒……』と、停まっている車の色を言い始める。


「あ、そうだ」


温は先に届いた段ボールの中から、数台のミニカーを取り出した。

畳のヘリに車を置き、動かしながら遊び出す。

そのミニカーは、全て壮太郎が誕生日に買ったものだった。

温の手を引き、『おもちゃ屋』をグルグル回ったことを思い出す。

壮太郎は押し入れに入れた、いくつかのダンボールを見た。

いつもは2日くらいしかいなかったため、気にならなかったが、

温の洋服を入れるようなタンスもここにはない。


「タンス、買わないとな」

「あ、そうね」


藍子も立ち上がり、押し入れの大きさを見る。


「壮太郎。それならプラスチックの衣装ケースがいいわよ。
うちでも使っているけれど、押し入れにも入るし、増やすことも出来るし。
子供の洋服ダンスなんて、すぐに使わなくなるもの」

「うん」


温はしばらくミニカーで遊ぶと、『プリンを食べてもいい?』と、藍子に聞いた。





その日は夕食を済ませ、温がここに来るときと同じように布団を敷いた。

壮太郎は温に『そろそろ寝なさい』と声をかける。

温は『うん……』と返事をし、素直に布団へ入ったが、

しばらくすると、藍子と壮太郎がいる部屋につながるふすまを開ける。


「どうした……温」


温は黙ったまま立っている。


「温……お腹でも痛いのかい?」


藍子の問いに、温は黙って首を振った。

壮太郎は、少し潤んでいるような温の目に気付き、『おいで』と手招きする。

温は、壮太郎のあぐらをかく膝の上に座った。

壮太郎は、温の体を後ろからしっかりと抱きしめる。


「温……今日はパパと一緒のお布団で寝ようか……」


いつも温が来るときには、別々のものを敷き寝ていたが、

どこか特別な感覚を理解しているような温の姿に、壮太郎は『一緒に』と提案した。

温は『うん……』と頷き、ほっとしたような笑顔を見せる。

それを聞いていた藍子は、また流れそうになる涙を、温に隠れてそっと拭った。


【4-1】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント