4 折り紙の鶴 【4-3】

有森は千紘から名刺を受け取り、メガネを少しずらしながら、壮太郎の前に来る。


「いやぁ……どうも、有森です」

「お世話になります、西森です」


壮太郎は頭を下げると、すぐに顔を上げた。

社長の有森と挨拶をし頭を下げた数秒の間に、千紘、そして妻の節子。

さらに、ベテラン社員の長谷川が、すぐに顔を出す。

壮太郎は、注目度の高さを認識し、もう一度頭を下げる。


「『宅見建設』から来ました。西森壮太郎です。よろしくお願いします」


壮太郎の挨拶に、それぞれがバラバラなタイミングで、頭を下げ声を出す。

有森は『席はこっち』と壮太郎を入れるために、カウンターの蓋を開いた。

テーブルの端から中に入るのだとわかり、壮太郎はそのまま進む。


「机はここを使ってください」

「はい」


壮太郎は、まだ何もないデスクの上に、とりあえずカバンを置く。


「西森さん、お子さんはもう預けてきたの?」

「はい。本当に駅を挟んで反対側なので、近くて助かります」


壮太郎は、声をかけてくれた節子の方を見ながら話す。


「有森社長」

「はい」

「条件面でも色々と考慮していただき、助かりました」


壮太郎の言葉に、有森は『そんなことは』と軽く手を振る。


「本来なら、うちのような小さな不動産店に、
『宅見建設』の社員さんなんて、もったいないくらいなんだよ。
ただ、うちには、修行に出したいようなダメ息子がいるもので。
西森さんには、この仕事の厳しさを、たたき込んでいただきたいなと……」

「なんだよ、ダメ息子って」


千紘は『失礼な親だ』と言いながら、壮太郎の横に来る。

壮太郎は、有森と目が似ているなと思いながら、千紘を見た。


「ダメだなんて、いい声で迎えてもらえましたよ。お店に入ったとき、
すぐに声を出して迎えてもらえるのは、
お客様にとっても相談しやすさを感じるでしょうし」


壮太郎は、そういうと千紘に右手を出す。


「僕も、学ばせてもらうところがきっとあると思うから、よろしく」

「あ……はい」


千紘は自分のスーツで手を拭くと、壮太郎の手を握り返す。

その瞬間、カランカランと扉が開き、褒められたばかりの千紘は、

すぐに『いらっしゃいませ』と声を出した。


「あ……なんだ、桜沢さんか」

「エ……なんだってなんですか」


入ってきたのは、郵便をポストに出しに行った心だった。

壮太郎はカウンターの方に向かうと、『この間の人だ』と思いながら、

あらためて挨拶をする。


「すみません、今日からお世話になります西森です」

「あ……事務の桜沢です」


心は頭を下げて、すぐに顔を上げたとき、『先日の……』と言葉を続ける。


「はい。先日は逃げるように去ってしまって、すみませんでした。
『宅見建設』で、こちらの出向話があることを聞いて、
自分が来るというイメージはなかったのですが、
後輩が来るかもしれないという思いがあって、息子のお迎え帰りに立ち寄りました」


壮太郎は、『客だと間違われたとわかり、すぐ立ち去った』ことを話す。


「あ、そうですか」


心は、あの日感じた不思議さが解消されたことに、何度か頷く。


「ねぇ、西森さん」

「はい」

「余計なお世話かもしれないけれど、『くれよん保育園』だっけ?
出来たら、私たちのことも説明しておいてくれないかしら」


節子は、自分たちも千紘を保育園に預けて育ててきたが、

それほど残業がないとはいえ、客商売のため、急なことが起きる可能性もあり、

迎えに行ける人を、増やしておいた方がいいのではないかと提案する。


「例えばね、急に具合が悪くなることも、子供ってよくあるのよ。
もちろん西森さんがここにいれば、迎えに行ってもらうけれど、
どこかに出ていることも、あるかもしれないでしょう」


節子はそういうと、社長の有森の顔を見る。


「そうだなぁ……近頃雨も、バケツをひっくり返したような、量になることがあるし。
車が渋滞してとか、ハプニングがないとは言えないからな」


有森も『そうした方がいいのではないか』と壮太郎を見る。


「いや……」


壮太郎は、1年しかいない自分のためにと、節子の話を断ろうとする。


「西森さん、妙な遠慮ならしない方がいいですよ。
うちの親たちは、おせっかいを固めて人間の形にした生き物なので……」


千紘は、両手で粘土をこねるような真似をする。


「なんだろうね、この口の悪さは。間違いなくお父さん似だけど」

「いやいや、お前だろう」

「どっちだっていいわ」

「西森さん、奥さんの言うとおりだと私も思いますよ」


有森家の会話の外から、壮太郎に声をかけたのは心だった。


「絶対はないですから。意外に閉店少し前に内見をしたいと飛び込む方もいて。
そういう臨機応変さも、こういう町の不動産屋には必要です。
西森さんも、この場所があるとわかっていたら、
アクシデントにも冷静に向かい合えるでしょうし」


心の話に、壮太郎も『そうかもしれない』と気持ちを少し変化させる。

自分はお迎えがあるのでと、目の前に来た客を、人に任せるわけにはいかないし、

他の社員が残っているタイミングで、出ていくのもおかしい。


「登録しても使わないのなら、それはそれでいいし。
息子さんも不安にならないかと……」

「そうよ、そうそう」


節子は、『手は多い方がいいわよ』と壮太郎に言う。


「節子さん、私が行きましょうか」


母親の看病で家を抜けることが増えた節子より、自分の方がいいのではと、

心は手伝いを申し出る。


「そうね……桜沢さんがいいかも、女性だし。
保育園に出入りしても違和感ないだろうし……」


節子は長谷川を見た後、すぐに心を見る。


「頼めるかしら」

「はい」


壮太郎は、心を見ながら、『すみません』と頭を下げた。


【4-4】



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