5 事情と現実 【5-2】

次の日、いつものように出社した心は、

『有森不動産』と書かれたポストに入っていた、手紙やちらしを出した。

不要なものは新聞回収のボックスに入れ、宛名の書かれてあるものは、

それぞれのデスクに置いた。自分の席に戻り、賃貸物件の用紙を出し、

それを入れるファイルを棚から出す。扉が開いた音がして、壮太郎が入ってきた。


「おはようございます、桜沢さん」

「おはようございます」


心は棚を右手で閉める。

壮太郎は自分の席に向かわず、その場で携帯を取り出すと写真を呼びだした。


「これ、見てもらえますか」

「エ……」


そこに写っていたのは、心が渡したメロンを、嬉しそうに食べる温の顔になる。


「うわぁ……嬉しそう」

「そうなんですよ、昨日、メロンがあるよって言ったら興奮状態で。
半分昨日の夜に食べて、半分は朝まで我慢するって言って、
今朝食べて、満足そうに保育園に行きました」

「そうですか……」


心は自分が保育園に行った時よりも、嬉しそうな温の顔が見られてよかったと考える。


「……で、すみません、これを」


壮太郎のカバンから出てきたのは、入れ物として利用したタッパと、1枚の絵だった。

赤や青の形が、なにやら重なっている。


「これ、ロボットだと、温は言ってますが……」


温は心にお礼のつもりで、絵を描いた。

積み木のようなものがいくつもあるのは、ロボットだったのかと、

心は頷きながら紙を受け取っていく。


「ありがとうございます」

「すみません、こんなものを……」

「いえいえ、嬉しいです」


心はその絵をファイルに挟み、さらにデスクのビニールシートの下に入れる。

お店に入って一番最初に見えるカウンターの中に、温の絵が入った。

心は、紙の端に切った跡があることに気付く。


「温君、お絵かき好きなのですか?」

「はい。想像の世界というのかな。未来図のようなものをよく描いています」


心は温がスケッチブックに絵を描き、1枚破ってくれたのだとわかるリングの跡を見る。


「私も小さい頃、よく絵を描きました。スケッチブックのリングの跡、
なんだか懐かしいです」


心は、リングの跡を指さし、そう話す。


「そうですか……」


壮太郎は、あらためて頭を下げ、自分の席に向かった。


「あ、西森さん、来た、来た、見てくださいよ」

「何?」


千紘と壮太郎の声を聞いた心は、全員分のお茶を入れようと思い、キッチンに入った。





「こういった物件が2つあるとして、間違いなく賃料が高く設定できるのはこっち」

「エ……どうしてですか、駅に近いのはこっちですよ」


千紘の指が、壮太郎の示したものとは別のものに向かう。


「確かにそうだけど、形を見て」

「形?」

「そう、形」


壮太郎が『有森不動産』に来て、10日が経った、

有森が願った通り、壮太郎は地域の地図を広げ、千紘の質問に答えていく。


「あぁ……本当だ。柱が……」

「そう。この間取りだと窓の場所を考えても、家具の配置が取りにくい。
なので、あえてそこを……」

「2丁目へ行ってきます」


壮太郎は目の前に座る長谷川が、外出をすると言い立ち上がったので、

すぐに声をかける。


「いってらっしゃい」


長谷川は、壮太郎の声かけに対して、特に反応を示さないまま、

賃貸物件の更新日を迎えているのに、連絡が取れない借主のところへ行くため、

店を出て行った。

壮太郎は、なんとなく気まずさを持ちながら、視線を下に戻す。


『おはようございます』

『あ……』


長谷川に挨拶をすれば、当然、一応の反応はあるが、

入社以来、会話と言えるようなものは、全く出来ていない。

まだ10日だと思うものの、内心、長谷川の態度を見ていると、

話しかけること自体、勇気がいる状態になる。


「気にすることないですよ、西森さん」

「ん?」

「長谷川さんは変わり者ですから」


千紘はそういうと、とっつきにくいんですと渋い顔をする。


「いつもあんな感じでしょ。元々見た目も……だし、愛想なんて全くないし。
物件紹介しても、なかなか決まらなくて」


千紘は、両手を頭の後ろに持って行く。


「他の店から、案内に長谷川さんが行くのは……って、
結構ストレートに言われたりして」


千紘はそういうと、ボールペンを鼻と口の間に挟む。

心は、千紘の言葉を聞きながら、確かに自分も数日前に出た電話で、

同じようなことを言われたことがあるなと考えた。


「長谷川さんじゃ、決まるものも決まらないよ……てきな?」

「人には性格があるからな。人前で動じない人もいれば、緊張する人もいる。
それは仕方がないよ」


壮太郎は、『僕も愛想はよくないし……』と言いながらファイルを閉じる。


「エ……そうですか? 西森さんはいいですよ、黙っていることが、
かっこよく見えるタイプじゃないですか。渋い顔をしていても、もてる顔です」


千紘はそういうと、両手でカメラのシャッターを押すようなポーズを取る。

壮太郎は、ふざけている千紘を見ると、軽く笑う。


「千紘君と話していると、うちの富田を思い出す」

「富田?」

「あぁ……年齢は25かな、3年目だから。怖いもの知らずで、結構ドンと行けタイプ」


壮太郎は、『決めつけはダメだぞ』と千紘の書いていた書類を引き寄せる。


「ほら……こことここ。間違っています」

「エ……」

「こういうイージーミスをするところも、富田とそっくりだ」

「いや……あれ?」


千紘は書類を取ると、『まさか……』と言い返しながらも電卓を弾いた。


【5-3】



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