5 事情と現実 【5-3】

「社長」


壮太郎は椅子を少し動かし、有森に声をかける。


「何?」


新聞を読んでいた有森が、メガネをずらして顔を上げた。


「これから、1台、車をお借りしていいですか。このあたりの雰囲気を見たいのと、
『有森不動産』の管理物件も、グルッと1度見てきたくて」

「あぁ……うん」


有森は目の前で電卓を弾き、間違いを見つけて頭を抱えた千紘を見る。


「西森さん」

「はい」

「面倒で無ければ、この未熟者も乗せていってもらえるかな」


壮太郎は『わかりました』と千紘を見る。


「そうか、それなら千紘君に、案内してもらえばいいのか」

「何をですか?」

「『有森不動産』の管理物件を、見てまわろうかと思って」

「あ……了解です」


千紘は『すぐに仕上げます』と敬礼のポーズを取る。

壮太郎は『正確にお願いします』と、言い返した。



千紘がハンドルを握り、

壮太郎が助手席で、『有森不動産』の管理物件を見て回ることになった。

車は最初に、『宅見建設』も注目している、寺井さんが持つ大きな駐車場へ向かう。

土地は完全な平坦とは言えないが、敷地は同じようなものが2つ左右にあり、

道路もしっかり幅のとれたものになっていた。

街路樹が並び立ち、ここに賃貸マンションを建てたとしても、立体駐車場にすれば、

十分スペースが確保出来る。駅までの距離、商店の状況、梅本が話していた通り、

本社の上が注目しても、おかしくないものだった。

壮太郎は車から出ると、左右を見る。

駅から少し土地が高くなっていて、日当たりも申し分ない。

この場所に家が建つとしたら、結構な開放感が出るだろうと考えた。

賃貸物件を、借りる率が高い層が好むような店と、

小学校、幼稚園、保育園までの距離も近く、なかなかいい場所になる。

敷地目一杯に建築するよりも、周りには目隠しにもなる木々を揃え、

窓から見た景色にも、気を配れる余裕があった。


「すごいな、今時、この駐車場の大きさは」

「ですよね」


千紘は、駐車場に落ちていた缶を拾う。


「こういうので車が傷つくんだよな、もう」


千紘は、少し離れた場所にある自動販売機前の空き缶入れに缶を入れ、戻ってきた。


「千紘君」

「はい」

「ここを借りているのは、どういう人達?」

「えっと……あの角を曲がって、数分歩く場所にある中学校の先生とか、
その高齢者施設の職員さん。それとあのマンションの人達とかが多いです。
あと、商売をしている方の営業車とか」


千紘は止まっている軽トラックを指さす。


「ふーん……」


壮太郎は、コンクリートの剥がれた場所から、力強く伸びている雑草を見る。

『宅見建設』が賃貸住宅建設に手を上げたとして、今、現在ここを借りている人達が、

場所を確保出来なくなるようなことにならないために、どうすればいいのか、

考える余地はまだありそうだった。


「実際、色々と勧誘されるらしいですよ、マンション建てないかとか、
売らないか……とか」


千紘はそういうと、駐車場に停めてある車の間を進む。


「だろうな、この土地は魅力的だ」


壮太郎は、歩幅を揃え、だいたいのイメージで計ってみた。

この場所に賃貸物件を建てるとすると、建ぺい率も考え、

『宅見建設』が打ち出している、環境に優しい建築という形を広げることが出来る。

独身の人から、若い子供を持つ夫婦、さらには利便性を考え、

第二の人生を送る夫婦、そういった色々な人が共同生活するマンション。

壮太郎は、自分が提案した企画を、ここならば実行出来るのではないかと考えた。


「100台近く、あるわけだよな」

「はい。子供の運動会くらいなら出来ますよ」

「確かに……。車をこうして並べても、収入は決まったものにしかならないだろう。
マンションを建てて、立体で駐車場を持たせれば台数は確保出来るし。
敷地を区切れば、今までの人達も取り込みやすい。収入は、さらにプラスになるのにな」

「平面ではなく立体……そういうことがわからないんですよ、あのばあちゃん」


千紘は、『自分が幼稚園の頃からばあちゃんだと思っていたから』と笑い出す。


「なんで笑う」

「いや、ばあちゃんを通り越して、今や妖怪だなと」

「妖怪?」

「そうです、90をとっくに過ぎましたから」


駐車場の持ち主、寺井幸子のことを、千紘はふざけてそう言った。

壮太郎は、色々な言葉が出てくる千紘に、自然と笑顔が出る。


「妖怪ばあちゃんが生きているうちは、おそらくこのままでしょう。
年寄りは変えることを嫌がりますから。死んじゃったら、わからないですけど」


壮太郎は、一番上に立つ人間が変化に反対をし、動かなくなる物件はよくあるため、

それならば、跡を継ぐはずの息子さんに、話をした方がいいのかなと考えた。

『有森不動産』を信頼して、管理を任せているのはわかっているが、

住宅建築をするとなると、どこかの企業と手を組むことになる。

『宅見建設』との関係を、寺井家が理解してくれたら、

相続の後の相談も来るだろうが、お金だけの問題だと思われると、

ライバル会社のどこかに権利を譲る可能性もある。

『宅見建設』は、他の業者とは少し違った戦略があるからこそ、

提案だけは先に出来た方が、何かと有利になる気がした。


「よし、次に行こうか。えっと……」


壮太郎は、有森から渡されている資料を見る。


「あぁ……次にここから近いのは、うちのお荷物ですね」


千紘はそういうと、『こっちも頑固なんですよ』と顔をゆがめる。

壮太郎は『また、何かありそうだね』と言うと助手席の扉を開けた。





「だ、か、ら!」


壮太郎と千紘が、物件まわりに出ている時、

『有森不動産』には、少し派手な化粧をした女が脚を組み、

ハイヒールのかかとを動かし、脱いだり外したりしながら座っていた。

先月、『有森不動産』が管理していた物件を出て行った男性が、

自分の借金を踏み倒していなくなったので、

新しい場所の住所を教えて欲しいと、迫ってくる。


「もうしわけありませんが、それは出来ません」


心はあくまでも冷静にそういうと、頭を下げる。


「出来ませんじゃないの、しないと困るのよ」


女は、『あんたじゃない、責任者』と心を指さし、大きな声を出した。

客の声がきこえた有森は腰を上げると、一度首を動かす。

心の後ろから『どうされましたか』と一部始終を聞いていたが、

あえて知らない振りをして出た。


【5-4】



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