8 土曜日の雨 【8-1】

「凝ったおかずと盛り付けと……いつも忙しい母が、
イベントの朝だけは頑張っていました。さぁ、お昼だよとなると、
みんなが私のお弁当を見て、『うわぁ……』って。遠足なんかだと、
引率の先生まで、のぞき込むような」


心は、それがとても嫌だったと振り返る。

壮太郎は、『どうしてですか?』と尋ねた。


「みんなが見にくるから、食べるタイミングがわからないし。
お母さんすごいね、すごいねって。毎回、毎回、いったい、誰のためのお弁当だと」


心は、そういうと少し寂しげな笑みを浮かべた。

壮太郎は、思い出を寂しそうに語る心の変化に気付き、黙ってしまう。


「西森さんが、悩んで考えているこの時間、誰のためにしていることなのか、
温君はきっとわかりますよ。たとえ冷凍食品が入っても、不格好なおかずでも、
西森さんが、温君のために作ったものなら、喜んで食べてくれるはずです」


心はそういうと、『赤、黄色、緑ですよ』と念を押す。

壮太郎は、わかりましたという意味で数回頷き、いつも食事に文句を言わず、

楽しそうに食べている温の顔を思い出す。

二人の前を、数台の車が通っていく。


「桜沢さん……」

「はい」

「豪華なって……どんな中身なのか聞いてもいいですか?」


壮太郎は『聞かれるのは嫌ですか』とさらに問いを重ねていく。


「いえ……そんなことは……」


心は、飾り切りでまとめた野菜や、レタスや餃子の皮などでお皿を作り、

その中におかずを詰めたこと、贅沢な素材、

その他にも色々と小さな技を入れていたことなど、覚えているものを語っていく。

壮太郎は聞きながら、何度か頷いた。

目の前の信号が赤から青に変わる。


「僕からも一つ、言っていいですか」


横断歩道を進みながら、心は何を言われるのかわからないまま、『どうぞ』と返した。


「お母さんは、桜沢さんのために、一生懸命豪華なお弁当を作った」


壮太郎は『自分の腕自慢ではなく……』と心を見る。


「親はどんなときにも、子供の楽しそうな顔を想像します。仕事をしていても、
瞬間的に今頃何をしているかな、友達とうまく遊べているかな、
先生の言うことは聞いているかな……って」


壮太郎は、自分の意見を自ら納得しているのか、数回頷く。


「お母さんにとって料理を作ること、お弁当を作ることは、自信があることだから。
だからこそ一生懸命に頑張られたのかと。お弁当を見た友達から、
すごいね、すごいねと言われて、きっと桜沢さんが誇らしげな顔をすると、
想像しながら作ったはずです……」


壮太郎の言葉に、心は返事をすることが出来なかった。

遠足や運動会などから帰ると、母はいつも『お弁当はどうだったか』と聞いてきた。

心としては徒競走や玉入れの結果を聞いて欲しかったが、そこは後回しだった。

お弁当を気にするのは、自分の作品がどう評価されたのか、

ただ、それを知りたいのだと思っていた。

『心のため』という発想は、今まで一度も持ったことがない。


「赤、黄色、緑か……」


壮太郎はそうつぶやきながら、店の扉を開けた。





心と壮太郎が、コンビニから戻った頃、

長谷川は『3丁目のマンション』前に立っていた。

防音工事を施して、この1階を楽器が持ち込める部屋にすれば、

確かに借り手はつくかもしれない。

しかし費用がかかることは間違いないわけで、それを大家に提案し、

うまい具合に運べるような話術も、経験も、自分にはないと思えてしまう。



『長谷川さん……もう少し愛想よくしないと』



他のお店の担当者に、何度か同じようなことを言われた。

言われなくてもわかっているし、精一杯しているつもりなのに、

戻ってくるのは批判的な意見ばかりで、だんだん新規の案内をすることよりも、

アフターフォローを仕事として選ぶことが増えていた。

固定給があり、競争相手もいない『有森不動産』であったために、

ある程度、自分のペースで仕事が出来たのだが、壮太郎が来てからと言うもの、

お店の雰囲気自体が『今とは違ったものにする』という方向に流れている気がして、

長谷川は、『遅れていく』ことへの不安ばかりが膨らんだ。





心に話した通り、壮太郎は有森と一緒に昼前に店を出ると、

そのまま昼食を取るため、小さな中華料理店に入った。

注文を済ませ、出されたおしぼりで軽く手を拭く。


「西森さんから相談されて、寺井さんに連絡をする時、
正直、こういった話は嫌がられるだろうなと思っていたよ、私は」


有森はそういうと、笑い出す。


「自分の親が死んだ後のことだろ。そういうことを口にされて、話をするのは、
難しいところもあるんだ。親切に言っていますとアピールしても、向こうからしたら、
結局、金儲けのことだろうと深読みされる……いや、実際はそうだしね」


有森の言葉に、壮太郎は『すみません』と頭を下げる。


「そうですよね……。僕は『宅見建設』の考えが浸透しすぎていて、
先走ったかもしれません。長谷川さんの物件にしても……
まず、有森社長の考えを伺うべきでした」


壮太郎は、『現実』を前に出すことばかりを考え、

『歴史』が横に置かれていたことを反省する。


「いや、いいんだよ」


有森は、外から来てくれた人の方が入りやすいものだと話す。


「息子さん達も、頭では考えていたのに、言いにくかったのだろう」


有森の言葉に、壮太郎も頷く。


「実際、亡くなってから考えるのは、ものすごく大変なことですからね。
お金が絡むと、それまで疎遠だった親戚も口を出すようになる。
となると、口ではいいと話していた人達から、反対の意見が出てくることもありますし、
言った、言わないの論争で、時間ばかりかかる人達もいるし。
『宅見建設』では、そういったトラブルとか、ストップがないように、
契約時点で、名前だけでも次の代に変えてくれと入れていますから」

「おぉ……そうなんだ」


『契約者』が70代になったら、後継者が誰なのか、どういう流れにするのかを、

あらかじめ書類に書き起こしておくことを話す。


「非情なようですけどね、管理するものが多くて、正直、
一つ一つの揉め事に首を突っ込んでいる暇も無いというのが、本音ですけれど」


壮太郎の言葉に、有森は『わかりますよ』と声に出す。


「今日のことはうちにとってもプラスだからね。あの場所が駐車場だけではなく、
賃貸になるとすれば、管理するものも増えるし」

「はい、あの広さはもったいないです」


壮太郎は、地域的にも人が増えていく場所だと話す。


「一つ先、いやその先くらいを考えて、西森さんはいつも行動しているのだろうね」


有森が手で一つ、二つと示した時、注文した『中華そば』がテーブルに揃う。


「いや……どうでしょうか」


壮太郎は箸を割りながら、そう答えた。


【8-2】



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