8 土曜日の雨 【8-5】

「みなさん、いい人だな」

「エ……うちのことですか?」

「うん。みなさん細かいところに気がついてくれて、ありがたいけれど、
僕自身がまだ何も貢献出来ていなくて、申し訳ないなと……」


思ったことを提案したら長谷川に拒絶され、逆に遠慮しようかと思ったら、

寺田家からは喜ばれた。

積極的に出るべきか、裏方に徹するべきか、

そのバランスがまだわからないと、思わず嘆いてしまう。


「何もしていないなんてことないですよ、西森さん」


千紘は、『まだまだこれからです』と明るく笑い出す。


「これから……か」

「そうですよ」


千紘の明るい笑いに、壮太郎は少し気持ちが和らいでいく。


「まだまっすぐですか?」

「あ……次の次を左かな」

「了解です」


壮太郎は、『自分が有森不動産に出来ること』を、

これからも考えようと、青に変わった信号を見ながら考えた。





「いただきます」


夜になり、雨はさらに激しくなったので、壮太郎と温の夕食は、

こういう時のために買っておいた、冷凍のチャーハンになった。

温の横には、心が以前くれた折り紙の鶴と、今日くれたカエルが並んでいる。


「温、足、痛くない格好で食べていいぞ」

「うん……」


温は座布団の上に乗り、足を投げ出した格好になっていた。

壮太郎は湿布の貼ってある足を見る。


「明日、美味しいものを食べに行くか」


壮太郎はそういうと温を見る。

温は隣にある折り紙を見た後、首を横に振った。

壮太郎は、遠足に行けないとわかっている温の気持ちを、どう立て直そうかと考える。


「だったら……DVD借りてこよう。面白いの……」

「いい……」


温はそういうと、ハンガーにかけられた壮太郎のスーツを指でさす。


「僕……心さんと折り紙したい」


温はそういうと、月曜日にも保育園で折り紙を折るのだと、言い始めた。

壮太郎は、『それはダメだよ』と首を振る。


「なんで?」

「パパは明日お休みだけど、お店のみんなはお仕事なんだ。
温が行ったら邪魔になるだろう」

「邪魔しない」

「温……」

「しないもん、静かに出来る」


温はそういうと、頬を膨らませる。

壮太郎は『ダメ』という言葉を繰り返し、他ならどこでもいいよと温に言いながら、

食べた食器を片付けようとする。


「……行く」

「ん? どこ……」

「ママのところに行く、僕……もうママのところに帰る」


温はそういうと、鼻をすすり始めた。

壮太郎は、温を引き取ってから一度も言わなかった『ママ』の言葉に、

こんな時にはやはり母親なのかと言い返せなくなる。


「温……あの……」

「もうご飯いらない……ごちそうさま」


温はそういうと、足をぴょこぴょこさせ、隣の和室に入ってしまう。

壮太郎は『最後まで食べなさい』と言おうとしたが、『ママ』という言葉が、

予想外のところから飛び出てきたことで、力が出なくなった。





「こんにちは!」

「はい、待ってましたよ、いらっしゃい」


次の日、温をおぶった壮太郎は、『有森不動産』に顔を出した。

温の怪我を心配した節子からの電話が、今朝あって、

少しだけ、昨日の様子を語ったことからこうなったのだ。


「こんにちは」

「こんにちは……」


温は壮太郎の背中から降りると、心の前に立つ。


「本当にすみません、1時間もしたら気が済むと思うので」


壮太郎は長谷川や千紘に向かって、頭を下げる。

長谷川は、不機嫌な表情を隠さず、千紘は『足はどうだ』と温を見た。


「大丈夫だよ、僕強いから」


温はそういうと、『あ、そうだ』と声を出す。


「きのうは……ありがとうございました」


壮太郎から、千紘に会ったらきちんとお礼を言うことと言われていたので、

温はちょこんと頭を下げる。


「やば……こいつかわいい」


千紘は温の頭をなでると、

長谷川の隣にある、使われていない椅子を壮太郎の席の横につけた。

千紘は、申し込みの終了した紙の裏を出す。


「絵でも描いてろ」

「描かないよ、僕」

「は?」


温は『心さんと折り紙をするから』と背負ってきたリュックから、

折り紙を出し始める。


「千紘君、描きなよ」


温はそういうと、『犬を描いて』と紙を千紘の方に戻していく。


「温……みなさんお仕事だと言っただろう。静かに見るだけって約束したのに」

「静かにしてるよ」


温はそういうと、心の方を見た。

心は店の前に出てしまい、物件情報を見ている女性と何か話し始めている。


「あ……」


温は残念そうにすると、出された席に戻った。

思わず、前に座る長谷川を見てしまう。

長谷川も視線を感じ、温を見た。温は慌てて下を向く。


「ごめんなさい、静かにします」


温の言葉に、千紘は長谷川が怒っていると思ったのだろうと考え、

思わず『プッ』と吹き出した。『仕方が無いな』と言いながら、渡された紙に犬を描く。

しかし、それは足がただ4本あるというだけの、生き物らしきものでしかない。


「ほら、犬……描いたぞ」


千紘が出した紙を手に取ったのは、温ではなく壮太郎だった。


【9-1】



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