9 郵便の行方 【9-4】

建物は5階まであり、4階以上はオーナーの住居になっているが、

2、3階はそれぞれ2つ、オフィスのような部屋が出来ている。

心は一度ビルの外に出ると、カメラを構えて写真を撮った。

1枚あるだけで、雰囲気はもっと伝わってくる。





「ありがとうございました」


男性客は、物件にとても満足し、仮契約を済ませるところまで進んだ。

心はカウンターに残された名刺と書類を、ファイルに入れていく。


「よかったですね、スムーズに決まって」


壮太郎は駅に向かって歩く、男性客の後ろ姿を見ながら話す。


「西森さんのおかげです。私だけで担当していたら、
きっと、お客様の質問に答えきれずに、あたふたしてしまって、
こんなふうには決められませんでした」


それは心の本音だった。

『有森不動産』に入ってから、自分がするべき仕事は、ファイルを見せ、部屋を見せ、

後は本人達がどう考えるのか、それを待っていればいいくらいにしか思わなかったが、

欲するものが違うと、客の熱も違ってくる。

住居なら、自分が借り手になることも可能だが、事務所だと見る視点が違う。


「いえ、僕も今回は『宅見建設』のものでしたし、なんとか出来ましたけれど、
わからないものは、わかりませんよ。いざとなったら、管理会社に電話をして、
お客様に直接、質問させてしまえばいいんです」


壮太郎は、笑顔で受話器を握るような仕草を見せる。


「直接……」

「はい」

「わかりました」


心は、そういう方法もあるなと考える。


「今内見した部屋の隣、少し形が変わってましたね」

「あぁ、そうでしたね」


男性客が内見した部屋の隣も、オフィスになるような部屋があり、

現在は設計事務所が入っているけれど、10月いっぱいで出ることが決まっていた。

さすがにまだ仕事中だったので、中は見なかったが、

ビルの周りなどは確認が出来たため、見る前とは印象が違う。


「駅からの距離とか、建設条件とかで、どこまで高さを取れるか、
周りの距離とか、色々と難しいところもありますからね。今は設計事務所で、
対人がほとんどないからいいですが、あの形だと少し特殊ですね」


壮太郎は『縦に長かったからな』と言いながら、右手をデスクの上に置いた。


「あ……」


壮太郎は心を見る。


「そういえば今日が締め切りでしたね、雑誌」

「はい。頑張って解きましたよ、結構」

「そうか……僕は結局、まともには出来ませんでした。
応募自体、すっかり忘れてますし」


壮太郎は、残念そうな顔をしながら、

『これだけ出来なかったのは初めてです』と笑う。


「いやぁ……そうか、応募したいものもあったのにな」


壮太郎は軽く腕を組み、悔しそうな顔をする。


「やることたくさんあるから、忘れちゃったんですね」


心はそういうと、ファイルをしまっていく。


「いやいや……」


千紘が、壮太郎に話しかけたため、心との会話はそこでストップした。

心はカウンターの場所に戻り、あらためて男性客が契約を決めた物件情報を見る。

しばらくすると、『宅見建設』から隣の部屋の情報がFAX で流れてきた。

心はメモを1枚剥がすと、そこに『あまり人と接しない職業に向く部屋』と記入する。

それをファイルに入れると、棚にしまった。





「パパ、見て」


足の怪我で遠足には行けなかった温だが、保育園では楽しく過ごしたと、

出来上がった絵を見せながら話し出す。


「そうか、たくさん描いたな」

「うん、お弁当も食べた」

「そうか」


壮太郎は心にアドバイスされた通り、

温のお弁当に赤、黄色、緑の3色をしっかりと揃えた。

冷凍食品を組み合わせ、並べたようなものだったが、温は美味しかったと、

満足そうに笑う。


「先生がね、封筒も作ってくれたの。だから住所、パパ書いて」

「住所? あぁ、おばあちゃんちのか」

「うん……それとママの」



『ママ』



「ママの?」

「うん。ママにもね、絵を描いた」

「そうか」


温は、長谷川が描いてくれた犬の絵の真似をしたものに、

自分が砂場で遊ぶ姿を描いたと説明する。

壮太郎は首から手が出ているような絵の状態を見て、思わず笑ってしまいそうになるが、

それでも表現していることは、なんとなく理解出来る絵のクオリティーに、

自分が前にもらっていたレベルとは違い、温も成長していると思うようになる。


「よし、それならおうちに帰ってから」

「うん」


温は『おんぶ』と言いながら壮太郎の腕をつかむ。


「あれ? おかしいな、恥ずかしいぞ温。電車に乗るのにおんぶされていたら……」

「あ……うーん……」


温はそれならおうちに近くなったらねと笑い、駅までの道を歩き出した。





「うん、うん……そうだよ、僕が描いたの」


月曜日に温が絵を描き、その日の夜、壮太郎が住所を封筒に書き、

火曜日の朝、温と一緒に駅前にあるポストに入れた。

温は毎日『もう着いたかな』と気にしていたが、

金曜日の夜、栃木の実家から温に電話がかかってくる。


「そうだよ、クレヨンだよ……」


祖母の藍子は、温の描いてくれた絵が届いて、

おじいちゃんとしっかり見たことを、電話口で語した。


「僕、犬を描いたの」


壮太郎の携帯電話を握ったまま、温も得意げに語る。

壮太郎は、フライパンを振りながら、『最後にパパにかわって』と指示を出した。


「うん、砂場だよ」


温は絵の話から、砂場で遊ぶ話、さらにかけっこで1番になった話を続けていく。

そして5分くらい話をした後、『はい……』と携帯を壮太郎の方に向ける。


「パパに代わってって」

「もしもし……」

『あぁ、壮太郎。温も元気そうじゃない。まぁ、あれこれ話が飛び出てくるから、
聞いているのも大変よ」

「うん」


壮太郎の側から離れ、温はテーブルの上に乗せたミニカーを動かし始めた。


【9-5】



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