10 シングルファーザー 【10-4】

「温君、光君を叩いた後、『違う、違う』って何度も言っていたと……」

「違う……」

「はい」


壮太郎は、『とにかく家で話をします』ととも先生に頭を下げる。

とも先生も『よろしくお願いします』と頭を下げた。

それから数分後、バッグを肩からさげた温が、壮太郎の前にやってくる。


「温、帰るぞ」

「……うん」

「温君、またね」

「とも先生、さようなら」


温はとも先生に頭を下げると、静かに靴を履いた。

いつもなら、友達と遊んだことなど、話が一気にあふれてくるのだが、

この様子を見ているだけでも、壮太郎は『やはり何かがあった』と思ってしまう。


「温……」


壮太郎の呼びかけに、温は下を向いたまま駅に向かう。


「今日は、レストランで食べて帰ろうか」


温が喜ぶことをすれば、話が聞けるかもしれないと思った壮太郎は、

そう話しかけたが、温は無言のまま首を振る。


「いい、行かない」

「行かない? どうして」

「行かない……」


温は道に落ちていた石を軽く蹴る。その石は、歩道と車道を分ける段差にぶつかり、

温の足の方向とは反対側に行ってしまった。

温はまた、歩き出す。


「そんなふうにふてくされていると、そういう顔になるぞ」


壮太郎は温の帽子をポンと叩く。


「ならないもん……」


温はそう言うと、壮太郎の顔がある方向と、逆を向いてしまう。

改札を通り、そのままホームに向かうのかと思った温の足は、

逆のホーム側に向かおうとした。


「温、そっちじゃないだろう……」

「僕、団地に行く」

「エ……」

「僕、団地に行くの、見てみるの」


温はそういうと、反対側のホームに向かう階段を上がっていく。

壮太郎はすぐに温の手をつかみ、『何を言っているんだ』と引っ張った。

しかし、温は手すりにつかまり、さらに『団地に行く』と繰り返す。


「温……」

「ママに会ってくる」

「エ……」


温はそういうと、壮太郎の手を振りほどこうとした。


「温……」


改札からホームに向かおうとする人が、数人階段を上がろうとする。

引っ張り合っていると、場所を取ってしまうため、壮太郎はとりあえず温のそばに寄った。


「温……あのな」

「ママおうちにいるでしょ、お仕事から帰ってくるから。だから待ってる。
温がいた団地に……ママ……」


壮太郎の頭の中で、集合ポストの中に押し込まれていた温の封筒が浮かび上がる。

温の純粋な思いを感じる度に、さやかにとっては、『残してしまってもいいもの』に

なっていることが悔しく、また怒りの破片が顔を出す。


「温……わかったから、今日はとにかく帰ろう」

「イヤだ、僕、ママに会う。ママと話すの」

「温……」

「ママのところに行く、ママのところ……」


壮太郎は、手すりをつかむ温の手を強引に外すが、

温は両手をバタバタと動かし、さらに上に向かおうとする。


「温、いい加減にしろ」


壮太郎は、温の肩にかかっていた通園カバンの紐を引っ張った。

壮太郎の力が加わったことで、温はバランスを崩し、階段の壁に頭をぶつけてしまう。

壮太郎が驚き、温を抱きかかえようとすると、すでにパニック状態になりつつある温は、

右足で壮太郎を蹴ろうとした。

壮太郎の中にある、我慢の糸がプツリと切れる。


「ママはもう、団地にはいないんだ!」


壮太郎の言葉に、温は驚いた顔をする。


「いや……あの……」


壮太郎は、気持ちが乱れていたとは言え、

もう少し言い方があったのではないかと思ったが、出した言葉は戻らない。


「うっ……うわぁん」


温は、感情を抑えきれなくなったのか、階段で大きな声をあげて泣き出した。

壮太郎はすぐに温を抱えて、反対側のホームに向かおうとするが、

『どういうことだ』、『迷惑だ』というような、他人の顔が目の前にあることで、

そのまま進めなくなる。


「温、こんなところで泣いても仕方が無いだろう。
とにかく、おうちに帰ってから、パパがちゃんと……」

「イヤだぁ……わぁーん」


泣き止ませようとすると、さらに温の感情は揺さぶられ、声は大きくなった。

抱きかかえられたことで足をバタバタさせるため、あやうく落としそうになる。

駅員が側に来て、『どうされました』と声をかけてくれたが、

壮太郎には、どう説明したらいいのかがわからない。


「すみません……大丈夫です」


壮太郎は温を抱きかかえたまま、この場を離れようと改札を出る。

温は壮太郎の首に手を回したまま、ただ泣き続けた。


【10-5】



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