10 シングルファーザー 【10-5】

「すみません……」


壮太郎が逃げ込んだのは、『有森不動産』だった。

最後まで店に残っていた心と有森が、

閉める間際に外に立っていた年配女性の話を聞いていて、この時間までいたため、

戸締まりをする寸前で壮太郎が戻ってきた。

壮太郎はとりあえず中に入り、ソファーに温を抱えたまま座る。


「すみません、もう閉めているいる時間なのに」


温は暴れて降りようとすることはないものの、まだ泣き続けていて顔もあがらず、

壮太郎にしがみついたままだった。

心は、年配女性に物件情報を数枚コピーしたため、ファイルを元に戻していく。

心は手を動かしながら、聞こえてくる嗚咽で温の涙を感じ、

はるか昔、母が仕事に向かおうとしているとき、自分も泣いてすがったことを思い出す。

うっすらとした記憶の中だが、心は人形を片手に持ち、『行かないで』と声を出した。

しかし、『おばあちゃんがいるでしょう』と言った母の弘美は、

時間ばかりを気にしていて、心を見てくれることはなかった。

せめて少しでもこちらを向いてくれていたら、

一度でも笑ってくれたら違っていたのではと、考える。


「西森さん、理由はわからないですけど、温君の気持ちが落ち着くまで、
泣かせてあげてください」


心はそういうと、『社長、私、最後に閉めますよ』と有森に声をかける。


「いやいやいいよ。家は隣と上だ。早く帰ったって、俺は酒飲んで寝るだけだしね。
焦る必要などない。桜沢さんの言う通り、温君の気持ちが落ち着くのを待とう」


有森はそういうと、自分の席に戻り新聞を広げ始める。


「すみません……」


壮太郎はそう言うと、大きく息を吐く。


「どなたか来たの?」


壮太郎は少し冷静になれたため、心がファイルを片付けていることに気付き、

そう声をかけた。


「看板を片付けようとしていたら、年配の女性が、申し訳なさそうに立っていて。
で、声をおかけして、物件情報をいくつか……」

「あぁ……」

「今暮らしているアパートが、取り壊しになるらしくてさ。
予算を聞いたけれど、この辺じゃ、ちょっとね」


有森は、役所に話した方がいいよと、女性にアドバイスをしたことを話す。


「取り壊しかぁ……」


壮太郎は、『宅見建設』が物件を建てるための候補地として、注目している、

寺田さんの駐車場のことを考える。

心は、自分の席に座り、引き出しから折り紙を取り出すと、

『犬』と『猫』を1匹ずつ折り始めた。

壮太郎は泣いている温を抱えながら、心の様子を見続ける。

心は何か手本を見ることなく、手際よく作品を作っていった。


「桜沢さん、すごいですね、折り方、覚えているのですか」

「はい、どうもくだらない記憶力だけはあるようで。
小さい頃からこうして、一人遊びをすることが多かったから。
折り紙とか、あやとりとか、アイロンビーズとか?」

「アイロンビーズ」

「小さなビーズを型に並べていって、大きな形を作るんですよ。
ちょっと見た目がロジックのような……」

「あぁ……わかります」


壮太郎と心の会話に気づいた温が、少しずつ気持ちを落ち着かせ、

だんだんと泣き声が収まっていく。

しゃくり上げながらも顔を反対側に向け、心の方を見た。

心の座るカウンターテーブルには、茶色の犬と、紫色の猫が1匹ずつ出来上がっている。


「……こ……れ……」


温の指が、茶色の折り紙で作られたものを示す。

心は目を真っ赤にした温を見た。


「これは犬だよ。心さんは長谷川さんのように絵が上手に描けないから、
折り紙にしました。どう?」

「こっ……ち……は?」


温は泣きじゃくりながら、紫の方を指さしていく。


「こっちは猫です。少しお背中が丸いでしょう」


温は小さく頷き、壮太郎から離れると、心の前に歩いてくる。

鼻と目は、泣いたために赤くなっていた。


「いぬ……と……ネコ?」

「そう、犬とネコ……」

「ふーん……」


壮太郎は温がしがみついていた状態から解放され、一度深呼吸をすると、

乱れたスーツの襟を直した。湿っているのは温の涙のせいで、

壮太郎は駅での様子を思い返し、とりあえず落ち着いてきたことにほっとする。

温はまだ少ししゃくっているが、表情は明るく変わり出した。


「ワンワン!」



心が折り紙を動かすと、温は小さな手を出した。

心はその手の平に、折り紙の犬とネコを乗せる。


「温君、泣いちゃダメだワン!」


心はそばにあったティッシュを数枚取り、最初に目にたまる涙を拭いた。

次に温の鼻の前に別のティッシュを出す。

温は心の支えを受けながら、片方ずつ、鼻をかんでいく。


「もう……泣かない」

「よし、強いね温君」


心はティッシュをゴミ箱に捨てる。

視線を壮太郎に向けると、その表情はとても疲れているように見えた。

温は、折り紙の犬とネコを両手に持つ。


「これ……僕……欲しいな」

「いいよ……あげる」

「ありがとう」


温は『パパ、おうちの動物園に入れよう』と、

今まで大泣きしていたことがウソのように、明るく笑い出した。


「おうちの動物園?」

「うん……たくさんいるよ。前に作ったのも、その前のも……」


温は、『大きな丸の中にいるよ』と、両手で丸を作る。


「そうか、いいなぁ……。なら、心さんまた動物作るから、
そうしたら、温君のおうちの動物園に入れてくれますか?」

「うん、いいよ、入れてあげる」


温は嬉しそうに『次は馬がいい』とリクエストする。


「馬……わかった。練習しておく」


心はそういうと、温に指切りの小指を出す。

温はその指に指をからめ、『げんまん』と笑い出した。

壮太郎は有森と心に頭を下げ、『帰ろう』と温に声をかける。


「バイバイ……」

「バイバイ、またおいで」

「うん」


有森にそう声をかけられた温は、店を出ると、壮太郎と手をつなぎ駅の方へ向かう。

心は出した折り紙を引き出しに入れると、あらためてバッグを持った。


「大変だな、男が一人で子供を育てるって言うのは……」


有森は『再婚すればいいのに……』と、駅に向かう壮太郎達を見ながらつぶやくと、

新聞を定位置に戻す。


「私の友人の息子さんも、シングルファーザーになったんだ。娘さんを抱えて、
よく愚痴をこぼしていた。男と女だから洋服の趣味も違うし、わからないし、
年齢を重ねてくると、聞きにくいことも増えていくだろう」

「はい」

「西森さんは息子さんだけれど、色々とやるべきことが増えるのは同じだよ。
今のうちならまだ、新しい家族も作ることが出来るだろうに……」

「そうですよね」


心は、有森の意見に合わせるようなコメントを送り出す。

『お疲れ様でした』と有森に声をかけ、一足先に店を出た。


【11-1】



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