14 ワークシフト 【14-5】

心は『これだけ』とカップを差す。


「食事くらい、大丈夫?」

「……うん」


二人はそれぞれメニューを広げ、ウエイトレスを呼ぶと、食べたいものを注文した。

直哉が心と同じようにコーヒーカップを持ち、席に戻ってくる。


「冷蔵庫、届いた?」

「昨日ね。一番遅い時間にしてもらったから、仕事が終わってから設置してもらった」

「仕事、日曜もあるんだ」


直哉の問いに、心は『不動産店の事務だから』と説明する。


「あ、そうか、そう言っていたよね。なら土日は忙しいな」


直哉はカップに口をつけ、それを横に置く。


「心にまさか会えると思っていなかったからさ、本当に驚いて。
でも、そうだ、謝らないといけないことがあったって、そう思って」

「謝ること?」


心は、謝られるようなことがあるとは思えず、

直哉のセリフを繰り返すように聞いてしまう。


「うん。だから、番号を渡した」


直哉は、あの日の行動をそう振り返った。


「心が、うちの商品に興味を示していたら、今日の話はしなかったかもしれない」

「エ……」

「でも、探していたのが小型の冷蔵庫だったから、メモを渡す勇気が出た」


直哉はそういうと、前を見る。


「2年前にさ、父親の具合が悪くなって、俺なりに援助をしたわけ。
手術費用もあるし、退院してもすぐには働けないからさ」

「うん」

「そのとき、心のことを考えた。お父さんが倒れて、妹さんのことがあって。
あの時、どうしてあんなふうに責めるようなことを言ったのかなと」


直哉は『家族だもんな』と心を見る。


「自分に同じようなことが起きたら、答えなんて一つで、
あのとき心がすぐに気持ちを切り替えた理由だって、納得出来るのに」


直哉は『気持ちに順位をつけていた』と苦笑する。


「順位?」

「うん……。20代の後半で、まだまだ勢いばかりでさ、理由がなんであれ、
心にとって自分が一番でありたかったのだと思う」


直哉は心をまっすぐに見ながら、そう言った。

心も、自分の気持ちを理解してくれない直哉とぶつかり、

強く怒ったり、涙したことを思い出す。


「杏ちゃんの援助のことも、決める前に相談して欲しかったし、
頼って欲しかったのかもしれない。『待つ』という言葉が、
あのときの俺には『負け』に思えてさ。
心が自分で決めて進もうとしたことに、プライドが傷ついた……というか」


直哉は『男は面倒だ』と話す。

心は、当時、自分の状況を理解していると言いながらも、

変化に不満を言った直哉に、不機嫌な態度を取っていたことなどを思い出していく。


「私も、勢いだけだったのだと思う。今振り返れば……だけどね」

「うん……。心と出会っていたのがあの時でなければ、
もっと余裕を持っていられたのにと。父親のことが起きてから、
本当によく考えるようになった」


直哉の話の途中で、互いに注文したものが届いた。

心はナイフやフォークを取りながら、『時間』が動かす気持ちについて考える。

『いらっしゃいませ』と店員の声が聞こえ、家族連れが二人の横を通り過ぎた。




『ワークシフトの申し込みについて』




心と直哉がレストランで向かい合っている頃、壮太郎は温との食事を終えた時間で、

テーブルの上に書類を置き中身を読んでいた。

温が背中からまわり、『プリンが食べたい』とだだをこね始める。


「ほら、温。そういうことをしない。パパはお仕事の紙を読んでいるからやめなさい」


壮太郎は首に回る温の手を、軽く叩きながら言い聞かせる。


「うーん……プリン、プリンが食べたいんだよ」

「今日はないからしょうが無いだろう」

「買いに行く」

「ダメだよ、もうお風呂にも入ったし、夜だから。明日、ほら明日にしよう」


壮太郎は温の目を見ると、『明日、約束』と指を出す。


「明日?」

「うん、明日、必ず買おう」


温は少し不満そうな顔をしながらも、自分の小指を出す。


「ゆびきりげんまん、明日はプリンを買います」

「うーん……」

「ほら、温」

「絶対の絶対です」


温は多少不満を残しながらも指切りを終えると、テーブルの横でゴロゴロとし始める。

壮太郎はあらためて用紙を読み始めた。

以前、戸田に聞いたように、確かに自分の状況を書き記し、

仕事の時間をある程度自由にさせてもらうことが出来ると、用紙には書かれていた。

『勤務時間で困ること』という欄に、

残業をすると、保育園に預けた息子のお迎えが間に合わないことを記入しようとしたが、

『それを回避する方法は他にないのか』という文章が見え、ペンが止まる。

ないと言えばないし、あると言えばある。

壮太郎は悩みながらも、『ありません』という文字を書き込み、次の問いを確認した。



直哉と向かい合って食事をする心は、過去と今の気持ちを行ったりきたりしながら、

ナイフとフォークを動かしていた。直哉が今、話してくれたように、

出会ったのがあのときでなければ、もっと違う時間が過ごせたのだろうかと想像する。


「俺さ、『TOBA』を辞めようと思って」

「エ……」


会話を再開させた直哉の言葉は、心にとって予想外のものだった。

心が派遣で会社にいた頃、直哉は営業部の中でも成績がよく、上司からの受けもよかった。

将来的にはチーフになり、さらにもっと上へと向かうことになるだろうと、

心もそして直哉自身も、当時考えていた。


「心と別れてからしばらくして、俺が一番かわいがってもらった部長が、
ライバルとの競争に負けて、販売部門に移ったんだ。俺自身は成績もよかったから、
特に居場所が変わることはなかったけれど、さっき話したように、親が具合を悪くして、
で、少し休みをもらうように仕事を変えてもらったら……、
まぁ、元には戻してもらえなくなってね」


直哉は結局、その配置転換を受け入れ、今の販売部門に身を置いていると心に説明をした。

心は、今日、壮太郎に話した鳥羽電気の『セレクトワーク』が、

実際に動いたのだとわかる。


「異動を知って、悔しい思いはあった。でも、仕事を理由にして、
親父のことを全部人任せにしていたら、それもまた後悔したと思う。
『TOBA』にしがみついて、もう一度……と、思ったりもしたけれど、
転職するのなら今しか無いなと」


直哉は年齢もあるしねと笑う。


「その一連の出来事の中で、思い出すのは心のことで。
あのときは互いに突っぱねたまま別れただろ。君がどうしているのか気になって、
で、携帯に連絡をした」


直哉は『通じなかったけど』と言い笑う。

心は、連絡を取ったという直哉の言葉を聞き、『ごめんなさい』と謝罪した。

直哉はそんなことはいいんだという意味で、首を振る。


「携帯変えたの。1年……いや、まだ経っていないけど、少しあって……」


心は、派遣会社を辞める原因となった作田のことを話すことにした。


【15-1】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント