21 優しい香り 【21-5】

「特に男の子ですからね、お父さんが毎日仕事に向かう姿は、
温君にとって、誇らしいものだと思いますし」


心は、ベッドで眠っている温の顔を見る。


「『パパはご飯を食べた後も、会社の大事なものを見ているよ』とか、
そんなことも、食事をしている時に、話してくれます」


心は、『いつも何かを飲むって言ってました』と笑顔で話す。


「そうだ……西森さん。細かくわからなくてもいいですから、
お仕事が休みの日に、こんな仕事をしているよと、温君に話してあげたらどうですか?
確か、前のアパートの近くですよね、今度の開発場所」

「はい……」


『高倉の再開発』について、心は温に現場を見せてあげて欲しいと話す。


「現場……を……」

「そうです。温君の頑張りを認めてあげてください。
それに、私も有森家のみなさんも、温君と過ごすことを、
間違いなく楽しいと感じていますので、迷惑だと思うことは必要ないです」


『迷惑』なことではないと、心は強調する。

二人の話し声に、『うーん……』と言いながら、温が寝返りをうった。

うっすらと目を開けて、また閉じてしまう。


「すみません、私、つい大きな声で……」

「いえ……」


壮太郎は心の励ましに、軽く首を振る。


「温……パパとおうちに帰ろう」

「うーん……」


温は布団に潜ろうとする。


「温君、パパが迎えに来てくれたよ。ほら、ちょっと頑張って」

「うーん……」


結局、ベッドから温を起こし、壮太郎が背負った。

そのままの形で、心の部屋を出ることになる。


「私、お部屋まで行って、鍵を開けましょうか、手が使えませんよね」

「なんとかなると……」

「あ、またそういうことを。大丈夫ですよ、すぐそこですから」


心はサンダルを履き、壮太郎の手にあったカバンを持つと扉を閉める。

壮太郎は温を背負い先に階段を降り、心は温の背中に軽く触れながら、

ひっくり返らないように、支えながら歩いた。


「明日にでも、温を高倉に連れて行ってみます」

「はい……」

「ここがどうなるのか、どんなふうに変わるのか、温に説明をしてやろうと……」

「そうですね、きっと嬉しいと思いますよ」


心は壮太郎の言葉に答えながら、『私も聞いてみたいくらいです』と言葉をつなげる。


「私も、西森さんが仕事をする場所は、どんな場所なのかなって……」

「……なら、行きましょうか」

「エ……」

「明日ではなくて、日曜日にして、桜沢さんの仕事が終わったら、3人で」


壮太郎の言葉に、心は『はい』と返事をする。

前と後ろから温を支え、二人は西森家に向かってまた1歩進んだ。





そして、約束の日曜日。

心は仕事を終えると、片付けを済ませ『お先に失礼します』とお店を出た。

そのまま改札に向かっていく。


「あ、心さんだ」

「温君、お待たせ」


温と壮太郎が改札前に待っていて、心はそこに加わると駅の中に入っていく。

約束通り『高倉の再開発』の場所を見た後は、

西森親子に招待され、夕食を一緒に取ることになっていた。


「あれは公営住宅ですよね」

「そうです。もう50年くらい前に建ったものなので、建て方も古いですし、
今は耐震や免震基準も厳しくなっていますから。2月で全員が出たので、
3月から順番に壊し始めているそうです」

「全部……」

「はい。まずは全てを更地にします。今までのものとは建て方も違うので、
あらためて地盤の検査も必要ですし。大きな機材とか並んでいるのも、
温にはおもしろいかなと」

「そうですね」


心と壮太郎の間に立ち、温は、電車の扉の窓から外を見ていた。

心は小さな葉が温の頭についていることがわかり、それをとってあげる。


「ん? 何?」

「温君の頭に、葉っぱが着いてたの」

「エ……どれ? 見せて?」


温はそういうと、心の開いた手の中にある小さな葉を持つ。


「本当だ」


温は、今度はその葉を何度もペタペタ窓ガラスにつけた。





「いいなぁ……大きな作業車、たくさんあった」

「あったな」


壮太郎が柵の前まで温を連れていき、作業車の説明をしたり、

この場所がどんなふうに生まれ変わるのか、出ていた掲示板を見ながら話をすると、

温は父親の仕事を具体的に感じ、嬉しそうに頷いた。

心も、壮太郎の説明を聞き、『これからはどんな世代の人が住むのか』と確認する。


「あれだけの敷地にお店も入ってくれたら、年配の人達も暮らしやすいですよね」

「だと思いますよ。東京は田舎に比べたら店は多いですけど、
数があればいいわけではないので。『車』という選択肢のない年配者は、
移動距離が極端に少なくなりますし」


3人は、以前、壮太郎と温がこっちに暮らしていた頃、

よく使っていたレストランに入る。温は『お子様ランチ』がどんなものなのかを、

心にメニューを見ながら説明し始めた。


「うん、どれが美味しいの?」

「あのね、これ」


温が指さしたのは、唐揚げとエビフライで、

チキンライスも美味しいとさらに付け加える。


「心さんもこれにすれば?」

「エ……」


温の言葉がおかしくて、壮太郎は自然と笑顔になる。


「心さんは子供じゃないからな、
たぶんお願いしても、『お子様ランチ』食べさせてもらえないと思う」

「もらえないの?」

「うん。心さん、子供に見えるようにしたら、食べてもいいよって言われるかな、温君。
よし、子供に見えるようにしようかな……」


心は両手で自分の髪の毛をつかみ、おさげ髪のような形を見せようとする。

温は『見えない』と困った顔で首を振った。


【22-1】



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