22 迷いと決断と 【22-1】

「お父さんもですか」


心たちの前に注文をした料理が届き、それぞれが食べ始める。

話題は、栃木にいる両親のことになった。


「はい。退院したら両親揃ってこっちに来るって言っていました。
自分が頑張れと背中を押したのに怪我をしてしまい、僕の予定が狂っているので、
親父もいたたまれないのでしょう」

「そうですか」


足を骨折した卓も、藍子と一緒に東京へ来てマンションに暮らすという話を聞き、

心はよかったと思いながらも、少し寂しい気もしていた。

『2人の役に立てる』と思った時間は、思っていたよりも短くなってしまう。


「来年、温が小学生になるので、学校のこともありますし、
両親が少しこっちに来てくれるのは、準備とかを考える余裕も出来て、
よかったのかもと」


壮太郎の安心しているような表情に、心は頷いた。

壮太郎と温にとって、一番いい環境が整えばそれでいいのだと考える。

温は、大人の会話には入らずに、『お子様ランチ』を順調に食べ進めていく。


「『有森不動産』に1年お世話になって、このシングルファーザーという条件を、
好意的に受け入れてもらっていたから、気持ちがすっかり甘えていました。
今度の上司に事情を話したら、『それはそれだ』と言われて、
正直、頭をガツンと殴られた気がして……」


壮太郎の言葉に、心は『ワークシフト』という制度がある会社だからこそ、

逆に厳しい面もあるだろうと考える。『鳥羽電気』を去った直哉も、

きっと、そういう視線を感じ続けていたからこそ、決断したのだろうと思ってしまう。


「西森さん、自分時間、取れていますか?」


心の問いかけに、壮太郎は『先月号は……』と言いながら首を振る。


「やっぱりそうでしたか。金曜日、温君と話していたとき、
パパはお仕事の紙ばかり見ているって、そう言っていて」

「はい」


どうしても残れないため、資料を持ち帰りチェックすることも増えたと、

壮太郎は認めていく。


「全然変われない僕と違い、温はどんどん成長していますね」


壮太郎はコーヒーを飲みながら、温を見る。


「新しい環境の中で、自分の場所を探して作って」

「はい」


心も温を見る。

温は二人に見られていることが嬉しいのか、笑顔になった。





5月のゴールデンウイーク明けに、栃木の両親が東京に来ることが決まったため、

それまでは、心が温のお迎えを引き受けることになった。

壮太郎の判断で、場所も西森家になる。


「まぁ、そうだな。家にいれば温君も普段通りだし、西森家に桜沢さんがいたら、
お風呂も入っておくことが出来るし」

「はい」


壮太郎が有森家を訪れ、今までお世話になったお礼をし、その説明をしたはずなのだが、

納得している有森とは違い、任務が終了したことが寂しい節子は、

植木の水をやりながら不満そうな顔をする。

心は、最後まで半分ずつにすればよかったのかと思いながら席に着く。


「お袋、もう少し待っていろ。俺が立派な孫を提供するから」


節子は千紘の方を向く。


「はぁ……。あんたの子供じゃ、立派なわけないでしょうが」

「何?」


有森親子の楽しい会話を聞きながら、心は仕事を再開する。

口では寂しいと言ったものの、節子は心の背中を見ながら、千紘の肘を叩いた。


「何だよ」

「何だよじゃないわよ、西森さんと桜沢さん、この方法を二人で決めたのでしょう。
距離がグッと近づいているってことよね。だってさ、鍵まで持っているのだもの」

「おぉ……その通り。お袋、潔く身を引いていい仕事したと思うよ」


千紘もそう答えると、二人は顔を見合わせた。





「はい、今日のレシートです」

「はい」

「お預かりしているお金はまだありますので、最後までこれでいけるかと」


心は壮太郎の仕事が早く終わろうが終わるまいが、温を迎え買い物に連れて行き、

自分の夕飯も西森家の夕飯と一緒に作っていた。

面倒を見てもらう料金を支払いたいと壮太郎に提案され、ならばと取った策になる。


「いいのかな、こんな実費だけで。僕もこうして夕食を食べているわけだし」

「材料費は西森家が出しているのだから、西森さんが食べるのは当然です。
夕食代がかからない私の方が助かってます」


心は『母の気持ちがなんとなくわかるような気がして』と笑い出す。


「前に話しましたよね、お弁当のこと」

「あぁ……はい」

「私も料理には少し自信があるので、なんだろう、温君の顔を見ていると、
よし、明日は何にしようかと、仕事の間も考えていて」


心は、得意なことがあると、それを褒めてもらいたいと思うようになることが、

今わかった気がしますと、弘美の行動を振り返っていく。


「ねぇ、どうだった、どうだったって、母がしつこく聞いてきた時、
いつも別にとか、普通とか、私、かわいくない返事をしていました」


心の言葉に、壮太郎は夕食を進めながら頷いていく。


「温君はその点違いますよ、何を作っても、ニコニコ笑って食べてくれて」

「そうですか」


壮太郎は『美味しいですよ』と胸を張って前を見る。

心は、壮太郎も温のように反応してくれたのだとわかり、

『ありがとうございます』と笑顔で応えた。





心が西森家から自分の部屋に戻り、温はお風呂に入るのも手伝ってもらったため、

もうすでに眠っている。壮太郎がここに戻ってくるとすぐに食べられる料理があり、

今までとは違った満足感が訪れた。

仕事の資料を見ることもあるが、お迎えの時間を気にせずいられることが、

壮太郎の気持ちに余裕を作り、またパズル雑誌を買う気持ちも戻ってくる。

少し前に心と向かい合い、昼休みに、難しい問題のヒントを与え合った時間も

思い出された。

新しい仕事が思ったよりも大変で、追い込まれくじけそうになる中、

半分、やけになりながら戻ってきた日。

愚痴を言う自分の言葉を止めようとしたのは、

いつも近くにいて笑ってくれた心だった。

心の、ふわりと届いた香りが、こうした余裕のある時間があると、

壮太郎の気持ちの中に蘇ってくる。

栃木の両親がここへ来れば、また心との距離が離れていくことは間違いなく、

壮太郎は、その香りを手放したくないと思うようになっていた。


【22-2】



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