22 迷いと決断と 【22-5】

「パパ……起きな、遅れちゃうよ」

「ん? うん……」


杏と会った壮太郎は、結局、昨日なかなか眠りにつけず、

次の日もそのため、サッと起きることが出来なかった。

温の小さな手が、ペタペタと壮太郎の頬を叩く。


「うーん……温、よせって」

「だって……」

「わかった、起きるから」


壮太郎はゆっくりと布団から出て、ため息をつきながら立ち上がる。

リビングに向かうと、そこにはしっかり用意された朝食があった。

壮太郎は顔を洗いに向かい、温と一緒に食べ始める。


「あ、そうそう、さっきコンビニに牛乳を買いに行ったら、お会いしたのよ。
上に住む『有森不動産』の事務員さん、桜沢さんだっけ?」

「あ……うん」

「彼女も牛乳を買いに来ていて……」

「エ……おばあちゃん、心さんに会ったの?」


壮太郎よりも先に、温が反応する。


「うん、温君元気ですかって聞いてくれたから、とっても元気に頑張ってますって、
おばあちゃん言ったよ」

「うん!」


温は、自分のことが話題になったことが嬉しかったのか、笑顔で食べ進める。

壮太郎はそんな温を見ながら、『元気なのか』と気にしてくれた心の顔を想像した。

自分が温を引き取り、一緒に生活をするようになってから、

いつも相談に乗ってもらうのは、心だった。

唐揚げの白いナフキンから、お弁当の色合い。

そして、折り紙の動物たちに、何度も温の気持ちを救ってもらった。



聞いて納得するのではなく、そばで見ていて欲しい……



そんな気持ちが、壮太郎の中でまた大きくなる。


「僕、今日は心さんにお迎えしてもらおうかな」

「何言っているの、温。おばあちゃんがいるでしょう」


温は『だってさ……』と軽く頬を膨らませる。


「あら、おばあちゃんじゃ不満ですか?」

「心さんとおばあちゃんと、順番にすれば?」


大人の状況など理解していない温は、そういうと『順番っこ』と藍子を見る。


「あはは……順番か」


話を聞いていた卓は、『おじいちゃんも混ぜてくれよ』と温を見る。


「いいよ、僕は……」


温の言葉を聞きながら、壮太郎は立ち上がった。

藍子は『もういいの?』と壮太郎を見る。


「いや、ちょっと……」


壮太郎は携帯を持つと洋室に入り、文章を打ち始めた。





『お話があります。今日か、明日、仕事の後、駅前の喫茶店で会えませんか』



心は、そのラインを自分の部屋で見た後、西森家で何かが起きたのかと考えた。

予想外の出来事が起きたのかと、打ち込み返信しようと考えたが、指が止まる。



『温君、元気に通っていますか?』



心にしてみると、温を気にかけていたため、自然に出た言葉だったが、

祖母である藍子には、不要な台詞だっただろうかと不安になる。

西森家に関係ない自分が、妙に入り込んだような台詞を出したことで、

あのとき、笑顔だった藍子の心の中に、余計な感情を芽生えさせたのだろうかと、

壮太郎からの急なラインに、色々と考えてしまう。

どういうことなのか、今すぐにラインで内容について聞いて見たい気もしたが、

それが出来るのなら、わざわざ会おうとしないはずだった。



『私は今日でも、明日でも大丈夫です。話なら、うちに来ていただけませんか』



心は、場所を自分の部屋に設定し返事をした。

壮太郎からの突然の連絡に、1秒ずつが過ぎていくごとに、悪い予感しかしなくなる。


「パパ、ご飯残しちゃだめだよ」


ラインの画面を見ていた壮太郎は、温の声に気持ちを戻される。


「ごめん、すぐに食べるよ」


携帯を閉じると、もう一度食事の席についた。





「おーい、桜沢さん……」

「エ……あ、はい」


仕事に向かった心だったが、頭の中は壮太郎からのラインが占めてしまい、

PCを見ながら、どこかボーッとしてしまう。


「福祉局の亀井さんの案内、行ける?」

「あ、はい、行きます」


目の前のソファーで話をしていた有森が立ち上がり、そう心に声をかけた。

以前、同じ福祉局に頼まれた年配男性は、有森が紹介した『鎌形ハウス』に決まり、

同じような条件を持った女性の物件を、また探しに役所の亀井が訪れた。

心は車に亀井を乗せ、別の物件を案内することになる。


「すみませんね、しょっちゅう来てしまって」

「いえ、そんなことは……」


心は右にハンドルを切った後、少しアクセルを踏む。


「有森さんのお顔の広さと、寛大さに甘えて、
『有森不動産』に頼もうか……というのが、私たちの合い言葉のようになっていて」


亀井さんは、『こういった人の引っ越しは、条件が厳しくてね』と辛い顔をする。

寺井家のように財産があり、それを広げていく人がいる一方、

亀井さんが連れてくる年配者達のように、風向きが変わると、

明日の居場所さえ定まらないという人も、近頃は増えていた。

今から紹介する物件も、本当に古いもので、

店に入ってくる若い客には見向きもされないが、それを待つ人もいるのだと、

心は思うようになる。

物件は駅からは10分程度あるが、道路は平坦で、斜め前にはコンビニもあった。


「ここです、101号室になります」

「すみません、お邪魔します」


亀井さんは写真を撮らせて欲しいと言い、心はそれを承諾した。

心は、前に住んでいた人も、同じような年配女性になることも情報をして付け加える。


「ですよね、入院されて出られたと」

「はい、ご存じですか」

「はい。ご家族とは疎遠になっている人で、病院に入ってもらったと連絡はしましたが、
特にこちらに来ることもなく……」

「そうですか」


担当者は、お風呂場など水回りをチェックする。


「これはひねればお湯、出ますよね」

「はい。少し前まで火で沸かすタイプでしたが、やはり危ないからと」

「そうですね、やけどとか結構多いので」


心は角の窓を開けると、春が来て温かくなっている風を、部屋に取り入れた。


【23-1】



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