23 新たな関係 【23-1】

『あと30分くらいで着きます』


壮太郎からの連絡があり、心は食事の皿などを片付け、テーブル周りを整えた。

まだだと思うものの、カーテンを開けて、あがってくる道を見てしまう。

仕事を終えた壮太郎がわざわざ来てくれるということが、話の重要さを物語っていて、

心は何かしていようかとパズル雑誌を持ち、座ってみたが、

それは開いただけで進むことがない。

心は雑誌を閉じると、床に置いた。

しばらくすると、インターフォンが鳴ったため、扉を開けると、

壮太郎がスーツ姿で立っていた。


「すみません突然で。でも、話をするには温がいない方がいいと思ったので」

「いえ、こちらこそ、部屋を指定してしまって……」


心は『どうぞ』と言い、壮太郎は中に入った。

『話がある』という具体的な事情があるため、

心は、温と毎日のように戻ってきた時よりも、数倍も緊張している自分に気づく。


「コーヒーか紅茶でも……」

「いえ、大丈夫です。座ってください」

「はい」


壮太郎に言われ、心は流しの前からテーブルの場所に戻り、向かい合うように座る。


「お仕事で疲れているのに、本当に申し訳ない」

「いえ……」


心は『いいえ』と軽く言いながらも、次に出てくる言葉がどうなのか、

壮太郎の表情がどうなのかと、限られた情報の中で、何かを得ようとする。


「今日は、覚悟を決めてここへ来ました」

「覚悟?」

「……はい」


心は『覚悟』という言葉に、より緊張が増した。

鼓動が自分でもわかるくらい、速くなっていく。


「温の母親と別れることになっても、なぜ自分が彼女とうまくいかなかったのか、
その理由がわからなくて、正直、もう何もいらないくらいに思っていました。
自分の何が悪かったのか、振り返っている時間もないまま日々が過ぎていて、
その中で突然、温を引き取ることになって、驚いた反面、
これで自分の道は決まったくらいに……」


壮太郎は、その話が持ち上がったのが、5月に温が5歳になった後だったなと、

振り返っていく。


「自分の状況と、仕事の状況がうまい具合に絡んでくれて、
『有森不動産』に入ることになりました。その中でみなさんと関わっているうちに、
少しずつわかるようになってきて……自分の性格のいい部分も、悪い部分も」


壮太郎は長谷川に責められたこと、有森の仕事ぶりを見ながら、

自分とは違う余裕を感じたことなど、『有森不動産』での日々を思い出す。


「その中で僕にとって一番大きかったのは、桜沢さん、あなたに会えたことでした。
あなたの幼い頃の記憶と、今の温の状況と、そういったものを語ってもらううちに、
自分自身がすごく、あなたといると楽だと気づけて」


壮太郎の言葉に、心は両手を握りしめる。

悪い方角だと思っていた話は、そうではないのかもしれないと思い始める。


「子持ちだし、再婚になるし、条件なんて何もいい相手ではないから、
そんな感情を持つこと自体、失礼だと思っていました。楽だなんて気持ちも、
自分の都合のいいように考えているだけかもしれないと。だから、両親が来てくれたら、
それでリセット出来るくらいの思いなら、忘れようと考えました。でも……」


壮太郎は、そこで一度ゆっくり息を吐く。


「でも、もう一度、僕も新しい幸せの形を目指してもいいのではないかと、
思い始めることが増えて」

「……はい」

「よし、気持ちをあなたに話そうと、そう思っていましたが……」


壮太郎の話は、心にとっていい方向に進んでいたはずなのに、

そこにつけられた『が……』の文字が、また急に不安を運んでくる。


「昨日、妹さんに会って」

「はい、杏もそう話していました」

「前に、『有森不動産』に来た時も、自分が勉強して、夢を目指せるのは、
お姉さんがいるからだと話していました。早く自分が就職を決めて、
お姉さん……つまり桜沢さんを、自由にしてあげたいと……」


心は杏ならそう言うだろうと思いながら、壮太郎を見る。


「その話を聞いていながら、自分の決心が揺らいでしまって。あなたなら、
僕のようなハンデのある相手を、選ぶ必要などないし、これからもっと自由に、
生きていける」


壮太郎はそこまで言うと、一度落ち着くために言葉を止めた。

ここまで話した内容を、互いに考えられる時間。

心は人に優しくしようと考える、壮太郎らしい言葉だと思いながらも、

自分が求めているものは違うのだと、声を出したくなる。


「でも、今朝、目覚めて考えたことは違うことでした。
お袋から、コンビニで桜沢さんに会った話を聞いて、
温のことを心配してくれたという言葉を聞いて、違う、そうじゃないと。
桜沢さん、あなたには温のこれからを一緒に見て欲しいと、そう強く思って」


壮太郎はしっかりと心を見る。


「これから、僕と温が見ていく景色を、一緒に見て欲しいと、
その願いは諦められない……」


心はしっかりと頷いた。気持ちを伝えようとしてくれている壮太郎が、

自信を持って言えるように。


「シングルファーザーであることは、プレッシャーだと思います。
でも、温がいたからこそ、僕は『有森不動産』に行き、あなたに会えた」

「はい」

「だからと言って、母になってくれたらいいと思っているわけでもありません。
桜沢さん自身を、僕なりにしっかりと見て、思いを重ねた結論です」


心は、壮太郎から早く言葉が聞きたくて、『いいんです』と首を振る。


「桜沢さん……」

「温君がいて、それでいいんです。温君がいるから……いてくれるからいいんです」


心は、温という存在がなければ、自分の幼い頃の記憶と重なり合う部分がなかったら、

壮太郎に向ける気持ちも変わっていたのではないかと考える。


「温君がいるから、西森さんと向かい合えたのだから……」


心はそういうと『こんな言葉が聞けて嬉しいです』と笑顔を見せる。

その表情を見た壮太郎は、緊張を少しだけ解くことが出来た。


「ありがとう」


壮太郎は、顔を上げる。

心の目はすでに潤んでいて、瞬きの瞬間、その涙がキラリと光って見えた。


「桜沢心さん、僕と温と……これからの時間を一緒に過ごしてください。
あなたが好きです」


壮太郎の告白を聞き、心は涙を拭うと『ありがとう』と返事をした。


【23-2】



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