「うわぁ……温、真ん中だね」
「そうだよ、僕、褒められたんだ」
「そう……」
温はさやかの隣に座り、この1年の間に起きた色々な出来事を、一生懸命語り続けた。
頼んだ料理も運ばれてきたし、少し食べながらではあるけれど、
温の話は止まらないままになる。
いつもなら『先に食べなさい』と注意をする壮太郎も、
これだけテンションが上がる温の気持ちも理解出来るため、黙っていた。
「エ……西森さんと?」
「うん。まだお付き合いが始まったばかりだけれど」
心の告白に、杏は『そうだったの』と嬉しそうな声を出す。
「あら、杏は知っているの? 心ちゃんのお相手」
「エ……うん。『有森不動産』にお姉ちゃんを訪ねて行った時、お会いした。
お母さん、西森さんすごく素敵な人だよ」
杏は心が説明をする前に、壮太郎に子供がいること、
心と同じマンションに住んでいることなど、どんどん話してしまう。
「お子さんがいる人なの」
「うん……シングルファーザー。でも、彼に子供がいて、その環境があったから、
出会えたことも確かなの。私にとっては流れの中にある」
心の言葉に、知恵は『そう……』と言い、里芋を箸で半分に切る。
「将来を見ながら、一緒に進もうと思っている」
心も同じように箸を動かしていく。
「知恵さん……」
「何?」
「知恵さんはお父さんと結婚する時、再婚のこととか気にならなかった?」
「気になるって……」
「だって、離れているとはいえ、私という娘がいたし。
やっぱり、抱えているものもあるでしょう」
心の言葉に、知恵は少し考えるそぶりを見せる。
「そうね、保之さんには言われた。離婚して母親の方に引き取られたけれど、
娘がいるって。お付き合いしている時にも、心ちゃんに送るプレゼント選び?
手伝ったことあったな」
「そうなの? お父さんと」
「そうよ。靴下とかどんな柄がいいかとか、靴もね」
「うん……」
知恵は、当時のことを思い出す。
「宅配便の宛名を書くのに、保之さん緊張して間違えて書き直したり、
そういえばしていた……」
知恵から出てくる、父の思い出に、心も自然と笑顔になる。
「心ちゃんが今、話してくれたことと一緒よ。ものを通してだったけれど、
そういう手伝いがあったから、私にとって心ちゃんの存在は付き合っている頃から、
ごく当たり前だった。家に遊びに来てくれるのも嬉しかったし、杏が生まれて、
本当にかわいがってくれたし……」
心は隣に座る杏を見ながら『おむつも替えたよね、私』と言いはじめる。
「ねぇ、弘美さんには話をしたの?」
知恵は、心の母、弘美の名前を出す。
「具体的にはまだ話をしていない。でも、好きな人がいるようなことは、
ほのめかしたかな……」
「あら、きちんと話してあげないと」
知恵は、忙しい人だからこそ、心の存在が大きいのだとそう言った。
「そうかな、あの人は好き勝手に毎日、生きているようにしか思えないけれど」
「そんなことはないわよ。心ちゃんも家庭を持てばわかるようになる」
知恵は『なすがまま』という言葉を出し、自然を受け入れていれば、
それなりの形が築けるのだと話をする。
「なすがまま」
「そう。その温君にとって、今は心ちゃんがお友達のような人でも、
お父さんがどんなふうに話しかけて、心ちゃんがどんなふうに笑うのか、
自分にどんなふうに語りかけてくれるのか、子供はきちんと見てる」
「うん……」
「自信を持ちなさい。心ちゃんなら絶対に大丈夫」
「そうそう。お姉ちゃんが不満だなんて言ったら、私が怒るから」
杏はそういうと、左手で拳を作る。
「二人とも、ありがとう」
知恵の温かい言葉と、杏の明るい態度に、心は『一つ強く』なった気がしていた。
決まった形にこだわることなどなく、自分たちと温の形を作っていこうと、
そう思いながら食事を進めていった。
「それじゃぁね、温」
「……うん」
「パパやおじいちゃんやおばあちゃんの言うことを、ちゃんと聞いて」
「うん」
楽しみだった時間が終わる温は、少し寂しそうな顔をしたものの、
さやかの一言一言を、真剣に聞いている。
「気をつけて……」
「バイバイ……」
さやかは温をしっかり抱きしめると、唇を噛みしめた。
壮太郎の顔を見ると、『お願いします』と頭を下げる。
「気をつけて」
「うん」
壮太郎は温の手を握り、さやかは2人とは別の路線のホームに向かっていく。
階段を昇るさやかの姿を、温はじっと黙ったまま見つめた。
「温……帰ろう」
「うん」
温は壮太郎と歩き始めた。
地下街は買い物客やデートをする人達で、賑わっている。
楽しみにしていた今日と言う日、泣いたりせずにさやかと別れた温の気持ちを思うと、
子供にとってやはり『離婚』という親の都合は、大きなストレスになるのだろうと思い、
仕方が無かったこととはいえ、壮太郎は、その罪の大きさを感じてしまう。
「パパ……」
「何?」
「プリンにね、クリームをキュッとすると、美味しいよ」
「クリーム?」
「うん……前にね、心さんがしてくれた。小さなチョコも乗せた」
温は地下街の店に売っているプリンを指さした。
確かに温が言うように、プリンの上に、生クリームが乗っている。
「あぁいうの、一緒に作ったの」
「うん……」
壮太郎は、温の手をしっかりと握りながら、心が言っていたように、
最初は『友達』でも何でもいいのかもしれないと思い始めた。
何かを見て、心との時間を思い浮かべているだけでも、温の気持ちの中に、
存在がしっかり出来ていることになる。
「そうか、パパも、あんなプリン食べてみたいな」
「ならさ……心さんにまた作ってもらおうよ」
「そうだな、頼んでみようか」
「うん」
温は嬉しそうに笑い、その顔を見た壮太郎も穏やかに微笑んだ。
【24-5】
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