25 拒絶の理由 【25-4】

温は壮太郎に言われたとおり、椅子に座る。


「温はさ、後ろ回りがうまく出来ないから、心さんに見て欲しくないのか」


温は黙って頷く。


「かっこいいのを見せたいの。かっこ悪いのを見せたら、心さんガッカリする。
温君かっこよくないなって、思っちゃうから……」


温はそういうと、また目を潤ませた。

壮太郎は、心を嫌っているのではなく、温なりのプライドがあり、

友達に『不格好さ』を指摘されたことで、見せるのが恥ずかしくなったのだとわかる。


「鉄棒も、前回りも、縄跳びも出来る。でも、後ろ回りがさぁ……」


温は鼻をすすりながら、『うまく出来ない』と嘆いていく。

壮太郎は箸を置き、視線を合わせようと、温の前で膝をつく。


「温……」

「何?」

「心さんのこと、好きか?」


温は『うん……』とハッキリ声に出して頷いた。

壮太郎は同じように頷きながら、『パパも大好きだ』と話す。


「心さんも、温のことが大好きだから、お迎えにも行ってくれるし、
こうしてご飯も作ってくれるし、お話も聞いてくれる。
でも、それは、温がかっこいいことが出来るからとか、すごいからとか、
そういうことではないよ」


壮太郎は、温の頭を軽くなでる。


「温が、ご飯を食べて笑ったり、保育園の話をしてくれるのが嬉しいんだ。
毎日、ニコニコ楽しく笑って過ごして欲しいと思っている。
出来ないことがあったら、出来るように頑張る姿を、
心さんもパパも見たいと思っているんだぞ。
温のかっこいいところが見たいわけではないし、
みんな、なんでもすぐに出来ちゃうわけないだろう。その史弥君だって、
習っているから出来る。習う前はきっと、出来なかったはず」

「そうかな……」

「そうだよ。よし、今日からパパと練習しよう。
ここにマットの代わりのお布団出してさ」

「お布団?」

「そう、パパだって、後ろ回りくらい教えてあげられる」

「本当?」

「本当、本当」


壮太郎は、ご飯を食べたらやってみようと温に声をかける。

温は嬉しそうに『うん』と頷き、またテレビの前に戻った。





「足?」

『あぁ……温にやらせてみたら、まぁ、回れているのは回れている。
先生もそこまで厳密に見ているわけではないから、いいのだろうけれど、
その史弥君は、体操教室に通っているから、最後の起き上がりで、
温の足がきちんと揃っていないことを、『変だ』っていう表現にしたみたいで』

「エ……何よ、子供のくせにそんな……」

『君が怒ってどうする』

「だって、温君、それを気にして気持ちが小さくなっていたのでしょう」


温が眠った後、壮太郎からの電話で、心は『温の拒絶』の意味を知った。

少しほっとしたものの、それでもやはり参観日は行かない方がいいのではないかと話す。


「お迎えに行くのは、今の西森さんたちを助ける意味で必要だけれど、
父兄の来る参観日に顔を出すのは、今は違うかなって」


心は、ただでさえ『シングルファーザー』として温を迎えに来る壮太郎のことを、

気にとめている主婦達が多いことに、気づいていた。

自分が温を迎えに行くと、やはり好奇の目も向けられてしまう。


「温君の気持ちが、わかっただけで十分」


壮太郎は、心の伝えたいこともわかるため、それでもとは言えなくなる。

電話を切り、流しの周りを見ると、

数ヶ月前までは自分が一人で奮闘していたと思えないくらい、

整っているものになっていた。

調味料の並び方、折りたたまれた布巾。

立ち上がって冷蔵庫を開くと、朝、壮太郎がすぐに朝食を作れるように、

温の好きなウインナーやヨーグルトなども入っていた。





「へぇ……そうか」

「はい」

「ならば心も一安心だね」


壮太郎が休みの土曜日、心は直美と待ち合わせをして居酒屋に入った。

この間、ぼやくだけぼやいた謝罪だと話すと、直美はすぐに受け入れてくれる。

店を経営する企業の事務として、直美が紹介した社員が数名入っているため、

雰囲気を見ておきたいという仕事がらみもあり、場所が決まった。


「6歳くらいで考えるのか。かっこいいとか、悪いとか」

「そうみたいです。その史弥君は、自分が体操を習っているから、
自分が一番でありたいのでしょうね」


心は、壮太郎から温の後ろ回りが上達し、問題なくなった話をした時、

そう結論づけてくれたと話す。


「明日だっけ? 見に行かなくていいの?」


直美はそういうと『こっそり行けば』と笑い出す。


「いいです。なんとなく、今回のことは『焦るな』と言われた気がして」

「焦るな?」

「はい。自分たちの都合で、走り出していないか、
もう一度考えるきっかけかなとそう思えてきて」

「ふーん……」

「あら、あの人、いつもお迎えに来るわよねって視線。
近頃、正直、感じることが増えて」


心のつぶやきに、直美は『そりゃ恰好のネタだよね』とグラスに氷を入れていく。


「『大手に勤めている素敵なシングルファーザーの子供を、毎日迎えに来る女』か。
自分に関係ないところで起きている話ほど、お気楽で楽しいものはないから。
だから主婦達は芸能界のゴシップが好きなのよ。だって、生活に関係ないもん」


直美はそういうと『真面目な二人らしいね』と笑う。

心はそうですよという意味で頷きながら、グラスに口をつけた。





そして日曜日、温の参観日が行われることになった。

壮太郎がホールに向かうと、嬉しそうに跳び箱の順番を待つ温がいる。

日曜日と言うこともあり、両親揃って来ている人も多く、ビデオカメラなどが並ぶ。


「次、温君」

「はい」


ユキ先生の笛の音で、温はスタートのポーズを取り、走り出した。

しっかりと踏み込み、そして跳び箱を越える。

着地の後、ポーズを取り、笑顔を見せた。


【25-5】



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