25 拒絶の理由 【25-5】

「でね、僕ね、こうして両手をピン……ってやったんだ」

「ほぉ……」


何かがあると『有森不動産』へ行くという温は、今日も参観日の後、

壮太郎と一緒に店へ顔を出した。

心はカウンターに座っていたが、

壮太郎と有森がソファーで話を始めようとしているので、

お茶を準備するために立ち上がる。


「で、それから?」

「それからって?」

「跳び箱を跳びました。で、その後だよ」


奥では千紘と長谷川が、温の話を聞いていく。

壮太郎は、温が何をしているのか視線を向けたが、

千紘が向かい合っているのが見えたので、大丈夫だろうと思いながらまた前を向いた。


「菅原君から、細かい資料は送られてきているし、こちらも説明はしているけれど、
なんせ初めての試みだろう。寺井さんもどうしていたらいいのかと……」

「そうですか。床材とか、内装の壁紙のあれこれとか、
逆に説明しすぎなのかもしれませんね。
こちらとしては、説明不足だと言われたら困ると言う意味もあって、
細かい資料にしているのでしょうが……」

「いやいや、それは当然だよ。大手はしっかりしている。逆にそれをしないと、
後から問題になるだろうし」

「はい。建ててから聞いていないという問題が起きることも、珍しくないですから」


買い手がつく分譲とは違い、賃貸は大家が長い間借金をしていくため、

出来てから『予定と違う』というクレームが起きるのは、避けたいことだった。

一度だけで終わる関係ではない場合も多く、そのため、『宅見建設』では、

マニュアルの徹底が基本となっている。


「よかったら、説明の資料。見せてもらってもいいですか。
今、別のプロジェクトに入っているので、菅原がどういう流れを出しているのか、
わからない部分もあって……」

「あぁ、そうだね、ちょっと待って」

「はい」


有森は立ち上がると、資料を取りに席へ戻り、温と向かい合う千紘の横を通る。


「で、マット運動はどうだったんだ」

「出来たよ。パパが教えてくれたから」

「ほぉ……」

「こうしてね、こうして……」


温はその場でしゃがみ込み、両手を構える。


「おい……ここで回るなよ」

「回らないよ、ここマットじゃないもん。そんなことしないよ。
バカだなぁ……千紘は」


温は『そんなことはしない』と嬉しそうに笑う。


「温、お前今、俺をバカと言っただろう。そういうことを年上に言っていいのか」

「……バカ……じゃなくて、アホ?」


温は『アホか……』と言った後、また嬉しそうに笑い出す。


「アホ?」

「千紘君、これくらいの年齢の子は、バカとかアホとか大好きなんだ。
汚い言葉を覚えると使いたいらしいよ」


長谷川はそう言うと、『甥っ子がそうだった』と話す。


「甥っ子いるのですか、長谷川さん」

「姉がいるからね。昔、温君くらいの頃はそうだった。
もう結婚して独立したけれど。バカとかハゲ……とかあ、ほら、うんちとか……」


長谷川はそういうと、資料を読み始める。


「温……」

「何?」

「お前なぁ、パパや心さんにそういうこと言ったら、怒られるぞ」


千紘はソファーで資料を見ながら、有森と話している壮太郎のことを指さした。

温はその姿を確認する。


「言っちゃおうかな……西森さんに。温にバカって言われてとても悲しいですって」


千紘は泣き真似をしながら、指の隙間から温を見た。


「ダメ、ウソ泣きだから、千紘は」


温はそう言いながら、千紘の両手を、顔の前から取ろうとする。


「……ったく、お前は」

「僕、心さんには言わないもん、バカって」

「なんだよ、それじゃ俺だけか」


千紘はそう言いながら笑うと、壮太郎と有森のところにお茶を運んだ心を見る。


「温……心さん好きか」

「うん!」


温は正直に頷き、いつも一緒に買い物をしたり、ご飯を食べたりするのだと話す。


「お風呂もね、僕の背中とか洗ってくれるよ、ゴシゴシって」

「そうか、そりゃ好きになるよな」

「パパも心さんが大好きだって、言ったよ」

「ん?」

「パパも大好きだって……」


温は壮太郎が以前座っていた椅子に腰掛けると、千紘の席に置いてあった電卓を持ち、

バチバチと意味なく叩き始める。


「ほぉ……パパが『心さんのことが大好きだ』と、そう言ったのか」

「うん」


温は千紘に、『お仕事しなよ』と言いながら、電卓を渡そうとする。


「お前が邪魔をしているんだろうが」


千紘は笑いながら、温の脇をコチョコチョし始める。


「あ……バカ、バカ、千紘のバカ!」


温は嬉しそうに声をあげて笑い、壮太郎はその『バカ』と言った声に気づく。


「こら、温」


壮太郎は、ソファーから千紘のそばに向かう。


「パパがお話ししている時には、静かに待つって言っただろう。
しかも『バカ』って……」

「だって千紘が……」

「だって千紘が……」


千紘は温の口真似をし、温は『バカ』と千紘を軽く叩く。


「あ……こら、温」


壮太郎の席から立ち上がった温は、心のいるカウンターへ逃げた。

壮太郎は千紘に『申し訳ない』と謝っていく。


「いえいえ、いいですよ、バカと言われるくらい。親からも散々言われて、
慣れておりますので」


千紘はそういうとニヤリと笑う。


「そんなことより、西森さん」

「ん? あ、寺井さんのこと?」

「違いますよ。保育園児にあんまり刺激的なことを言ったらダメですよ」


千紘はそういうと『ねぇ、長谷川さん』と、会話を聞いていたはずの長谷川に、

同意を求めようとする。壮太郎は長谷川を見るが、その表情は変わらない。


「何……刺激的なことって」

「今、温が言ってましたよ。
心さんといつも買い物に行くとか、ご飯を食べるとか話してくれて」

「あぁ、うん」


壮太郎は、そんなことは『有森不動産』のみんなが

知っていることだろうと思いながら、頷く。


「自分は心さんが好きだけれど、パパも心さんが大好きだって……」

「ん?」

「パパがそう言ったって……」


千紘は『ねぇ……』と言いながら、笑い出す。

壮太郎は、心の横で折り紙を折り始めた温を見る。


「いや、それは……ほら、お世話になっているし……」

「今さらごまかさなくてもいいですよ。いい話なんだし」


千紘は『正式に決まったら、教えてくださいね』と壮太郎を見る。

壮太郎は千紘が広げていた計算用紙を奪い取り、それをくしゃくしゃにして

ゴミ箱へ捨てた。


「うわ……なんということを」

「温、そろそろ帰るぞ」


壮太郎は温に声をかけ、あらためて『有森不動産』のメンバーに頭を下げる。


「バイバイ……またね」


温は嬉しそうに手を振り、有森は『またおいで』と優しく声をかけた。


【26-1】



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