27 ホップステップ 【27-2】

「来るなら来るって、先に連絡でも寄こしなさいよ」

「別に『出迎えてください』なんて思っていないもの」


心が突然現れたことに文句を言いながらも、弘美は冷蔵庫を開け、

何やら食材を取り出した。包丁の音、手でレタスをちぎる音、

心がリビングに座っていると、『何かが出来ていく香り』が届き始める。


「ねぇ……」

「何」

「私、お付き合いを始めたよ。前に話をしていたシングルファーザーさんと」


心は料理をしている弘美に、そう話しかけた。

どう反応するのか気になるため、一応、弘美の後ろ姿を見る。


「そう……」


弘美の反応は、予想通りあっさりとしたものだった。

心は、おそらくそうなるだろうなと考えていたものの、もう少し驚くとか、

質問するとか、前向きな態度が出来ないのかと考える。

それでも『もっと反応して欲しい』などとは言えず、心はそばにあった雑誌をめくる。

弘美はそこからもずっと、料理に集中したままだった。


「心、これ運んで」


弘美は、出来上がったサラダを皿に入れていく。

心は、立ち上がるとそれをテーブルに運んだ。

鶏肉の皮が焼ける香ばしい匂いが届き始め、弘美はトングで肉をひっくり返す。

あらかじめ用意していたのか、甘酢やタルタルソースが準備される。

心は弘美の動きを見ながら、今度、温にも同じものを作ってあげようと考えた。


「ねぇ、こういうの常に作っているの?」

「あ、ソース?」

「うん」

「料理教室していると、急に休まれたりして、材料が残ることもあるのよ。
もったいないでしょう。こんなふうに肉に下味だけつけておくと、結構もつしね」


弘美は鶏肉を一口大に切り、お皿に乗せていく。


「勇気あるね、心」

「エ……」


弘美はその一言だけで、またキッチンに戻りスープを温めていく。


「何よ、勇気って」


心は、話をするきっかけは逃すまいと、あえてもう一度口にした。

カチャカチャとトングの動く音がする。


「勇気は勇気よ。だって、子供のいる人とお付き合いするのは、
それなりに覚悟がいるでしょうし」


弘美は、『道の先には、いきなり母親だからね』と笑う。


「勇気なんて別に持っていないよ。元々、自分の人生に、
そんな出会いがあるとは思っていなかったし。私は一人でのんびり、
好きなことをしながら生きていこうくらいに思っていたの。杏のように、
どうしてもこうなりたいって目標もないし、お母さんみたいに、特技もないし……」


心はまた、出来上がった料理をテーブルに運ぶ。


「でもね、好きになっていた。西森さんが一人で温君を抱えて、
仕事も家事も頑張ろうとしている姿を見て、この人達のために、自分が何か出来たらって、
そう思うようになったの」


弘美は『そう……』とつぶやき、出来上がったスープに刻んだネギを入れる。


「温君の存在があったから、自分の幼い頃の記憶があったから……
それが重なったり、違っていて考えたり、だからだと思う。
西森さんに惹かれたのは」


自分の中にはなかった感情を、壮太郎によって呼び起こされたのだと、

心は、目の前で料理を仕上げる弘美を見る。

大学を卒業し、この家を出てから、『帰りたい』と考えたことなど全くなかったし、

こんなふうに母と気楽に会話をしたことも、記憶にないくらいだった。

『料理研究家 桜沢弘美』から逃れたくて、ただ前だけを見ていた日々。



『お母さん、素敵な人ね』



そんな褒め言葉をもらう度、『何もわかっていない』と反発してきた。


「お母さんにも、苦しいことがあったのかなって……考えたこともあったりさ」


心の言葉に、弘美は『あら……』と声を出す。


「まぁ……少しは感謝する気持ちの余裕も持てたかな……と」


心はそういうと、笑い出す。


「何よ、それ」


弘美はパンケースからバケットを取り出し、適当な大きさに切ると、

トースターに入れる。


「温君……って言ったっけ? 今度連れてきなさいよ」

「エ……どこに」

「どこってここよ。料理教室でもいいし」


弘美は『何か美味しいものを作ってあげる』とそう提案する。


「まだ、具体的には進んでいないから、今は。少しずつ距離を縮めているの」


心は慎重に考えているのだからと、弘美に話す。


「別に、おばあちゃんづらしたいわけじゃないわよ。ただ、会ってみたいと思ったの。
どんな子かなって。父親はいいわよ別に。その温君だけで」


弘美は『すぐにとは言ってません』と言いながら、

パンをトースターから取り出していく。

心は、料理教室なら温も楽しいのではないかと思い、『わかりました』と言うと、

一足先に、『いただきます』と両手を合わせた。





栃木に温を迎えに行った壮太郎は、あらためて卓と藍子に対して

『これからのこと』を語った。心を含めた3人での生活を意識し、

過ごしていこうとしていること、

温にも、『心が家族として心が加わること』を理解させていきたいと話す。


「俺の都合で来てくれと言っておいて、なんだかんだと申し訳ないけれど」

「そんなことは気にするな。とりあえず、お前達が考えているのなら、
それを実行したらいい、なぁ……」


卓はそういうと、藍子を見る。


「そうね、温にもその方がいいのかも」


藍子は、温がここでも『心さん』と話題にしていたことを話す。


「オムライスがどうのこうのって」

「あぁ、温がそれを食べたいって言って、作ってもらったからね。
あのとき、初めて思った。そうか、母親がいればこんなふうに、
子供は食べたいものをリクエストしたりするのかなって」


壮太郎は、『俺には余裕がなかったから』と、

二人で暮らし始めた頃のことを振り返る。


「温も温なりに、わがままを言わないようにしようとしたのだろうな」

「そうかもしれないな」


卓は麦茶を飲む。


「何かあったら、連絡を寄こしなさい。お母さんが東京に行くのは、
いつでも大丈夫だ」

「あぁ、ありがとう」

「ちょっと、二人で勝手に決めないでくださいよ。
私だってそんなに暇ではありませんからね」


藍子はそういうと、麦茶のコップを片付け始める。

壮太郎は『感謝しています』と藍子の背中に、きちんと頭を下げた。


【27-3】



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