29 僕のママ ① 【29-4】

「で、お前は勝てた……と」

「そうだよ、1等賞」


運動会が終了し、何かがあると必ず向かう『有森不動産』で、

温は千紘の前に立ち、自分がどれくらい頑張ったのかをアピールした。

千紘は、時々頷きながら、温の話を聞いてやる。


「エ……温君、泣いていたの?」

「はい。保育園に入った頃からずっと一緒だった女の子が、
今日で辞めることになって」

「あら……」

「宮崎にいるおじいちゃんたちと一緒に、暮らすことになったそうです。
温君、お別れのプレゼントを渡して、
花音ちゃんからもプレゼントをもらって交換している時に、ポロポロ泣き始めて」


カウンターに座る心は、節子にそう説明する。


「寂しかったのだと思います。
だから、いつもなら『有森不動産』に行くことを止める壮太郎さんも、
今日は申し訳ないけれど、いいなかって……」

「そうだったの」


節子は、千紘にくすぐられて笑っている温を見る。


「バカ! 千紘のバカ!」

「まだ言うか、もっとくすぐるぞ……」


節子の視線が温から戻る。


「お引っ越しか。悲しいけれど、仕方が無いわよね。
大人にだって、大人の事情があるのだもの」


節子の言葉に、心は『そうですね』と頷く。

壮太郎はソファーに座り、ほぼ完成した寺井家のマンション写真を有森に見せてもらう。

賃貸ではあるが、家族が住むような物件のため、

落ち着いたトーンの外壁にしたことも思い出す。


「3階建ての15部屋。全て決まったよ」

「そうですか、それはよかったです」

「駐車場も来月には完成する予定だからね、12月くらいから入居可能かと」

「はい」


壮太郎は、今度見に行ってみますと写真を有森に戻す。


「西森さんが寺井さんの気持ちを動かして、ほぼ1年か。
色々と細かい部分も調べてからの建設だったけれど、
逆に寺井さんは満足してくれて、息子さん達もこの間、挨拶に来てくれたよ」

「よかったです。建築主が満足すること、それが一番大事ですから」


壮太郎は、担当した菅原からも、しっかりと話し合いが出来たために、

勉強になったという話を聞いていると言い、有森に頭を下げる。


「あの建物が評判になれば、きっと別のところからも手が上がる」

「そうなってくれると、『宅見建設』としてはありがたいですが……」


有森は、西森さんの給料は上がるかなと言い、笑い出す。


「高岡の開発は、順調?」


有森は、壮太郎がどういう仕事をするのかわかっているため、進行具合を尋ねた。

壮太郎は、気心の知れている有森であるため、今までの流れをサラリと話す。


「そうか……上司がね」

「はい。結果的に、役所の言い分を聞き入れているような形になってしまって、
延岡さんだけに責任を取らせたことが」

「まぁ、それが上に立つものの役目だよ」


有森はそういうと、『形が大事』と壮太郎に話す。


「形……」

「あぁ。流れを理解して、退いているのだから。会社の上もわかっているはずだ。
若い人達には、これから未来がある。新しいもの、今まで考えつかなかったようなもの、
そういう発見を生み出してもらうためにも、壁になる人間が必要だ」


有森の言葉に、壮太郎は頷いた。

いつも孫の手を持ち、自分の肩を叩いているような有森だが、

実際には、常に周りに気を遣い、厄介な客が来ると自ら前に出てくれた。

寺井家に向かった時も、壮太郎の案を有森がフォローしてくれたからこそ、

ここまでの建物が完成する。



「あ、そうだ、温、いいものやるぞ」

「いいもの? 何?」

「ほら、これ」


千紘は机の引き出しから、『イチゴの飴』を出した。

スーパーなどで売られているものより大きくて、形もイチゴになっている。

温は『ありがとう』と言うと、小さな手で包み紙から飴を出し口に入れる。


「美味しい」

「だろ。これは福岡みやげなんだぞ、うちのお袋の……」

「お袋?」


温はほっぺたを膨らませながら、そう尋ねる。


「うちの節子さん。この間、同級生……いや、お友達と福岡に旅行に行ったんだ」

「千紘の……」


温は節子の方を見ると、今度は千紘を見る。


「千紘……」

「ん?」


千紘は用紙を数枚まとめると、ホチキスで留める。


「千紘のお袋は、ずっと同じ?」


温の問いかけを聞き、千紘は、瞬間的にどういう意味なのかと考える。


「ずっとって……」


温の視線は、心に向いていた。

千紘は壮太郎と有森が話していること、心と節子が話していることの両方を見る。


「お袋がずっとって……どうした、温。何かあったのか」


千紘の声かけに、温は『あのね、新しいママって……』と声に出す。


「新しいママ?」


千紘の声を聞き、温は恥ずかしくなったのか『ううん、もういい』と言い、

壮太郎の方へ行ってしまう。


「あ、すみません、つい長居をしてしまって」

「いやいや……」


壮太郎は温が近くに来たことで、今日は運動会の帰りだったことを思い出す。

心にも声をかけ、3人は『有森不動産』を出た。





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