30 僕のママ ② 【30-4】

『治療にも、とても前向きになってくれましたので……』


心は、病院を出ると、弘美の着替えや身の回りのものを取りに実家へ戻った。

診察を終えた担当医師から、病気が見つかってからしばらくは、

約束の日にちにも診察に来ないとか、手術以外の方法がいいとか、

結構手こずらせていたことを聞かされた。

しかし、弘美が話していた通り、手術にも前向きになっていることなどを聞き、

これからの予定も提案される。



心は鍵を開け、家の中に入る。

いつもならリビングのソファーに座り、前にあるテレビのスイッチを押すのだが、

今日はキッチンの中に入り、置かれている料理器具を見た。

どれも母が使いやすいように配置されていて、

中には、心にもどう使えばいいのかわからないものもある。

心は冷蔵庫を開け、料理教室を仕切る先生であるのに、

それほどたいしたものが入っていないなと思い、扉を閉める。



『また作って』



心の脳裏に、いつもそう言って笑顔を見せる温の顔が浮かんだ。





「大丈夫なの? お母さん」

「うん。今回は検査の入院だし、完全看護だから付き添いも必要ないの」

「それでもさ……」

「本当にいいの。あの人の性格からして、私がそばにいるなんて話したら、
怒り出すもの」


心は病院に荷物を届けると、西森家に戻った。

温はもうすっかりパジャマ姿で、寝る支度まで整っている。


「大きいお肉のおばちゃん、病気なの?」


ミニカーを持ったまま、温は大人の会話に参加しようと、リビングの椅子に座った。

心は『大丈夫だよ』と温に微笑んでみせる。


「少しだけ悪いところがあるから、先生に治してもらうために入院したの。
出てきたら、温君にまた、美味しいものを作るんだってそう言っていた。
温君と会うのが楽しみだって……」

「本当? やったぁ!」


温は、心の説明に嬉しそうに笑う。


「僕ね、千紘のおばあちゃんにも言われたよ。温君が来ると、元気が出るって」

「そう」

「うん。だから僕、大きいお肉のおばちゃんも元気にしてあげる」


温はそういうと、リビングから和室の方へ向かう。

テレビのリモコンを持ち、何やらチャンネルを変え始める。


「今回は、本当に温君のおかげ」


心は弘美が自分に話したことを、そのまま壮太郎に告げた。

壮太郎はお茶を飲みながら、聞き続ける。


「温の言葉が……」

「うん、嬉しかったって」


心はベッドの上で話す弘美のことを思い出す。


「料理の仕事で出かけるからとか、雑誌の打ち合わせとか、
アドバイザーをしている企業との会議、そう、いつもいつも母がいなくなるときには、
料理が絡んでいた。もっと話を聞いて欲しいのに、学校で何があったのか話したいのに、
私の話より、母が聞きに行くのは外の人の話ばかりで、
いつの間にか、『母の料理』に、焼き餅を焼いていたんだろうなって」

「焼き餅……」

「うん。壮太郎さんにも前に言われたでしょう。イベントでの凝ったお弁当も、
自分のためではなく、私のためだって」

「あぁ、言ったね」

「私はそう思っていなかった。ずっと、自分の腕自慢をされていると思っていて……」


心は、お弁当の感想を聞かれても、いつも素っ気なかったことを思い出す。


「お母さんの料理なんて嫌いだと、ずっと思っていた。
お母さんはずるい、お母さんはって……」

「心……」

「そうだよね、ただ美味しかったよって、言ってあげたらよかったのよね」


心はそういうと、温を見る。


「温君は、本当に素直。温君のママに感謝しなくちゃ」


心は、顔を見たことがないさやかのことを想像し、そう話した。

壮太郎も、温を見る。


「さやかもよくやってくれたけれど、僕たちにとって心をはじめとした、
『有森不動産』のみなさんと出会えたことも、きっと大きいはずだ」


壮太郎は、有森家に迎えに行ったら、温が千紘とダンスゲームをしていたと話す。


「ダンス?」

「あぁ、あんなふうに全力で相手をしてくれて……温も楽しそうだった」

「そう」


心と壮太郎の視線が自分に向いていると思った温は、

ここは見せ場だと思うのか、そろそろ寝る時間だからと言いながら、

自分でおもちゃを片付け始めた。



「千紘君が?」

「うん」


温が眠った後、壮太郎は千紘から聞いた話を心に語った。

『先生が2人』いることを使い、『ママが2人』いてもいいと話したこと、

温は頷いていたことを話す。


「そう……」

「あの千紘君が話をしてくれた。先生をたとえに出すなんて、
俺には想像もつかなかったよ」


壮太郎は湯飲みを持ち、お茶を飲む。


「確かに、私も考えたことなかった」


話を聞いた心も、そう答える。


「さっきも話をしたけどさ、本当に『有森不動産』に出向出来たことは、
プラスになった。本来なら自分たちがやらなければならないことを、みなさん、
自然に引き受けてくれて……」

「うん」

「ありがたいことだ」

「そうね」


心も同じように湯飲みを持ち、お茶を飲む。

それからはしばらく壮太郎が仕事の話をし、心は黙って聞き続けた。


【30-5】



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