21 小さな星の日

21 小さな星の日

その日の朝は、普段と何も変わらなかった。

亮介はいつも通りに支度をし、咲は重たいお腹を抱え、玄関へ送りに出る。


「エ……太田さん一人で行かせるの?」

「あぁ、戸田さんの仕事以来、太田のやる気がすごくてさ。
まぁ、来年の春には仙台からいなくなるし、ちょうどいい引き継ぎだと思って、
近頃はどんどん一人で行かせてるんだ」

「そう……自信がついたのね、太田さん。なんだか嬉しいじゃない。
一時はリストラじゃないかって、言われていたくらいなんだもの」

「そうなると今度は、張り切りすぎて失敗しないかどうかが、心配だけどね」


亮介はハンカチを受け取ると、一度、咲の方を向いた。

予定日は3日前に過ぎたが、お産の兆候は現れない。予定日を過ぎてからというもの、

時間はこれだけゆっくり流れるものなのかと、考えるようになる。


「まだ出てこないのかな……」

「いずれ来る時になったら来るものよ。1週間以上遅れたら考えましょうって、
先生も笑ってたから。初産だし、予定通りにきっちりとは行かないんだって」

「うーん……」


心配そうな亮介のネクタイを直しながら、咲は荷物も用意してあるのだから、心配ないと笑う。

それでもどこか納得の出来ない亮介は、毎日同じことを口にした。


「動きがあったら、メール寄こせよ」

「わかってます。いってらっしゃい!」


その日のスタートは穏やかで、亮介は軽く頷くと、仙台支店へ向かって行った。





咲は軽くお腹をさすり、すぐに家事に取りかかる。洗濯機から洗濯物を取り出していると、

リビングの電話が鳴り出し、それをすぐに取りに向かう。こんな時間に電話を寄こすのは、

誰なのか考えていると、聞き慣れた声がすぐに耳に届く。


「はい、深見……あぁ、お母さん? うん、まだだけど、
何よ、それでわざわざ電話してくれたの? 始まったらちゃんと連絡するって言ったでしょ」


長野に住む咲の母は、予定日が過ぎたことを気にして、毎日電話を寄こすようになった。

その度に笑いながら、咲は大丈夫だと返事をする。


「はい、はい、わかりました。必ず連絡しますから、じゃあね!」


電話を切った後、咲が寝室へ入ると、生まれてくるはずの赤ちゃんへと、

深見家から贈られた、組み立て前のベッドがそこにあった。


「おーい……みんなしびれを切らしちゃうって、そろそろ起きて動きましょう」


咲はそう言うと、洗濯物を太陽の眩しく光るベランダへ、少しずつ干し始めた。





普段通り順調に仕事を進めていた仙台支店に、昼少し前、いきなり事故の連絡が入った。

敬老会のツアー客が乗ったバスが、整備不良なのか突然止まってしまい、

立ち往生していると言う。幸い、客にケガなどはないが、移動手段が見つからず、

急遽、代バスを頼まれた。


「わかった。今すぐ連絡して、そっちへ向かうように指示をするから」


東北4店会議に出掛けている塚田の代わりに、亮介は、すぐにバスを手配した。

現場で対応に追われているスタッフに連絡し、体調を悪くしているツアー客がいないかどうかを

問いかけると、幸い天気も良く問題はないと言う。

到着時間の予想を告げ、亮介は受話器を置いた。


「太田、会場に先回りしよう。予定より時間が遅れてしまうので、迅速に行動できるように、
スタッフを増やした方がいい。応援、行くぞ!」

「はい!」


亮介は太田に車を運転させ、会社から40分ほどの会場へと急いだ。

バス会社の素早い対応で、予定時間よりも1時間オーバーながら旅行はまた進み始める。

とりあえず、動き始めたことに安堵し受話器を切ると、メールマークが一つあった。

すぐに相手を確かめると、差出人は咲で、亮介はすぐに受話器を開け中身を見る。



『お産が始まったみたいだから、病院へ行きますね』



メールを寄こした時間から、すでに30分以上が経過していた。

慌てて電話をかけると、何度か呼び出し音が鳴った後、咲の声がする。


「はい……」

「咲、大丈夫か?」

「あ……よかった。今、タクシーの中なの。やっと出てくる気になったみたい。
まだ、陣痛の感覚はそんなに迫ってないんだけど、一人だから早く病院に行きたいって言ったら、
来て下さいって言われて……」


大きな交通事故から引き起こされた、めまいなどに悩まされていた咲は、

妊娠中から、変化があった時にはすぐに病院へ来ることを義務づけられていた。

亮介の気持ちとしては、すぐにでも飛んでいってやりたいところだったが、

トラブルを放り出す訳にもいかず、手を握りしめ、何度か、うん……と返事をする。


「ごめんな、ちょっとトラブルがあって、それが済んだら病院へ向かうから」

「大丈夫よ、ちゃんと二人で頑張ってくる!」

「あぁ……頼むな」

「はい……」


亮介はそのまま受話器を切り、大きく息を吐いた。

その会話を運転しながら聞いていた太田は、すぐにお産が始まったのかと問いかけた。


「今、病院へ向かったって」

「大丈夫なんですか? 部長、行ってあげた方が」

「バカ、トラブルを放り投げて行けるか。こっちが済んだら行くよ」

「僕が……」

「余計なことを考えるな、事故になるぞ!」

「あ、はい……」


太田は姿勢を正し、ほんの少しだけスピードをアップした。

亮介は、咲への気持ちをしっかりと胸に抱き、トラブルのあった場所へと向かった。





「深見さん、ここに横になっていてください、荷物はまとめておいてね。
もっと、陣痛の感覚が狭くならないと、分娩室へは入れないの」

「あ……はい」


陣痛室と書かれた部屋へ初めて通されると、

もう一人、同じようにその時を迎える妊婦が座っていた。

そばには母親が寄り添い、痛がる娘の背中を何度もさする。


「ん……」


波のように押し寄せる痛みを受けながら、咲は小さなお守り袋を二つ握りしめた。

一つは先日、東京へ行った亮介が石原からもらってきたもので、

もう一つの袋には、アクセサリーが入っている。



『私のものになって、私を想ってください』



それは、亮介が咲に初めてくれた『四つ葉のクローバー』型のペンダントだった。

あれから何度も季節を越え、ここまでたどりついた。





『あと1年、自分の力で頑張りますから……。そうしたら……』

『そうしたら?』

『もう一度、プロポーズしてくれますか?』



その同じ頃、亮介は流れていく景色を見ながら、咲のことを考えた。

事故の後遺症を気にして、身を引こうとしたこと、

一度目のプロポーズでは、逃げた自分が許せないと返事をしなかったこと。

誰よりも頑張り屋で、何度も励まされたことを思い出す。


芽衣のこと、そして太田を始めとした社内の問題、支店長塚田との葛藤、

そして、ツアーでの事故。咲がそばにいることで、この何ヶ月の間にも、

何度も励まされ、大きな力をもらってきた。



『大丈夫よ、ちゃんと二人で頑張ってくる!』



亮介は咲への想いを込めて、左手の中にある携帯電話を、グッと握りしめた。




                                深見家、新メンバー加入まで……あと6時間






22  未来への約束 へ……




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コメント

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パパ&ママ格闘中

おぉ~ここで終わり?コケッ! ミ(ノ;_ _)ノ =3ドテ!バタ

確かに陣痛は時間がかかる~って事で、簡単には生まれないだね。
ももんたさんのお話も陣痛並みの引き伸ば~~~~し
(メ●´_________________`●)ビローン
計算されてますがなv-218  作者は策者よのう!!!←(\(--; )つまらん)(笑笑)

v-73ベィビーちゃん頑張れv-237
パパも只今会社トラブル奮闘中v-30
6時間のうちには片付けて飛んでくるからね。

亮介は立会い出産希望なのかな?間に合うといいね。
咲も陣痛さぞかしシンドイと思うよ
今は耐え抜こうね~イタイッテェ σ(TεT;)
【微弱陣痛の為、陣痛誘発剤4本も注射され、激痛のあまり子供は要らないと言いながら、もう一人生んでしまった~byココ~だって死ぬくらい痛かったんだよ】

咲は弱音はかない優等生ママでしょう。
出産後は可愛い赤ちゃん抱けて、陣痛頑張った甲斐あったと幸せたっぷり味わえるのよ~
天使の微笑み独り占めヨン&おっぱい上げられるのは母親だけの特権ヨン

咲ママ、只今踏ん張りどころです~頑張れイエーイv( ^-^(・_・。ゝv-254

早くそばに…

キャー、もうすぐなのね。

亮介早く、仕事片付けて駆けつけて。

咲のお腹から出てくる時には二人で迎えあげて欲しいな。

ワクワクドキドキの次回作、待ってます♪

こんにちは!!e-452

間が悪いというか……
なんでこんな時に重なる!
それもあの空の穴のせいか?

生まれるまではまだまだ時間がかかる
一人で耐え忍ぶのは、ちとつらいかも・・・
そのうち長野のお母さんが来てくれるかな?

でも、おばちゃんは一人のが良かった
痛いのに周りでウロウロされると鬱陶しいから。
心配してくれてるんだけどね。

亮介さんも咲ちゃんと赤ちゃんが気になりつつも
お仕事に集中?
チャっチャと(はいかないか)片付けて咲ちゃんの元へGO!e-282

また、新たなトラブル発生!なんてイケズなことはないよね???

+++
「リミット」とは関係ないのですが
おでんダネ、こっちで特に入れてるものってないかなぁ。
最近、「生姜味噌を添えて」っていうのをご当地おでんとして宣伝してるみたいだけど。

よそ様のお家は知らないけど・・・
昔、実家にいた頃母が友達から聞いて
細い竹の子(なまえがわかんない?小さい時から食べてるんだけど)とツブ貝を入れてた。
全体がヌルンヌルして父は怒ってたけど、味も歯応えもいけてた。
あれ、殻外すからそうなるんだって、殻付きのまんまで煮ないとダメだったようです。

「なんだねぇ……」のお話まで引っ張り込み、すみませんでした。

     では、また・・・e-463

いよいよだね~

ついについに・・ベビーに会えるのね❤

咲はしっかりしてるから初産でも心配ないけど
亮介はやっぱ気が気じゃないだろうね~

まぁ~ももちゃんのことだから
すんなり亮介を病院に行かせる訳はないなと思ってたけど
やっぱりトラブルか・・・
でも間に合うよね???

離れていてもお互いに今までの二人の歴史を思い出したりしてて
ずっと見守ってきた私たちもなんかじーーんとしちゃうわ~

新たに迎える小さな家族も一緒にがんばってるんだもんね^^

タイトルを見て今回生まれると思ったけど違ったのね^^;

早く赤ちゃんに会いたいよ~

いよいよだぁ!

いよいよですねぇ~♪

咲、本当は一人は不安だよね。
初産だしね…
でも、母は強し!
これを乗り越えれば、可愛い天使に会えるぞ!
亮介は肝心な時にすぐそばに行けない自分に
イラだってるだろうけど
まずはトラブルを解決してからだよ。

さぁ、6時間後が楽しみだぁv-282

早く!

後6時間、引っ張るね~~~

そして亮介はトラブルに・・・

すんなり行かない、行かせないももちゃん。憎いよこの!

神様は見ている、頑張る咲には可愛いベビーがやってくるのさ、亮介だって頑張ってる。
そんな夫婦に小さな天使、早くおいで!!

頑張れ~~

いよいよ赤ちゃんに会えるのね♪

初めてのお産で不安な事もあるだろうに
一人(正確には二人だけど^^)で病院へ向かう咲ちゃんはさすがです!

でも、やっぱり産まれる時には亮介さんに
傍に居て欲しいよね^^

亮介さんのお仕事が早く片付いて
赤ちゃんを二人で迎えてあげられますように!

あぁ~でも長いような短いような6時間・・・
考えてみれば私も8時間ぐらいかかったよなぁ~
陣痛の痛みは辛いけど
赤ちゃんの顔を見たら不思議に忘れちゃうんだよね^^;
咲ちゃん、亮介さん、そして赤ちゃん、頑張って~!!!

ドキドキの6時間後!楽しみに待ってます~~♪

ここで終わりだよ

ナタデココさん、こんばんは!

>おぉ~ここで終わり?コケッ! ミ(ノ;_ _)ノ =3ドテ!バタ

エ……だって、最終回へ引っ張らないと、
最終回、何を書けばいい?

>咲は弱音はかない優等生ママでしょう。
 出産後は可愛い赤ちゃん抱けて、
 陣痛頑張った甲斐あったと幸せたっぷり味わえるのよ~

はい、咲は一人、頑張って病院へ向かいました。
亮介も気になるところでしょうが、そこはねぇ……
盛り上げておかないと。

さて、次回は最終回、ぜひ、おつきあいお願いします。

ここまで来ました

ゆき☆さん、こんばんは!

>咲のお腹から出てくる時には二人で迎えあげて欲しいな。

さて、咲の出産は、どんな状態で迎えるのでしょう。
それは最終回まで、お待ちください。
いやぁ……それにしても、『好きです』を告白して
終わるはずの話だったのに、いつの間にか出産まで
来てしまいました(笑)

意地悪な書き手です

mamanさん、こんばんは!

>間が悪いというか……
 なんでこんな時に重なる!
 それもあの空の穴のせいか?

いや、意地の悪い書き手の責任でしょう。
次回は最終回、トラブル……にならずに
明るくその時を、迎えて欲しいものです。


さて、おでんのお話へ!

細いタケノコって、ネマガリダケかなぁ……
あ、でも、美味しそう。
私、タケノコ大好きなんです。
ベビーコーンはまた、別なんだろうな……

読まれてる(笑)

Electra★彡さん、こんばんは!

>まぁ~ももちゃんのことだから
 すんなり亮介を病院に行かせる訳はないなと思ってたけど
 やっぱりトラブルか・・・

あはは……Eleさん、私の創作読んでくれているからなぁ
手の内読まれてるよ(笑)

ちょっとしたセリフに、昔の二人を思い出してもらえて、
とっても嬉しいです。
告白でおしまいだったのにねぇ、いつの間にか出産ですから。

次回は最終回、赤ちゃんに会ってね!

咲は強し!

Arisa♪さん、こんばんは!

>咲、本当は一人は不安だよね。
 初産だしね…
 でも、母は強し!

そう、不安だとは思うけれど、弱音を吐かない人ですからね。
ここはしっかりと立ち向かうはず。

さぁ、6時間後、最終回をお待ち下さい。

引っ張らせてよぉ!

yonyonさん、こんばんは!

>後6時間、引っ張るね~~~

あはは……引っ張らせて!(笑)
すんなりは言ってないけど、最終回だからね、
そんなにごちゃごちゃしてませんから。

赤ちゃん誕生の日、あと6時間です。

やっと最終回です

バウワウさん、こんばんは!

>初めてのお産で不安な事もあるだろうに
 一人(正確には二人だけど^^)で
 病院へ向かう咲ちゃんはさすがです!

咲は頑張り屋さんなので、一人で向かいましたけど、
でも、亮介にはそばにいて欲しいはず……
さて、誕生の瞬間は、どんなふうに迎えるのか
それは、最終回までお待ち下さい。

みなさんに待っていてもらえるのことが、
とても嬉しい書き手の私です。

応援ありがとう

yokanさん、こんばんは!

>咲ちゃん、頑張れ!亮介さんのほうのトラブルも
 何事もないように・・・。次回は最終回なんですね、
 これで終ると思うと寂しいわ~

いやいや、そう言ってもらえるうちに終了しておきます(笑)
元々、結婚している二人の話で、ドキドキも少ない作品ですから。

それでも、形になれたのは、みなさんが励ましてくれたからなので。

最終回、深見家の新メンバー誕生を、見届けてやってくださいね。

あはは・・・

お産が始まりそうだっていうのに、ここでトラブル発生!

亮介を、すんなりとは咲のもとに行かせないのね(笑)

それぞれの場所で最善を尽くす夫と妻
こんなにも強くなったんだよね。
何もかも不安だった頃、今の状態を想像もできなかったでしょうね。

では、最終話へ!

いけず会だもの

>お産が始まりそうだっていうのに、ここでトラブル発生!
 亮介を、すんなりとは咲のもとに行かせないのね(笑)

あら……いけず会所属のなでしこちゃんに、
そんなことを言われちゃうとは、思わなかったわ(笑)

>それぞれの場所で最善を尽くす夫と妻
 こんなにも強くなったんだよね。

連載を始めた頃には、こんなことになると思ってなかったけどね。
出産まで来ちゃいました。
最後まで見届けてあげてね!