32 絆の旅へ 【32-3】

「エ……どうして?」

「だから後でおいでって、千紘君が連絡をくれたから。
今日は『有森不動産』忙しくて、お昼に来てもお話出来ないって」

「だって……」


何かがあると『有森不動産』に顔を出したがる温は、

このまま胸にバラのバッジをつけて行けないことに、不満の声をあげた。


「温の卒園をお祝いしてくれるから、5時においでって」

「お祝い?」

「そう、お祝いだって。だから後から」

「本当? やったぁ! 僕、そうする、そうする」


温は嬉しそうに、その場でピョコピョコ飛び跳ねる。


「本当に?」

「あぁ、朝、千紘君からラインが入った。温がいつも何かあると顔を出すから、
きっと今日もそうなると思ったのだろう。先に連絡をくれた。
一応、写真を撮りたいから、式の格好で、全員来てくれって書いてあって」

「式の格好って、私たちも?」

「うん」


壮太郎は、一度家に戻って、少しゆっくりしようと心に声をかけ温と手をつなぐ。


「僕のお祝い、何かな……」


すっかり『祝ってもらえるモード』になった温を見た壮太郎は、

『コラ』と温の頭をコツンと叩いた。





「ねぇ、温君寝ちゃった」

「いいよ、しばらくは寝かせておけば」


家に戻り、卒園式用の服を一度脱いだ温は、

お昼を食べた後に疲れたのか、和室で眠ってしまった。

心は温に毛布をかけ、頭の下にまくらを挟む。

壮太郎はリビングの椅子に座り、コーヒーを飲んだ。


「なぁ、ちょっと見て」


壮太郎はビデオのスイッチを押し、画像が撮れているかの確認をし始めた。

小さな画面ではあるが、少し前の式の様子が、しっかりと収まっている。


「よかった、撮れている」


画面の中で、温がしっかりと歩き、証書を受け取っている姿、

そして、教室でみんなと笑いながら、歌を歌う姿などが写っている。


「温君って、同級生の中で結構背が高いのね。今日、そう思った」

「あ……うん、そういえばそうだな」

「お迎えに行くときは、他の子がそばにいないからわからなかった」

「確かに」


壮太郎は、教室で子供達が動いている画像を見ながら納得する。


「これ、旅行の時に持って行こう。親父達も見たいだろうし」

「そうね」


4月の半ばに、心と壮太郎は結婚式を含めた旅行を計画し、

最終日に栃木の西森家へ寄ることになっている。


「嬉しいような、寂しいような……」


心は『もうお迎えないのよね』と声に出す。

壮太郎も同じような気持ちを込めて、『うん』と一言返した。





「西森温君、卒園おめでとう」

「うわぁい! ありがとう」


昼寝をして元気を取り戻した温は、約束通り、しっかり卒園生の格好を決め、

5時に『有森不動産』へ向かった。

本来、5時まで営業しているはずだが、会場となった店内は、

すっかりお祝いモードが出来上がっている。

いつもならお客様が座るカウンターの椅子は取り払われ、バイキングのように、

いくつかの食べ物やお菓子、ケーキが並んでいた。

そして、ソファーの椅子も向かい合わせではなく、横並びに変えられている。


「僕ね、元気に歩いて、園長先生から証書をもらった」

「そうか、転ばなかったか」

「転ばないよぉ……」


千紘の言葉に、温は笑いながら言い返す。


「ほらほら、美味しいものあるから食べたいだろう。だからその前に、写真撮るぞ」


有森はそういうと、温と心、そして壮太郎にソファーのところで並ぶように指示を出す。


「西森家の記念日に写真を撮るからね。ほら、座って」


長谷川もそういうと、温が真ん中に座るように話す。


「すみません……」


壮太郎は言われた通りにソファーに座り、心と温も横に並ぶ。

カメラを構えたのは千紘で、すぐに撮るのかと思ったが、

シャッターはなかなか切られない。


「お袋、まだ?」

「今、今出すから」


奥から節子の声が聞こえ、出てきた時には手に小さなブーケとベールがあった。

レースで作られたベールは心の頭にかぶせられ、手にブーケを渡される。


「はい……心さん」


節子はそういうと、『おめでとう』と声をかける。


「もちろん、ご家族でお式をするのは聞いていたけれど、でもねぇ、
この場所で縁を持ってくれた3人のお祝いでしょう。
『有森不動産』としても、何かしたいじゃない」


節子は、『安西不動産』の奥さんが、手先が器用なので頼んだのだと嬉しそうに話す。


「お母さん、お嫁さんだ」


温はそういうと、レース部分に触れて『かわいいよ』と笑顔で話す。

心は、突然の出来事に、うまく反応出来なくなる。


「すみません、ありがとうございます」


温のお祝いだと思っていたため、心は気持ちが一杯になり、

それ以上の言葉は何も出ない。壮太郎も同じように思うため、隣で頭を下げた。


【32-4】



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