32 絆の旅へ 【32-5】

「そう、杏ちゃん仕事は順調」

「うん。研修に行って雰囲気とかはわかっていたから、すぐに入り込めたって」


心は家に戻ると、山内家にでかけ知恵と杏とした話を報告した。

温は壮太郎とお風呂に入り、心が帰ってくるのを待てずにすでに寝てしまっている。

心は温の寝顔を確認し、扉を静かに閉める。


「ごめんね、思っていたより遅くなったから」

「いいよ、そんなこと。温にはきちんと話をしていたし、明日から旅行だから、
気分はすっかりそっちに向かっていた」

「そう……」


心はあらためて椅子に座る。

リビングの端には、明日持って行くための荷物が、すでに整えられていた。

テレビの天気予報も、数日間は晴れの予報を示す。


「杏がね」

「うん」

「壮太郎さんが素敵だから、目が肥えてしまったって笑っていた」


心はそういうと、笑みを浮かべる。


「20代前半くらいの女性は、30代後半くらいの男性をよく評価するらしいよ。
前にうちの女子社員がそう言っていた。同年代だとまだ収入が少ないし、
仕事も経験が少なくて余裕がないだろう。でも、30代後半くらいになると、
仕事も一人前だし、収入もって……。まぁ、杏ちゃんは、今、そういう時期ってことだ」


壮太郎は、『そういうことでしょう』と笑い返す。


「ふーん……それ謙遜?」

「ん?」

「私は杏の話を聞いて、そうでしょうねと思ったわよ」


心は嬉しそうに言うと、『悪い気持ちはしないもの』と笑う。


「選んだ人を素敵だと言われることは、嬉しいなって……」


心は『お風呂に入ってくる』と言いながら立ち上がり、湯飲みを流しに入れる。

壮太郎は『うまいな』と口元を動かす。


「何?」

「いや、心が前に言ったことを思い出したから」

「前に?」

「その気にさせるのがうまいって、前に言われたけど……」


壮太郎も立ち上がり、自分の湯飲みを流しに持っていく。

心をそっと背中から抱きしめた。


「一緒に入ろうか……」


壮太郎の声に、心は首を振る。


「ん?」

「壮太郎さんはもう入ったでしょう。私は、一人の空間も大事にしたいから、
それはご遠慮します」


そういうと、向かい合うように姿勢を変え、頭を下げる。


「そうですか」


壮太郎は『それなら後で』と言い、心の耳元に軽くキスをした。

心は、自分と壮太郎の2つの湯飲みを流しで洗い出す。

壮太郎が和室に入り、ふすまを閉める音を聞きながら、自然と笑みが浮かんだ。





「もう行くよ、お父さん、お母さん」

「わかったから、ちょっとだけ待て、温」


そして快晴の空に、眩しい太陽があがり、

西森家の3人が、旅行に出発する日がやってきた。

壮太郎は車をマンション前に止め、持っていく荷物をトランクに入れる。

温は小さなリュックサックに、

お気に入りのおもちゃと、先生に出された宿題のプリントを入れ、後部座席に乗った。

心は最後に、窓の鍵や火の元の確認をして、二人が待つ場所に向かう。


「もう……遅いよぉ」


温はそう言うと窓を開け、『早くして』と二人をせかした。



「道路、混んでなければいいね」

「大丈夫だろう、まだ連休前だし」


3人を乗せた車は、マンションからの坂を下り、プリンをよく買うコンビニ前を通る。

そして、温が育った『くれよん保育園』の前にさしかかった。


「あ、とも先生だ」


温は窓に指を当て、『いた、いた』と騒ぎ出す。


「エ……どこに?」


心が視線を向けた時には、車はすでに園を通り過ぎてしまう。


「温、一瞬でとも先生がわかったの?」


心の言葉に、温は『うん』と頷く。


「とも先生、砂場にいた。大きなお花のエプロンしていたから、絶対、とも先生」


温は隣に座る心に、腰の部分を指さし、『ここにお花がついている』と説明する。


「本当に? 適当じゃないのか?」


運転をしながら出た壮太郎の言葉に、温は『違うよ、絶対だよ』と声を出す。

心は『温が正しいと思う』と声をかけ、その右手を挙げた。


「ほら、お母さんも僕の味方だ」


温は、自分の主張が認められたことが嬉しくて、笑顔になる。


「あ、ほら、見て『有森不動産』だ」


褒められた温は、次に目の前にある『有森不動産』を差す。


「本当だ。もうみんな来ているかな」


心の言葉に、温は『行こうよ』と言いはじめる。


「は?」


壮太郎は『今日は行かないよ』と信号で止まる。


「どうして? 行ってきますって言おうよ。今日も千紘いるから」


温は何かがあると立ち寄るため、

『今日も行こうよ』とウインカーを出した方向と逆を示し始める。


「そんなことしていたら、温。『カーズランド』で遊べなくなるぞ。
着いたらしまっていて、入れないなんてことになっても、お父さん知らないからな」

「エ……」


温は『それは困る』とトーンが下がる。


「温、ここから行ってきますを言えばいいよ」


心はそういうと、窓を開ける。


「ここから?」

「そう。きっとみんなに聞こえるから」


信号が変わり、壮太郎はウインカーの通り右に曲がる。


「行ってきまーす!」


温は『有森不動産』の建物に向かって、声をあげる。

予想外の大きな声に、心は驚き、壮太郎は『すごいな』と笑い出す。


「ふぅ……」


温は満足そうに姿勢を整えた。

3人を乗せた車は、西森家の絆を深める時を刻むため、

そこからさらにスピードをあげた。



【雲の上はいつも晴れ】  終





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コメント

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ありがとう

拍手コメントさん、こんばんは

いえいえ、遅いなんてとんでもないです。
感想ありがとうございます。
これからも、みなさんも私も楽しめる、『発芽室』でいきたいなと、
思っていますので、よろしくお願いします。