1 ふつふつの私 【1-4】



「野球部、サッカー部、それにバレー部。どこかの試合を見に行った経験は?」

「すみません、ありません」


3つの部が『ブル』にあることはもちろん知っていたが、

運動が元々好きではないため、仕事が休みの日に、わざわざ応援に行くことなど、

面倒だと思うだけだった。


「ない……」

「はい」


まずい、松尾さんの顔が、ここはウソでも見たと……


「ほぉ……」


どうしよう、初日から印象、悪くなりそう。


「それは広報が悪いな。社員を、よし、見てみよう、
応援に行こうという気持ちにさせていないのだから」

「あ……いえ……」


人のせいに出来るのかどうか。


「それでは、他の人達から応援が来るわけない。ここはしっかりやらないとな」


入社して、何度かチケットを渡されたけれど、全て朋花とみち君にあげてしまった。


「石橋さんか……」


デスクの上に、重なっているポスター。

その横にある封筒。


「あ、あの、仕事、これを折って入れるとか……」


雑用ならなんでもやります。

知識がなくても、動くことくらいは出来ると伝えないと。


「いやいや、まだ入れるものがあるからいいよ。そんなに焦らずに」


松尾さんは、また楽しそうに笑い出した。

よかった、呆れたわけではなさそう。


「そんなに初日からガチガチにならないでよ。大きく息を吸ってさ、
覚悟決めてやろうぜ、石橋さん」

「はい」

「俺が教える。で、あなたも考える」

「考える?」

「そう。素人だからこそ、俺たちが思い浮かばないことが浮かぶかもしれない。
変えるためには、そういうぶつかりあいが絶対に必要だから」


残りの2つの席には、サッカー部の担当をしていた2名が、

来週神戸から来ると説明を受ける。

具体的なところはそれからと言われ、

私はとりあえず『はい』と返事をするしか出来なかった。





「思っていたよりも、荷物あるね」

「そうかな、最低限にしたつもりだけど」

「これで?」


引っ越し後、初めての週末、『森永ちゆき』が訪ねてきた。

彼女は高校時代からの友人で、現在は総合病院の事務員として働いている。


「それにしても驚いたよ。営業部から広報部って、『ブル』ってそういう会社なの?」

「ん? うーん……」


そう、親には細かく言えなかったが、

『突然の異動』に関して、私には少しだけ気になる嫌な出来事があった。

ちゆきと自分、2人分の紅茶を入れてテーブルに戻る。


「そうだよね、普通あり得ないよね、営業から広報って。親にも言われたし……」

「何よ急に」

「実はさ、少しだけ気になることはある」

「気になること?」

「うん……断ったの、部長の誘い」

「誘い?」


『営業部』を仕切る赤城部長。

仕事はなかなか出来るが、女性に対しては色々と問題が多い



……と評判。



「仕事でどうしても無視出来なくて、何度か食事に行ったり、
お酒を飲んだりはしていたの。あ、でも、もちろん変なことはないよ。
そう勘ぐられるのも嫌だから、後輩を連れて行ったりして、2人だけは1度もない」

「うん」

「カラオケで覚えたい曲があるって、誘われたから、
それならみんなで行きませんかと提案したら、嫌な顔をされたの」

「うん」


赤城部長の話をした途端、ちゆきの身体が、紅茶を飲むことも忘れて前のめりだけど。


「他のメンバーには、下手な歌は聴かれたくないからと言われて、
まぁ、カラオケくらいならと、私もつい隙を見せたと言うか……」

「うん。で、何、飲みものに薬でも入れられたの?」


ちゆきのあまりの妄想に、話そうとした言葉が、一瞬バラバラになる。


「何それ、どこかの小説じゃないの」

「いやいや、そういう事件あるでしょう」

「違うわよ。私がいつ事件について話すって言った? そうではなくて、
個人的に、付き合ってもらえないかと……」

「何、堂々と不倫をしろと?」

「不倫ではないです。部長は独身」


そう、赤城部長は今年40になる独身。結婚して離婚をしたのではなく、まだ未婚。


「未婚……」

「そう、でも私にそういう思いはないから、申し訳ないけれどって……」

「かっこよくないの?」


ちゆきらしい台詞。


「かっこいいとか悪いとかじゃないでしょう。仕事だもの、上司と部下、それしかないし」


仕事での付き合いしかないので、個人的に一緒の時間を過ごしたいという、

そういった気持ちにはならなくて。


「そうしたら、1週間後だったの異動の辞令」

「エ……その人、そんな権利あるわけ?」

「いや、わからない。でも、噂にはなっていたの、『バーズ』のてこ入れ?
新しいことをしていくから、監督も変えるし、選手も補強するって。
で、広報部も、今までの考えにとらわれない発想をする社員たちを加えてって……」

「ふーん」

「言われた瞬間は、どうして私? と思った。だっておかしいしょう。
若手の社員が異動するのならわかるわよ。それがさ、30になろうかという、
営業部の事務担当女子社員が、わざわざ抜擢される?」

「されたのでしょう」


ちゆきは、そこで初めて紅茶に口をつける。


「だから抜擢じゃなくて嫌がらせというか、島流しみたいなものかな……と。
嫌なら辞めていいですよ……というような」

「島流し……いやいや、千葉流し?」


ちゆきは自分の言った台詞が、

ちょっとしたダジャレになっていたような気がしたのか、嬉しそうに笑い出した。


【1-5】



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