2 熱量の違い 【2-2】



「エーッ、これ本当に、郵便局へ持って行くつもり?」

「うん……。業者の人、言っていたでしょう」

「本当に本気?」

「本気ってどういうこと?」


不動産屋から部屋に戻り、

私はこの先の展開が見えてよかったと思いながら、ネギを刻む。


「そういうところなんだって、結花のなんていうのかな、ふつふつは」


ちゆきはネギを刻む私のそばに立ち、なぜかその場で回りながら訴える。


「わけのわからないことを言わないで。嫌なのよ、名前が書いてあるのに……
で、言っていたでしょう、勝手に捨てたり開けたら、犯罪だって……」

「でも、実際はって笑っていたでしょ、業者さんだって」



まぁ、そうだけれど。



「あ、そうだ、ポストのところに書こうかな、
『今現在は三井さんではありませんから、入れないで』って」

「なら、あなたは誰ですかってなるかもよ」

「それならそれで石橋ですって……そうだ、石橋ですって出した方がいいのかな、表札」

「辞めた方がいいよ、女性の一人暮らしだって思われるだけで面倒なのに、
名字までわかったらさらに面倒」


ちゆきは手を振りながら、名前を出すことを否定する。


「石橋って書くだけで、女性の一人暮らしがわかる?」

「筆跡である程度判断できるし、カーテンの色とかさぁ……。
まず、このアパートの外観見たら、家族用の物件ではないことはわかるでしょうし」


ちゆきは形と大きさを考えればと意見をした。

確かに、長方形に近い形は全面がわかるので、複数の部屋があるものだとは思わない。

カーテンの色かぁ、確かに男性か女性か想像出来るかも。

そうか、そういうことまで考えなかったな。


「名字がわかると電話番号とかも漏れやすい。
つまり、結花が名前を明らかにすることイコール、詐欺にデータを与えることになる。
ここさ、オートロックでもないし……」


ちゆきの意見が、頷かなければならないくらい、普通であることが不思議。


「詐欺に……そうか、確かに」


プライベートを守りたいということからか、同じアパートの他3件も、全て表札がない。

だから、一人だけ名前を明かすことも、どこか気が引けた。

そのこともあり、引っ越してきてまだどんな人が住んでいるのかも、

正直わかっていないところがある。


「結花の予想通り、この人、結婚したのかもね」


ちゆきは、『ウエディング情報誌』があったでしょうと言ってくる。


「あぁいった雑誌って、その時期じゃないと申し込みしないだろうし、
そろそろかなとか、プロポーズされたとか、そういうおめでたいことがあって、
で、ここじゃ狭いからお引っ越し……じゃないの?」

「あ、うん、そうだと思う」

「そうだよ、そうだよ。今頃どこかで彼氏とベタベタしているって」



ベタベタって……



「さて、何作るの?」

「何言っているの、ちゆ、考えて買ったでしょう、材料」

「何だっけ」

「もう!」


いい意味でマイペースなちゆきとの時間は、いつもあっという間に過ぎていく。

その日はたくさん食べて、たくさん話して、たくさん笑った夜だった。





それから週が変わり、いよいよ広報全員が揃うのかと思っていたのに、

2つの机は空いたままで、その代わりに10名くらいの背の高い男性が、

この狭い小屋の中で、本社から戻る松尾さんの到着を待っていた。

『バーズ』の選手たちは、仕事を終えてから練習があるため、

勤務はほぼ午後からになっている。

これほどの人口密度は今までなかったので、

ただでさえ狭い場所が縦にも横にも、窮屈に感じる。


「昨日の、ネットニュース見ただろ」

「あぁ……驚いた」

「どういうことだよな」


飛び交う言葉が、自分の上の方を流れていく。

身長差があるって、こういうことだと感じた私。

選手達は何か不満があるようで、表情はあまりよく見えない。

それにしても、ネットニュースって何。

何も見ていない私としては、今からでも見て……


「石橋さんですよね」

「はい」


バッグに入れて携帯に触れた手を、慌てて元に戻す。


「話、聞いていますか?」


チームのセッター『市川幹也』。年齢は26歳。

これでも、一応スタメンくらいは覚えてきた。


「すみません、どういうお話なのか」

「聞いてないですか」


急に訪れる、静かすぎる時間。


「うわぁ……さすがお荷物バレー部。担当広報も詳細知らずだって」

「おいおい、ウソじゃねぇのか?」


他のメンバーから、豪快な笑い声が響き渡った。

昨日の『ネットニュース』で何か、大きな発表があったということだろうか。


「すみません、私の勉強不足です。何があるのか教えていただけますか」


確かに、きちんと知っておくべきことを知らないというのは、担当者としてマイナス。

自ら志願してなった広報ではないにしても、やると決めた以上、

しっかり仕事をしないと。

彼らの方が私より若いことはわかっているが、ここはしっかりとお願いする。


「新加入のことですよ」


市川君はそういうと、『平野旬』という名前を出してくる。


「平野旬……」


誰だろう……

再び巡ってきた、静かすぎる時間。


「エ……彼も知らないですか」

「すみません」


市川君はあきれかえっているのだろうか、無言のまま指を動かし、

私にスマホを寄こした。


【2-3】



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