3 気持ちを乱す男 【3-1】

3 気持ちを乱す男



「もう、小松さん……本当にくどいですね。
昨日は気持ち切り替えるって言ってたじゃないですか。
こうなったら大東京で、プライベートを充実させて生きるって」


少し笑いながら、そう小松さんに声をかけた本田さんは25歳。

入社1年目からサッカー部の広報だった女性。


「言ったよ、言ったけど、でもなぁ……」


小松さんは、華のあるサッカー部から、こっちに来たことが気に入らないのだろう。

なんとなく気持ちはわからなくもないけれど。


「松尾さんは、心機一転、頑張ろうって言っていたでしょう」

「松尾さんはいいよ、本社の広報や上層部からも信頼厚いし。
元々、選手として顔があるから、人との関係もうまいし」


小松さんは何やらファイルを取り出して、チェックし始める。


「松尾さんと俺、男2人だろ……となると平野さんの担当、やっぱり俺がするのかな」

「まぁ、そうじゃないですか? チーフが自ら個人の選手にべったりは無理でしょう」


本田さんはそういうと、宛名のシールを封筒に貼り始めた。

2人とも、広報の仕事に慣れているから、話ながら、ため息出しながらでも、

動きに無駄が無く見える。


「私、商店街にこれお願いしてきますね」

「あ……すみません、いいですか?」

「はい」


午後には松尾さんが戻ってくるから、それまでご近所周り。


「それじゃ、行ってきます」

「よろしくお願いします」


工場にある自転車を借りて、ここから15分ほど走った場所にある商店街や、

町会担当者のところを回り、ポスターの掲示と、

チケットの割引購入のお知らせをしないと。

運動は苦手の私だけれど、自転車は乗れる。

季節は5月。

風も日差しも優しく後押ししてくれるような、そんな暖かさだった。





「すみません、お世話になっております。『バーズ』です」


松尾さんから渡された協力店舗一覧。

まずはこの理容室。『バーバージャブ』は、結構選手も利用しているらしい。


「はいよ……ポスターだろう」

「はい。今年もよろしくお願いします」

「わかったよ」


ちょうどお客様がいたので、お仕事の邪魔をしないように、

丸めてあるポスターを台の上に置いた。


「なぁ、広報さん。平野入るだろ。いつから練習出るの?」

「あ……えっと」


そういえばいつからだろう。そういう話は松尾さん、何も……


「すみません、具体的なことはまだ聞いていなくて」

「そっか」


頼みにくるだけ来ておいて、質問には答えられない未熟広報の私。


「まさかあの平野が『バーズ』に来るなんて、驚いたけどさぁ。
あのスパイクがあれば、今よりは上にいけるだろうよ」


ハサミを動かしながら、ご主人は『まずは勝率5割だな』と笑う。


「いやいや、バレーは打つだけじゃないからさ、難しいと思うよ。
『バーズ』はとにかく拾えない」


髪の毛を切られているお客様も地元の方だろうか、バレーに詳しそうだ。


「そうだよな、だから攻撃が単調なんだよ。幹也には言ったんだ。
もっと追い込めるはずだ、お前がもっと欲出して、強く言えって」


幹也……

あ、市川君か。


「市川はうまいけど、性格が弱い」

「そう言うなよ。うちの娘に言わせたら、繊細なんだと」


なんだか話は楽しそうに続くが、いつまでもここにいるわけにはいかないため、

『またお邪魔します』と頭を下げて、次の場所に向かう。

精肉店にお米屋さん、さらにカラオケ店まで、

みなさん、気持ちよくポスターを引き受けてくれた。

『ブル』の社員達からは、忘れられているようなバレー部だけれど、

弱くても、地元からの応援はとても大きくて、あたたかい。



『中華二番』



扉をゆっくり開けると、威勢のいい『いらっしゃいませ』の声に出迎えられる。


「すみません、『バーズ』です」

「あ……あれ?」

「はい、新入りの広報です。石橋と申します」

「あ、そう」


商店街の中でも、このお店が一番古い応援団だと、松尾さんから聞いている。

ご主人も奥さんも、学生時代はバレーをしていたそうで、

毎年、最下位だろうかとハラハラする成績の『バーズ』を、

あたたかく地域のみなさんが応援してくれるのも、こちらの力が大きいらしい。

選手達もここを贔屓にしているため、そういえば事務所の机に、

メニューが置いてあったっけ。


「ポスター?」

「はい。またリーグ戦が始まる時期になると、別のをお持ちできると思いますが、
とりあえず、ファンクラブの会員募集と、イベントがいくつか決まっているので、
そのことも……」

「そうだよね。『さざなみ杯』のオープニングにも参加してもらっているし」

「はい」


『さざなみ杯』というのは、このあたりの小学生チームが、

毎年行っているバレーのリーグ戦だ。7月の開会式には、

『バーズ』の選手がイベントと、最初の試合のラインズマンをいつも引き受けている。


「ねぇ、広報さん……あ、えっとなんて言ったっけ」

「石橋です」

「あ、ごめん、ごめん、石橋さん。
今年から親たちの大会にも、『バーズ』のみなさんに顔を出してもらえないか、
会社側にかけあってくれない?」

「親……ですか」

「そうなの。秋くらいかな」

「あ、よせよせ、おばさんたちのドタバタした試合なんて、来てくれるわけないだろうが。
『さざなみ杯』は子供だから出るんだよ、未来を考えて」


厨房から届く、ご主人の声。


「ドタバタって何よ、失礼ね。結構みんな頑張って取り組んでいるのよ。
未来を考えて? いやいや現実も見なければダメよ。
主婦の力を馬鹿にしたらチケット売れないからね」


私は、奥さんから渡された用紙を受け取った。


【3-2】



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