4 冷たい台詞 【4-1】

4 冷たい台詞



確かに、今日のイメージだけで決めつけてしまうのは、問題もある気がするし。

あらためて、平野さんが置いていった用紙を見る。

取材される雑誌も、インタビュー予定のラジオ局も、どちらも一流。

それだけ注目される人ということ。



それにしても……



他のバレー部員は仕事をしている時間なのに、平野さん帰ってしまった。


「松尾さん」

「何?」

「平野さんは、チームのみんなのように、仕事はしないのですか」

「平野の仕事?」

「はい。みんなはそれぞれ仕事もこなしていますよね。
それなのに、平野さんはあのように帰るわけですか」


わからないことは聞いてみる。


「あぁ、そういうことか。うん、あいつは社員として仕事をする契約じゃないからね。
バレーに関係することだけしかしない」

「だとすると練習だけ来るのですか。もしかしてプロ……」

「まぁ、プロと言えるのかな。前にいた『ブルーサンダー』の時から、バレーのみだ。
一般の社員がするような営業もしていない。年間契約を結んで活動している。
あ、ただ、チームの広報活動には、参加するようには契約がしてある。
だから向こうでもCMに出ていたし、うちでもきちんと参加させるよ」


バレーの世界では、それほどプロ選手は多くないと聞いている。

全日本のエースと言われた人なだけに、やはり待遇も特別。


「攻守の中心になるウイングスパーカーとしては、まぁ、多少、きつくなったとしても、
全体の力を考えたら、『オポジット』として出来ると思うけどね。
今、聞いていた通り頑固だし、面倒なヤツだけど……」


『オポジット』

バレーの用語。セッターと対角にポジションを取るアタッカー。

試合はライトのポジションから始まることが多く、

サウスポーの選手が入っていることが多い。

攻撃的なポジションで、ほとんどレシーブ、つまり守りはしない。

常に打てる体勢で待っていて、バックからでもアタックを打っていく。



……と、ネットに書いてあった。



「でも、今のうちには、あいつのバレーに対する考え方は、絶対にプラスになる」


最下位争いに落ち着いている『バーズ』にはということだろうか。

松尾さんは、今朝この場所にいた小松さんと本田さんが、

2人でチームが練習試合に向かうためのバス手配をしにいったと、教えてくれた。





「はぁ……疲れた」


平野さんの登場で、予想外の出来事があれこれあったからなのか、

今日は足が結構だるい。

アパートの駐輪場に自転車を止めて、ビニール袋を持って階段をあがる。

ドアノブに手が届くと思った瞬間、隣の扉が開いた。


「あ……」


引っ越しをしてから、初めてお会いする隣の人。


「あ、こんばんは」

「どうも……」


髪の毛はちょっとボサボサな、メガネの男性が頭をさげてくれた。

偶然のタイミングで、隣の男性と玄関前で鉢合わせ。

『こんばんは』と普通の挨拶だけを済ませ、それぞれ……


「すみません、201に引っ越してきました、石橋と申します」


そうそう、後から来た方が名乗らないと。


「あ、どうも。そうだよな、やっぱり新しい人になったんだ。だよな……普通」


男性は、軽く頭を掻き、一度スウエットのウエスト部分をあげる。


「202の『三ツ矢達彦』です。ただいま、売れない漫画家として奮闘中です」


三ツ矢さんはそういうと、『では……』とすれ違おうとする。


「あ、あの三ツ矢さん」

「はい」

「今、やっぱり新しい人にって言われましたよね」

「あ、うん」


そう、何か含みがあるような言い方をされた。


「前の方、ご存じですか? 三井さんがどこに越されたとか」


あの封筒、誕生日カード入りの封筒を、どうにかしたい。


「いや、知らないなぁ。越してきて最初の数ヶ月はよく見かけたけど。
こんなふうに挨拶したりして。でも、今年に入ってからかな。全然見かけなくて。
荷物はあるけれど、人はいない……というような。で、男性が訪ねてきて、
『おい』なんて声をかけたりもしていったけれど、返事がなくてね」


男性……


「まさか部屋の中で、何かが起こっていたら嫌だな……なんて思っていたけれど、
気づいたら荷物の運び出しが始まってました」


三ツ矢さんは、結局、挨拶はしなかったと話をする。


「そうですか」

「背の高い男性が、何度か来てましたよ……。でも、もう見ないな」


背の高い男性。

やっぱりそうなると『平野旬』というのは、あの平野さん。

バレー選手だもの、今日歩いているのを見た時にも高いと思ったし。


「それって、バレーの選手ではないですか?」

「バレー? 誰が」

「あの……ここに来ていた男性」


三ツ矢さんは首を傾げる。


「悪いけど、俺、スポーツ全く興味ないんだ。
だからあの男の人が選手かどうかと言われても……」

「あ、えっと……」


そうだ、携帯。

『平野旬』で呼びだせば、きっと写真が……


「すみませんが、コンビニに行きたいのでいいですか?」

「あ、ごめんなさい、そうですよね、私、引き留めてしまって」


そう、三ツ矢さんにとっては、『平野旬』が誰だってどうてもいいこと。

私はここで引き下がるしかなく、

結局、封筒の『平野旬』が平野さんだと確定出来ないまま、

その日を終えることになった。


【4-2】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント