5 広報とは何か 【5-3】



全員が顔を合わせたのは3回目だから、それなりに流れていくはず。

準備運動から、それぞれのストレッチ、ボールを扱う時間が始まる。

最初は『レセプション』の練習ということらしい。

レシーブをして、正確にセッターポジションにいる選手に返す。

その返し方も、ふわっとしたものから、速攻につなげるような少し角度のあるものまで、

パターンは色々とあるらしく、コーチからの指示が飛んでいた。

今日もこのまま特に問題など起こらず、流れていくのだろうと思いながら、

ブログに使うため、カメラを出して写真を撮ることにする。

それにしても、バレー自体をあまり知らないので、どの瞬間を撮ればいいのか、

いまいちわからなくて。

離れても全体を映した方がいいのかな。

それとも選手一人ずつ……


その時、コートにボールを打ち込んだ音が聞こえ、私は顔を上げた。

なんだろう、なんの音?

音という音が、一瞬で消えたようになる。


「時間の無駄だ」


平野さんは、セッターの市川君をにらみつけた。


『時間の無駄』


平野さんが叫んだのは、その一言だった。

2つの方向から続いていた練習は、止まってしまう。


「市川、お前、何考えて触っている」


平野さんの声に、市川君は黙っていて。


「練習だからか、トスを上げる必要はないボールだからか。
そんなことを考えること自体、甘いんだよ、貪欲に試せ」


平野さんは自分の後ろに並んでいるメンバーの方を見た。

明石さんをはじめ、ほとんどのメンバーが下を向く。


「『バーズ』の練習。黙ったまま、とりあえず流れを見ていたけれど、
明らかに時間の無駄が多い。ただでさえ練習時間が少ないんだ、
一つのボールに対して、もっとこなさずにどうする」


平野さんは、そういうと同じポジションに黙って入って、

来たものをあげるだけでは進歩がないと言い始める。

そういえば平野さん、松尾さんに遠慮無く意見を言うと話していた。

私は、こんな時にカメラを構えているのは悪いと思い、腕を下にする。


「一歩右に出て、あえて難しい場所から入ってみればいい。
相手のサーブなんて、まっすぐ正面にくるものじゃないだろう」


平野さんは、両手を動かしながら説明し、並んでいる選手達の横に立つ。


「人が受けている時、隣のヤツと笑って会話をする余裕があるのかよ、お前に」

「平野……」


しかし、明らかに体育館の空気を冷たくしてしまった平野さんに対して、

監督の若松さんから声がかかる。


「そこまでにしておけ」

「若松さん、俺、言いますよ。松尾さんからもOKもらってますし」

「まぁ、待て」


私は、ただここにいていいのだろうか。

チームの『広報』。

そう、広報なのだけれど、だからといって、

こんな状態を止めに入ることが出来るとは、到底思えない。

一般常識とか、そういう話で揉めているわけではないため、

どっちが正しいのか、間違っているのか私にはわからなくて。


「時間には限りがあることを、もっと真剣に考えろ」


平野さんはそういうと、ベンチにあるタオルをつかみ、そのまま練習から外れてしまう。


「平野さん……」


視線だけが、声をかけた私の方を向く。


「どこに……」

「お前には関係ない」


それだけを言うと、平野さんは体育館の奥にある用具室前の廊下へ出てしまう。



『お前には関係ない』



首にタオルをかけている平野さんの姿だけが、私には見えている。

何を考えているのか、どうしようとしているのか、全然わからない。



『広報』って何をすればいいの。



「続き、ほら、時間が無いぞ」


監督の若松さんの指示が入り、練習はまた再開される。

会話や笑い声がなくなったため、体育館の空気は、さらに重くなった気がした。





「怒った?」

「はい。平野さんがいきなりセッターの市川君を怒って。で、その後、
他のメンバーにも……」


次の日、私は松尾さんに状況を話した。

小松さんや本田さんも聞いてくれたが、みなさんそれほど驚きはなさそうで。


「そういうとき、どうすればいいのかわからなくて」


そう、広報として何をしたらいいのか。


「まぁ、ぶつかることもありますよ、色々と」

「そうですよ、石橋さん、いちいち気にしない方がいいですよ」


サッカー部でも、練習中の意見が対立することは結構あり、

男同士だから口調も荒くなることはあると、言われてしまう。


「黙って見ていればいいということですか」

「まぁ、チームの中のことは、監督とコーチに任せないと。
俺たちはコートの外で起こることに、時間を使う」


そう、チームには監督とコーチがいる。

私がオロオロするより、お任せする方がはるかにうまくいくだろう。

そうは思うのに、あの冷たくなった空気感を、忘れることがなかなか出来ない。


『お前には関係ない』


お前と言われたからとか、そういうことではなくて。

平野さんの存在が、用意された箱におさまらないどころか、

無理だと思っているのに、ギューギュー押し込んでいる気がして。

どう処理をしたらいいのかわからない言葉やため息が、何かの拍子に飛び出てしまって、

また私は余計なことを言ってしまいそう。

それでも、他の広報担当者たちが、この話はもう終了という雰囲気を見せるため、

私も言葉を出さずに予定表を見る。

休みだと思っていた土曜日に、印を見つけた。


「松尾さん、あの、あさってですか……これ」

「あぁ、うん。土曜日だけど、『ジャンプアップ』っていうテレビ番組なんだ」

「『ジャンプアップ』」

「そう。トップアスリートが、子供達の練習場所に出向いて、
一流のプレーを教えてあげるという企画。今回バレーボールでさ、
向こうが平野を指名してきていたわけ。協会からも頼むと言われていてね。
テレビ、協会、チームの宣伝。3拍子揃ったら断れないだろう」

「平野さんを……」


思わず、昨日のことを思い出す。


「大丈夫でしょうか」

「ん? 大丈夫とは」

「あ……えっと、平野さん、昨日のように強く言わないかなと」



ガンガン……



「あいつだってそれくらいわかるだろう。チームのメンバーに言うように、
子供には言わないよ」


松尾さんは『たぶんね』と付け加えると笑い出す。


「私、付き添いですよね」

「うん。その代わり月曜に休みでいいよ」

「あ……はい」


大丈夫だろうかと思いながら、『わかりました』と頷くしかなく、

その日は仕事を終え、気持ちの重たいまま駅に向かった。


【5-4】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント