6 雲に乗るトス 【6-1】

6 雲に乗るトス



先に来ていたテレビ関係者の女性が、私たちの車に慌てて向かってくる。

私はすぐに助手席を降りると、頭をさげた。

そう、名刺……


「『バーズ』さん、大変申し訳ありません」

「エ……」

「今、子供達を乗せたマイクロバスの運転手から連絡がありまして。
車両の故障があったと」

「故障?」


子供達の乗ったマイクロバスのエンジンに、不具合があるのか、

妙な音がすることに気付き外に出て見ると、エンジンから少し煙りらしきものが出たと、

報告を受けたという。


「すぐに代車を用意して、向かっていますが、
あと30分くらいはどうしてもここまで来るのにかかると」

「あ……はい」


平野さんが駐車場に車を止めて、運転席から外に出てきた。

プロデューサーの女性は、すぐにそちらへ走り、同じように説明し始める。


「すみません、本来ならお待ちしている状態で迎えないとならないのに。
大変ご迷惑をおかけします」

「いや……」

「申し訳ありませんが、こちらに……」


スタッフに、平野さんのために用意した、体育館の小さな部屋へ案内される。

元々は用具室のようだが、今日はきちんとテーブルや椅子があって、

その上にはお菓子と飲み物が用意されていた。

平野さんが荷物を置く。


「あ……」


そうだ、あのチョコとヨーグルトのセット。


「コンビニに……」

「いいよ」


平野さんにすぐ止められる。

確かに今、車の中で言われたけれど、そのまま拒否するっていうのは、

すごく子供の気がするけれど。


「大丈夫です、行きますから」

「いいって言っているだろう」

「買い物を拒否したと、決めたのは平野さんです。私はそういう意味で……」


私は、コンビニへ買い出しに向かうことを、断った覚えはない。


「これから運動するからいいんだ。あれは取材の時だけ」


取材の時だけ。


「そうですか」


平野さんは上着を脱ぎ、『バーズ』のユニフォーム姿になると、

そのまま体育館へ入り、一人床に座ってストレッチをし始めた。

私は靴を脱ぎ、スリッパを借りて平野さんのそばに向かう。

シューズの、キュッキュッという音が聞こえてくる。


「なぁ、ボール、借りてもいいか聞いて」

「ボール? あ、はい」


バレーボール。

私はそばにいたスタッフに『ボールを借りていいのか』と尋ねた。

スタッフさんは、すぐに出してくれる。


「すみません、練習用のものは子供達の方で持ってきます」

「わかりました」


貸してもらったボールは、大人用のもの。

大きさが子供用とは違っている……らしい。


「お前、バレー経験は?」

「バレーですか……体育で少し」

「ふーん」


10分程度、ストレッチなどが続き、平野さんは借りたボールを持った。

何度か左手でボールを叩き、床で弾ませるようなことをした後、

それを壁に向かって投げ、戻ってきたボールをレシーブする。

同じ様な軌道を作り、ボールは壁に当たった。



バレー選手にしてみたら、あまりにも簡単なことなのかもしれないが、

壁の同じ位置にぶつかり、同じような場所に戻ってくる流れ。

私は、そのプレーから目がそらせなくなった。

私のバレー経験は話した通り体育の授業だけで、この人生の中の数時間だけれど、

平野さんが今まで、バレーに費やした時間は……きっと……


「あ……」


数回レシーブをした後、少し高めにボールが戻ってきて、

平野さんは身体の向きをスッと変えると、そのボールを上げた。



今のはトス……

そう、セッターがアタッカーに向かってボールをあげる。

あのトスだ。



構えた両手の中に、ボールが一瞬包まれるように入った後、

音もしない柔らかいタッチで、送り出されたボールは、

まるで『風に導かれ、雲の上に乗っている』かのように、素直に上昇して……



床に落ちた。



私は、すぐに落ちたボールを拾いに向かう。

もう一度、今のプレーを見たくて、急いで拾ってきたボールを前に出す。


「平野さん、すみません。もう一度、今のプレーを見せてくれませんか」


雲の上に乗せたような、トスが見たい。


「嫌です」


思い切り、躊躇無く断られた。



『嫌です』

今、そう言ったよね。



「あの、平野さん……」

「なんだよ、ほら、ボール寄こせ」


平野さんは、私の手からボールを奪っていく。


「あの、平野さん……」

「ほら、邪魔だ」


ふわりと浮かんでいたあのボールは、今、目の前で弾かれて床に落ち、

バンバンと音をさせている。

ほんの少し前の、柔らかさとか軽さは感じられなくて。


あれはいったいどういうことだろう。

ボールが丸くて、転がることは知っているけれど、

あのように浮かんだ、そう、まるで雲の上にでも乗って、

運ばれたように見えたことは、今まで一度もない。

ボールだけがふわりと流れていく……そんな……


「平野さん」


ダメだ、言葉では言えない、うまく表現できない。

頭の中のボールの残像が、だんだん薄れてきて消えてしまうかもしれない。

消したくない。



もう一度……



「平野さん、お願いします。もう一度、今のプレー見せてください」


もう一度、見てみたい。見て納得したい。

私は無意識に平野さんに近づき、ボールに触れていた。


【6-2】



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