6 雲に乗るトス 【6-3】



「ありがとうございました」

「試合、頑張れよ」

「はい」


予定されていた時間に子供たちが遅れたため、テレビ局側が気を遣い、

練習時間を短くしてもと提案してくれたが、平野さんは予定通り、

いや、それ以上の時間を使って指導をした。

集合写真の後も、お願いされた子供達にサインをしていく。


「すみません、お時間大丈夫ですか」

「はい……」


ここにあるのは平野さんの時間だ、平野さんがいいならそれでいい。

私は会社に渡す書類を受け取り、関係者のみなさんに挨拶をする。

貸してもらったボールは、その段階で戻すしかなく、

『雲に乗るトス』は再び見ることがないまま、体育館を出ることになった。



空の上には、少し厚めの雲。

あの雲の上に、バレーボールは乗っていない。

でも、あのトスでボールを上まで送れたら、きっとふわっと乗ってくれるはず。

なんだろう、私は何もしていないのに、

気持ちが高ぶったり落ち込んだりしているだけで、妙に疲れてしまった。


「駅でいいのか……」

「はい」


毎日、毎日ボールを触って、負けたことが悔しくて涙を流して、

そんな努力の中で得たものが、あのトス。

私には、絶対にあげられないもの。

窓の外を見ると、なんとなく駅に近くなったことがわかる。


「今日は、失礼なことを言って、すみませんでした」


今日は私が悪い。

しっかり謝るべきだと思い頭を下げた。

平野さんからは言葉が戻らない。

『今さら謝るのか』と思っているのかもしれないけれど。


「平野さんと私は、同等ではありません」


そう、全然違う。


「なんだよ、急に」

「子供達、本当に目がキラキラしていました。
自分もいつか、こんなふうになりたいっていう思いがすごく出ていて」


そう、真剣に話を聞いていた。


「みんな、家に戻って平野さんのサインを見ながら、今日のことを思い出すのかな」


憧れの選手と会って、練習を一緒にして、写真を撮って、

幼い頃の大切な思い出として……


「覚えていればな」


覚えて?

いや、覚えているでしょう、あれだけキラキラしていたのだから。


「今日は子供達でしたし。集合写真も撮りましたよね。
きっと写真も部屋に飾ったりして……」

「どんどん新しい人が出てくるからな。スポーツも今は色々習えるし。
数ヶ月後には、なんだっけ、これ誰だっけとなるかもしれない」



誰だっけって、もう、いちいち……



「あの!」

「バレーだよ」

「エ……」

「子供達が輝いて見えたのなら、それはバレーボールの力だ」



バレーボールの力。



なぜなのか、どういう意味なのか、聞きたくなるかと思っていたのに、

頭に浮かんだのは、あの『雲に乗るトス』


「……かもしれないですね」


単純に、知りたいと思った。

もっと、『バレーボール』を。

自分にあんなことが出来るとは思わないが、もっともっと『応援』出来る、

そう、『広報とは何か』の答えも、見えてくるものがある気がして。


「失礼します」

「お疲れ」


私は平野さんの車を見送った後、そのまま駅の近くにあった書店へ駆け込んだ。





そもそもバレーボールというものは、25点を1セットにして戦う。

先に3セット取った方が勝利となるが、最後の1点を前にして、

互いに24対24のときには、2点差をつけるまで勝負は決まらないため、

30点を過ぎてもまだ戦うこともある。

しかし、2セットずつ取り、最後の5セット目は25点ではなく、15点で決着する。


「そういえば……そうだったかな」


学生時代、体育で得ただけの知識だから、ほとんど忘れている。

あらためてルールを見てみると、発見ばかりだった。私はさらにページをめくる。

バレーボールは、サーブの失敗でも相手の点になるため、

一度プレーが崩れてしまうと、一気に大量得点になる。

互いに、流れを引き寄せるのが非常に重要だ。

そしてプレーについて。

『レセプション』とは相手のサーブをレシーブすることで、

同じレシーブでも、スパイクをあげたものは『ディグ』と呼ばれる。

日本では、どちらにも『レシーブ』という言葉が一般的に使われてきたが、

国際的な用語を元にして、今は使い分けをすることが多いらしい。


「うわ……」

「何真剣に本を読んでるのよ」


急に肩を叩いてきたのは、待ち合わせをしたちゆき。

私は、読んでいた『バレーボールの本』をそこまでで閉じる。


「エ……何よ急にしまったりして。何読んでいたのよ、怪しいぞ」

「怪しくないです。ほら、『バレーボールの本』よ」


見せてもおかしくないので、書店がかけてくれた紙のブックカバーをめくる。


「あらまぁ、本当だ」

「『バーズ』の担当になったでしょう。でも、ルールとか全然知らないし」

「何、そうやって勉強しないとまずいわけ?」


まずいのかと言われると……どうなのだろう。

店内に揃って入ると、すぐにテーブル席に案内された。


「知識として、知らないより、知っていた方がいいでしょう」

「まぁ、そうだろうけれど……」


互いにメニューを持ち、何にするかと考える時間。


「この間ね」

「うん……」


ちゆきは視線をメニューに残したまま、返事だけをくれる。


「テレビ番組の撮影があったのよ。子供達にバレーを教える企画。
えっと……あ、そうそう『ジャンプアップ』って番組」

「『ジャンプアップ』? あ……聞いたことあるかも。で何、『バーズ』で?」

「ううん、平野さん」


私はそのとき、広報は4名いて、素人は私だけだということを話す。


「あ、そうだ、そういえば平野が入ったよね『バーズ』に。驚いたわ、あれは」

「うん」


ちゆきは頼むものを決めたのか、メニューを閉じた。

私は『ドリアのセット』にするべきか、『ハンバーグのセット』にするべきか、

考え続けていて。


「ねぇ、ちゆは何にした?」

「私? これ」


ちゆきが指を差したのは、『ドリアのセット』。


「そうなんだ、じゃぁ、私こっちにする」


私は『ハンバーグのセット』と決め、ウエイトレスを呼んだ。


【6-4】



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