8 唯一無二の人 【8-3】



『平野さんを戻します』



そう、市川君に宣言したものの、平野さんの連絡先も知らなければ、

もちろん家も知らない。

この場所に仕事に来るわけでもない人を、どうやって戻せばいいのか。


「はい、みなさん。今日から『ラッコーズ』に入部していただいた、
我らが『バーズ』の広報担当、石橋さんです」


あ、そうだ、集中、集中。


「石橋結花です。すみません、バレーは学生時代体育の授業で経験しただけですし、
本当に運動音痴なのでご迷惑でしょうが、隅っこにいさせてください」


私の自己紹介に、チームのみなさんは『若手が何を』と笑ってくれる。


「そんなふうに謙遜する人が、以外にねぇ」

「そうそう、やるのよ」

「大丈夫、大丈夫たいしたレベルじゃないから」


最初こそ、そんな言葉も出ていたが、ちょっとしたキャッチボール程度の準備運動で、

すでにポロポロとこぼす私を見たため、みなさん口には出さないが、

実は納得している気がしてしまう。



『運動神経』という人間に大事な神経が、私には備わっていない。



たぶんそうだ。



「はぁ……」

「どう?」

「あ、すみません」


休憩時間、お茶のペットボトルの蓋を開けて、一気に3分の1くらい飲んでしまった。

迷惑かけているけれど、私自身は結構充実感。


「石橋さん、本当に運動神経……ないね」

「……はい」


遠慮がちに言ってくれた澄枝さんの言葉に、笑いながら頷く。


「ごめん、ごめん。でもいいの、ここはバレーを楽しくやるところだから」

「はい、そう言っていただけるとほっとします」

「みんなで笑ったり、無駄なおしゃべりしたりね」

「はい」

「おしゃべりの方が、長いときもあるし」


澄枝さんは、『あ、そうだ』と言い、膝を私に見せる。


「ねぇ、次までにサポーターは用意してきな」

「そうですね、すみません、何も考えていなくて」

「いやいや、こっちもさ、靴だけあればいいようなこと、言った気がしたなと」


球拾いだと思っていたので、何も準備していなかった。

体育館履きはスニーカーの応用で済ませられたが、膝と肘は確かに危ない。


「スポーツ用品店でも買えるし、ネットでも買えるよ」

「わかりました、必ず」


私はネットで探そうと思いながら、またお茶を一口飲んだ。





『ラッコーズ』練習、初参加の次の日。

使い慣れていない筋肉を使ったせいなのか、なんとなく身体がだるい。

昨日、部屋に戻ってきて、あっという間に眠ったから、睡眠時間はとれたと思うのに。


「おはよう」

「あ……おはようございます」


松尾さんの顔を見た瞬間、また平野さんのことを思い出した。

私には『放っておけばいい』と言ってくれたけれど、

松尾さんと平野さんは親しいし、連絡先も知っているだろう。


「あの……」

「何?」

「平野さんから、何か連絡とかありませんか」


私の顔など見たくないと言われても、でも、伝えたいことは伝えないと。


「あぁ、うん」

「ありましたか」

「今度の練習試合には、参加しないって」


日曜日の練習試合。

新チームになって初めての試合なのに。


「それって、やっぱり……」

「いいって言っただろ、気にしなくても」


松尾さんは『いいから気にするな』と、手を振ってくれる。


「松尾さん」

「はい、なんでしょう」

「平野さんと話をさせてください。怒っているのはわかります。
会いたくないと言われても、仕方が無いところですが、
でも、私もこのまま広報の仕事を知らんふりして続けているのは……」


『唯一無二の人』。

市川君との話の中で、私はそれを知った。


「平野さんは、他の人に代えることが出来ない人です。
どうしてもチームに戻ってもらわないと、困ります」


『最後の1年』

平野さんはそう言っていた。なぜ1年なのかは知らないけれど、

その大事な1年を私が台無しにするわけにはいかない。


「うーん……」

「お願いします」

「俺は、石橋さんが謝る必要は無いと思っているけどね、
どう考えても悪いのはあいつだし」


松尾さんはそう言いながらも、私の表情で気持ちを理解したのか、

『今日、平野は本社に顔を出す』と教えてくれる。


「今日……ですか」

「あぁ……」

「もしかしたら、チームを辞めたいとか、そういうことはないですよね」

「それはないと思うぞ。あいつだって1年の契約をしているわけだし」

「いや……でも……」


まだ数回しか会っていないし、知らないことの方が多い気はするけれど、

なんとなく、そういう普通とか、規格内に収まらない人のような気がして。

『スパッ』と決めたら、実行しそうな。


「本社に、行ってきてもいいですか」


私は松尾さんの許可を得て、本社に向かうことにした。


【8-4】



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