9 バレーボールの心 【9-5】



「はぁ……」


『努力が水の泡』

そうか、一人で心配してもらったと浮かれ気分だったけれど、その通りだ。

体調が悪いのなら、担当を変わってもらった方がいい。

『バーズ』の練習もそうだし、今、私がここにいることも……



平野さんも、マスクなんかしてくるなら、変われと思っていたのかな実は。



「ふぅ……」



実際には、風邪ではないのだけれど。



暑くなる季節にしているマスクは、邪魔以外の何ものでもない。

誰もいなくなった控え室で、私はマスクを取る。

汗をかいたような口の周りを、ハンカチで拭いた。

この間にお茶を飲もう。

ペットボトルの蓋をひねっていると、『ガチャン』と扉が開く音が……



音がしたから、つい反応して振り返る。



「携帯、忘れた」


平野さんが戻ってきて目の前を通り、携帯をつかむとそのまま……


「なんだ、その顔」


赤くこすれた鼻の頭に気付き、思い切り指でさされた。





どうして戻ってきたのよ、出て行ったのに。

戻ってくるのなら、ノックくらい……



そうか、ここ、平野さんの控え室だった。

私の方がお邪魔をしているわけで。


「はぁ……」


マスク、はずさなければよかった。

外していたのだから、音がしても無視して振りかえらなければよかった。

いや、ダメか、この鏡があるし……


「あぁ、もう」


無理だけれど、両手を前に出し、自分の顔が見えないようにする。

今、あれこれ考えても、時間は戻らない。

そこからは鼻の頭を隠すことなく、堂々とお茶を数口飲んだ。





30分後、控え室に平野さんが戻ってきた。

ディレクターさんも一緒に戻ってきて、

『ありがとうございました』とお礼を言っている。


「秋になると、いよいよシーズンですね」

「そうですね」

「新生『バーズ』、期待しております」

「ありがとうございます」


この夏に行われる合宿や、その後の練習試合の後は、いよいよリーグ戦。

新しい『バーズ』のスタート。

ディレクターさんは数分立ち話をした後、控え室を出て行った。


「お茶……ある?」

「はい」


紙コップを取り出し、ペットボトルのお茶を入れる。


「うん」


平野さん、お茶を飲みながら、視線だけ確実にマスクに向かっている。


「お前、風邪じゃ無いんだろ、結局」


携帯を忘れ、部屋に戻ってきた平野さんに、見られた鼻の頭。

完全にバレバレな状態だけれど、だからといって見せたいものでもないし。


「まぁ……はい」


そうです、真っ赤なお鼻の……状態です。


「鼻の頭のサポーターは、いくら『MAZINO』でもないな」


そういうと、楽しそうに笑い出す。


「運動音痴だと言いましたよね」

「聞いたけど?」

「だからです」


ダメだからこうなった。説明などしようもない。


「は? それ、バレーでやったのか」

「……はい」

「おい、何をしたらそうなる」

「ボールを追いかけました」


私は練習人数が足りなかったので、コートの中に入ったが、

乱れたレシーブのボールを追い、距離感がつかめないまま走り、

ポールにぶつかったことを、きちんと説明する。

お茶を飲む平野さんから、『ふーん』とか『そういうことか』と

感想が戻るかと思ったのに、何も言われない。


「ポールにね」


そうです。


「まずいと思った瞬間、パッと手が出ないか? 鼻にぶつかるって……信じられない」


運動神経のいい人には、信じられないとは思いますが、

世の中には、大事な神経を生まれるときに、

お腹に忘れてきてしまったという人間もいるのです、これが現実です。


「で、10回続くようになったのか?」

「あ……壁当てですか?」

「うん」

「まだです」

「まだ? 何回出来た」



何回……



「連続でということですか」

「当然」

「……2回……です」

「2回? それ出来ていないだろうが。最初に投げて手に当てて、
で、次が来て打って……それで終わりか?」

「出来ています、それでも2回ですよね」


必死に言い返したけれど、自分の言葉に、自分で溺れてしまう感じ。


「2回……」


平野さんは両手をレシーブのような形にして、何やら動かす。


「2回か……」


そんなに首を傾げられても、ウソはついていませんし……


「2回……ね」


繰り返される『2回』の言葉に向かって、私は堂々と『はい』の返事を乗せた。


【10-1】



コメント、拍手、ランクポチなど、みなさんの参加をお待ちしてます。 (。-_-)ノ☆・゚::゚ヨロシク♪

コメント

非公開コメント