10 手紙の持ち主 【10-5】



いや、平野さんのものだと決まったわけでは……



決まったわけではないけれど。



でも、決まったわけではないのに、平野さんと会う度、話しをする度、

『今でも君を……』と、誰かに書いたのではないかと、

そういう気持ちが大きくなっていく。

ぶっきらぼうな言葉の奥に、考えは確かにあって。

厳しいことを言っても、その裏にはそれ以上の熱意とまっすぐさが見えてくる。



誰なのだろう、『三井優華』さんって。

三ツ矢さんが言うには、今年に入ってからあまり見かけなくなって、

ある日、突然荷物だけが出されていたと。


事情があって、この場所を出たのだろうか。

以前、郵便物の中にあった『ウエディング情報誌』は、平野さんとの将来を、

夢見ていたからなのだろうか。



あの平野さんに、時間を越えて思われる人って……



一体、どんな人なのだろう。



その日は、なぜか自然に眠ることがなかなか出来ず、

夜中に『ホットミルク』を作る。

別に見たいと思ったわけではないのに、しばらくテレビが消せなくて、

膝にはブランケットを置いたまま、なかなか進まない時計とにらめっこをし続けた。





「おはようございます」

「おはよう……」


カレンダーは7月に入り、いよいよ『さざなみ杯』が近づいた。

今月末に始まる、練習試合。

最初は東京の大学生が相手、ここ数年、恒例になっているらしい。


「あぁ……もう、小松さんの字、癖ありすぎて読めないですけど」


本田さんの言葉に、思わず立ち上がる。


「どうしました、石橋さん」

「あ……うん、ううん……」


そうだ『筆跡』。

どうして今まで、思いつかなかったのだろう。

平野さんのものかもしれないと思っている、あのカード。

平野さんの字がわかれば、特徴を見れば本人なのか、同姓同名の人なのか、

それがわかるかもしれない。

私は棚の中に入れたはずの、アンケート用紙を探す。

前に市川君が持ってきた。協会の選手名簿に載せる、あの……



あった……



私はファイルを開け、選手の字を見ていく。

『平野旬』の用紙を探し、最後の1枚に見つけた。



これ? これが平野さんの字?



なんだか丸っこくて、かわいい。イメージと全然違う。

『ん』なんて、思い切り足をあげたみたいな、ぴょこっと……こう……



いや、でも、身長とかバレーの経験とか、データが乗っているのだから本人だよね。

あの雰囲気には全然マッチしないけれど。

でも、だとすると、あのカードの文字は平野さんではないことになる。

もう少し右上がりの字というか、いや、こんな『乙女チック』な書体ではなかったから。


「どうしました? アンケートなんて引っ張り出して」

「あ……うん」


本田さんは予定が合わない日はどこですかと、1枚のメモを出してくれる。


「私は……」


そう言いながらメモの文字を見ると……


「これ、本田さんが書いた?」

「あ、はい。私の字です」


そう、まん丸のかわいらしい字。

『石橋さん』の『ん』の文字。


「ねぇ、もしかしたらこれ、本田さんの字?」


私は、平野さんのアンケート用紙を前に出す。


「あ。そうです、これは私が書きました。平野さんに出してくださいって頼んだら、
なかなか用紙が戻らないし、締め切りがあるからと言ったら、
最後は去年と同じことを書いてくれ、それでいいって」


うわぁ……やりそう。


「そう」

「そうですよ、体育館での練習中。隅っこでずっと……って、あれ?
協会からバツ出ませんでしたよね。今更何か文句言われてます?」


本田さんは、平野さんのアンケート用紙の最後、今年の目標というところは、

松尾さんが口で言ったことを書きましたからねと、単独ではないとアピールする。

共同作業だと言いたいのだろう。


「ううん、そうじゃないの」


この字、平野さんのものではなかった。

絶対に合わない字体だったからか、ガッカリよりもどこかほっとする私。


「平野さんのアンケートに何か」

「いや、うん。ずいぶんかわいらしい字を書く人だなと、一瞬、思ってしまって」

「あぁ……そうでしたか」


本田さんは、平野さんの字はそういえば見たことがないですと話す。


「あ……いや、ある、ありました」


ないと言って3秒後に覆る意見。


「ありました、ありました。この間、練習の写真を撮りに体育館へ行ったとき、
いつも掃除をしてくれるおばちゃんが、色紙を持ってきて」

「色紙?」

「はい」


『バーズ』が練習場所として使わせてもらっている総合体育館。

その掃除をしているおばさんが、申し訳なさそうに2枚の色紙を持ってきたという。


「本来なら、いちいちサインをしていると大変なので私たちが止めますけれど、
そのおばちゃん、その日が最後の仕事だったらしくて」


年齢と、身体が動かなくなってきたという理由で、

体育館の掃除の仕事が最終日だったと言う。

平野さんは、『バーズ』に入ってきたばかりなのであまり知らなかったが、

市川君たちはよく声をかけてもらい、そのおばちゃんと話もしていたらしく……


「『バーズ』の応援隊にも入ってくれているらしくて。1枚はみんなで、
もう1枚は平野さんが、『いいですよ』ってサインを書いてあげていました」


そのとき、バレーを始めたお孫さんの名前を色紙に書いたと話をしてくれる。

そうだ、子供達に指導をした時にも、確か一人ずつ名前もサインに入れていた。


あぁ、そうだ、そうだった。あの日、平野さんがサインを書いていたのに。

しっかりと見ていないな、筆跡。片付けとかに気を取られていて。

全然思い出せないもの。


「名前を書いただけですけどね。結構、綺麗な字でしたよ。
書き慣れているような……」


私は『そっか』と言いながら、ファイルをしまう。

今まで応援してくれた人へ、感謝の気持ちを込めたサインを書いた話に、

こっそり字体を確かめようとした自分の行動が、なんだか愚かに思えてしまった。


【11-1】



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