11 夏の出来事① 【11-3】



「いつも言いたいことを言っているお前に、
何か引っかかっているような言い方をされるのが、一番腹が立つんだよ。
言えばいいだろうが、思っていることがあるのなら」


背の高い人だけに、私の体の方が少し浮き上がるくらいまで引っ張られる。

機嫌が悪いことがわかるのだから、『すみません』と言えばいいところを、

『言いたいことを言っている』と言われ、妙な対抗心が……


「それなら、言わせてもらいます」

「おぉ……」

「その前に、腕を離していただけませんか」


平野さんの手が、私から離れる。

両足がしっかりと地面についているとわかる感覚が、戻ってきた。



が……



なぜだろう。こうして離されると、妙に頭が冷静モードとなるため、

何を言い出そうとしたのか、わからなくなってきた。

目の前には『言ってみろ』とキレかけた身長の高い、

そう、壁のように見えるバレーボール選手が立っている。


「ですから……」


だから……


「今日発売の週刊誌について、朝から広報の電話が鳴りっぱなしでした。
みなさん、平野さんのコメントが聞きたいそうです。
ですから、平野さん自身が、きちんと答えてあげればいいのではないですか。
直撃取材をした記者に対して、無言で通り過ぎて、
『結婚秒読み』という記事にも平野さんが黙っているから、
真実はどうなのか、どうなっているのかと聞かれて……」


いや、違う。こんな言い方では子供の愚痴みたいになる。でも……


「週刊誌とかテレビとかだけではないですよ。ファンの方とか……とにかくたくさん」


そう、メディアもメディアとも言えない人からも、問い合わせがあった。


「嫌なら、電話に出なければいい」

「出ないと仕事になりません。協会や、合宿で使うホテルからも連絡があるので」


電話は、取るまでどういう内容なのかはわからない。

アポなしのものでも、対応を間違えるとさらにややこしくなる。


「ほぉ……申し訳ありませんね。合宿の準備や、日々の仕事で忙しい方に、
面倒くさいことをさせてしまいまして」


丁寧な言葉を使い、わざわざ嫌み。

平野さんも、イライラを私にぶつけてきている。

これ、なんのイライラ?

あなたがイライラする理由は、どこにあるの。


「そうだよな、お前は俺と『同等』だから、関係ないことで謝りたくないよな」

「その言葉は取り消しましたよね、『同等』ってやつ」


『同等』って、それについては謝罪をしたはず。

今更……どうして出してくるのよ。


「そうだ、給料払っているのは俺じゃないし、俺のことで仕事が増えた。
それは本当に申し訳ないです」


何、この人、メモでも取っているわけ?

人が言った過去の台詞、何でも使おうとしているでしょう。


「そんな話は……」

「わかった。これから言うことを、取材をしたいと言ってきたやつらに、
FAXでもしておけばいい」

「FAX?」

「あぁ……真実だろ、俺のコメントを聞きたいのだろう。
今ここで話してやるから、よく頭に入れておけ。
あいつと付き合いはありました。でもあの日会ったのは、別れるためなので。
これ以上追っても無駄ですと」


平野さんが自分の持っているタオルを、首にかける。


「何が結婚秒読みだ。あいつと結婚なんて、
付き合っている中で一度も考えたことがないわ。
くだらない価値観に巻き込むなって……」


そういうと、平野さんはまた歩きだした。



『結婚なんて、付き合っている中で、一度も考えたことがないわ……』


高野さんの年齢は、今年28と書いてあった。

一度も考えたことがないなんて、同じ女性として『それはないだろう』と思ってしまう。


「平野さん」

「うるさいな、まだあるのか」

「本当に、高野さんとお付き合いをして、結婚しようと思ったことないのですか」


恋愛のゴールが全て、結婚だとは思っていない。

それでも、『そうなって欲しいと思いながら、日々を送る』のが女だと思う。

少なくとも、好きだと思える人と、時を過ごしているのなら……

『この先』を夢見ないことなど、絶対にない。



なんだろう、私のことではないのに、知らない人のことなのに……

なんだか許せない。



「ないね……」

「ない……」

「あぁ、俺は今まで、そのときがよければいいと思いながら、
女性と付き合いをしてきたので。杏理だけではなく、今までも結婚を考えたことはない。
だから何?」


自分でも、どうしてそんなことをしたのかわからない。

でも、次の瞬間、私の右手は平野さんの頬を思い切り叩いていた。





『お姉ちゃん、30歳、ついに、ついに……おめでとう』

『結花お姉様、ちゆきはもう少し20代を楽しみます』



私の誕生日を知っている朋花やちゆきが、その日の夕方からラインを送ってきた。

実家にいる両親からも、『たまには戻っておいで』とラインが届く。

環境に慣れようと、あえて里帰りを避けてきたけれど、

このまま電車に乗り、多摩川を越えて行きたい。

そしてもう二度と、戻りたくない。


「はぁ……」


どうしてあんなことしたのだろう。

言い合っているうちに、互いにテンションが上がってしまって。

で、平手打ちなんて。

明日、松尾さんに……また謝らないと。




どこかで平野さんにも、また、謝らないと……ダメだよね。




謝るだけで、済むとは正直、思わないけれど。




今までで一番大きくて深い失敗に、

自分の『区切りの日』は最悪の状態で終えることになった。


【11-4】



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