12 夏の出来事② 【12-5】



次の日の金曜日、『バーズ』は伊豆へ出発し、10日間の合宿に入った。

広報担当は、まず松尾、小松コンビ。

応援ブログは、小松さんが更新してくれたため、

私と本田さんは、チームの練習の様子を見る。

いつもは仕事をした後、数時間の練習だけれど、この合宿中だけはバレーだけ。

つまり、一日中バレーのことだけを考え続ける。

サインプレー、セットプレー。

細かい動きで、相手の守備を惑わすための攻撃。

そのために、呼吸が何よりも重要。


「あ……なんですか、これ」


本田さんに言われて、写真を見てみると、地元の人が飼っている猫が、

平野さんのタオルの上で眠っていて、

その横で頬杖をつき、見守っている平野さんの姿があった。


「かわいいですね、猫。逃げないんだ」

「だね……」


子供と動物。

平野さんは、この2つには無条件に笑顔を見せるのだと、知った私。



松尾さんと小松さんの任務、スタートからの3日間が終わり、

広報担当がいなくなってからも、合宿は順調に進んだ。

そして、最終日から逆算し、私と本田さんが合宿に向かう。

最寄り駅まで到着すると、ホテルの従業員さんが車で迎えに来てくれた。


「お世話になっております」

「いえいえ……みなさん、頑張っていらっしゃいますよ。
今のところ、大きな怪我もなく練習も順調そうで」

「はい」


以前、下見をした部屋に宿泊し、朝から夕方までしっかりと練習。

さすがに残り数日となると、選手達も疲れがピークとなるだろう。

合宿が終わり9月に入ると、いよいよ週末には練習試合が組まれるようになる。

サインプレーなど、全員が確認しないとならない細かい練習が増えたので、

厳しい声や、言い合いもあるようだが、

選手達は今のところ、しっかりと準備出来る日々を過ごしているという。


「石橋さん、何を持ってきたのですか、これ」

「うん……『バーズ』のブログで募集した、選手への言葉をまとめたもの」

「ブログのって……あぁ、あの一覧になっている?」

「そう。それを印刷してきた」


『さざなみ杯』でも、参加したチームのみなさんに、コメントを書いてもらった紙。

『期待しています』という生の声が、筆跡を伝わって選手に届けばいいなと思いながら、

貼れる場所を考えた。


「どちらも、廊下に貼り出しておこうと思って。
ここなら、みんな部屋に行くとき見ることになるでしょう。
合宿も1週間が過ぎて、体も疲れていると思うけれど、
下を向きたくなっても、言葉がそこにあれば自然と上を向くし、必ず励まされるから」


協会などに向けられる解説者達のコメントには、

『バーズはやはり……』と、あまりいいものは載っていない。

平野さんのことや、若松監督のことなど、だいたい同じものが並んでいる。

協会の人は数人、事務手続きがあるため来てくれたことはあるが、

解説者の人達が、この合宿にも、練習にも来てくれたことはない。

『見ていないのに判断しないで』と反論したくなるが、それをしても空しいだけ。


「平野さんが加わったけれど、あとの選手は去年と同じ。
でも、明石さんも市川君も気持ちが変わっている。若松監督になって、
戦略だって変わっているはず。だから……」


そう、トスの重要さにあらためて気づいた市川君と、

自分たちのプレーに足りない細かさを身につけた明石さん。

この2人が前向きになったことで、チーム全体の雰囲気が変わってきた。

トップアスリートとして、積み上げてきた平野さんから受ける刺激で、

彼らの何かが変わっているはずだから。


「『波に乗れ、バーズ』……か」

「ね、結構いい言葉、書いてくれているでしょう」


私はメッセージを貼り付けると、あらためてホテルの従業員たちに挨拶をする。

それから、練習場所になっている体育館に本田さんと向かうと、

選手達はみんな、とにかく頑張っていた。


「すみません、失礼します」


地元の人達には、毎年恒例となっている合宿のため、

お散歩ついでにのぞく人もいるし、東京の方から電車でかけつけたと思える、

ファンもいる。


「平野さん!」

「あ……市川さん」


平野さんにかかる声が一番多いけれど、

明石さんや大学から今年入ったような選手にも、休み時間には少しずつ声がかかる。


「あ……いたいた、平野だ、平野」


そういった好意的な取り巻きとは別に、『賑やかし』ともとれるような若い男性3人。

普段の総合体育館だと、入ってくるのに守衛のチェックがあるため、

あまりこういったタイプの人がいることはないのだが。

いい意味でも悪い意味でも田舎のため、ファンとの距離が近くなる。


「平野! おい、平野! おーい!」

「すみません、練習中なのでお静かにお願いします」

「は? なんだよ」


本田さんがすぐに対応し、休み時間ではないので、静かに見て欲しいとお願いする。

サングラスを少しずらした若い男性は、一瞬不満そうな顔をした。


「ごめんなさいね」


本田さんは、軽めの言い方で男性達を見る。

男性達は、『ふぁ~い』という返事をし、軽くふざけた態度を取った。

本田さんは入り口から顔をこちらに向けて、『全くもう』という口パク。


「あぁいう連中は、どこにもいるものですね」


本田さんは、『バレーが好きなわけでもないのに……』とため息をつく。

確かに、ほとんど友達同士で話している。

プレーに声をあげることも、拍手をすることもなく、

バレーボールが好きそうには見えない。


「サッカー部は有名な選手もいたし、もっとでしょう」

「あぁ、まぁ、確かに来ますね。でも、サッカー部って、
ファンクラブ応援団みたいなのがあって。あぁいうタイプのチャラけた人達が来ると、
練習の邪魔になるのではないかと、ファン同士で話しあってくれるというか……」


選手の練習を邪魔しないで欲しいと、

あらかじめ、自主的にビラ配りをしてくれることもあると言う。


「へぇ……そうなんだ」


しばらくバタバタしていた練習だったが、終了する頃には面倒な取り巻きも消え、

その日のメニューをしっかり消化出来た。





「おぉ……」

「へぇ……」


私が持ち込み、廊下に貼らせてもらった『ファンからのメッセージ』の前に、

夕食を取るため集まる選手達が並ぶ。

腕を組みながら全体を見る人、指でメッセージをなぞりながら、

一つずつに頷く人。


「これ、5歳だってさ」

「かわいいな……」


まだ覚えたての字で、『がんばれ』と書いてくれた子供。

澄枝さんたちのように、選手と普段から交流を持ち、応援し続けてくれる人達など、

言葉が選手の疲れた体にパワーを与えてくれる。


「石橋さん」


呼ばれた声に振り返ると、立っていたのは市川君だった。


【13-1】



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