13 夏の出来事③ 【13-5】



「で……色々と事情を知ったお前は、彼にサインをあげたいと」

「はい」


何かをしようとしても、結局、平野さん頼みですが。


「嫌です」


また拒否。

頼みながらも、どうかなと不安はあったが。

ここまでハッキリ言われると、イラッとする。


「欲しければ、体育館で向かいあった時に素直に言えばよかったんだ。
それをあんなふうにしておいて、こっちに迷惑をかけた。
なのになんだ、お母さんの話に、お前はすっかり全てを無かったことにして、
名前無しのサインをあげてくれと……」

「いや、えっと……」


言葉にされると、確かにそうなるけれど。


「大変ですね、これ、『入院費用の足しに』と、お前が色紙を置いてくるのか」



入院生活の足しって……



「明日、練習試合だぞ。広報なんだからさ、
お前が抜けて病院に行っている場合じゃないだろう」

「わかっています。試合が終了したら、そのままみなさんバスで東京に戻りますよね。
私は電車で帰りますから」


『私はバスには乗りません』

この行動は思いつきではないのだと、ハッキリ告げた。

行きのバスには、松尾さんと小松さんが乗ってきた。

帰りのバスには、私と本田さんが乗れるわけだけれど。

あの病院の前を通ることは間違いないから、そこで下ろしてもらう。

駅までタクシーで行けば、そこからは電車で帰ることが出来るし。

それくらいはきちんと自分なりに考えた。

山倉さんのことを、うやむやにはどうしても出来ない。


「急な怪我で、バレーを諦めて。でも、まだ、吹っ切れていないのだと思います。
頭では、新しいことに気持ちを向けないといけないことはわかっていても、
頑張っていたからこそ、好きだからこそ、うまく次の目標に向かえなくて。
言葉とか、なにか……前を向けるきっかけが欲しいときがあるのかなと。
立ち直ろうとするきっかけに、平野さんのサインがなってくれたら……」


また、形を変えて、バレーボールと向き合おうとか、

いや、他のスポーツでも、なんでも、夢中になれることが見つかれば。


「平野さんのサインにはその力があります。『頑張ろう』思う気持ちを、
呼び起こしてくれる力が……。頑張ってみたいと思うことは、
いくつになっても見つけられますから」


この私が『バレーボール』と出会えたように。

彼にもまた次を目指せるためのきっかけを……


「……お願いします」


色々言ってみても、結局、平野さんのサインがなければ、どうしようもなくて。

できる限りの姿勢で、頭を下げる。


「嫌だね」


再び平野さんから戻った、拒否の言葉。

私の横を通り過ぎ、部屋に向かってしまうと困ると思い通路を塞ぐ。


「はぁ……、お前、またそのパターンか」

「どのでも、そのでもいいです。お願いします、今回は色紙を……」


『唯一無二の人』

あなたはそれだけの人だから……


「お願いします」


頭は下げた。言葉もつけた。

後はどうしたら……


「申しわけございませんが、明日、練習試合なので、
ゆっくりと寝かせていただきたいのですが」


どうして急にそんな言い方? 丁寧な言い方をされると、余計に腹が立つ。


「起きた出来事に、いちいち感情揺さぶられていたら、たまらないわ」


いちいち……って。

どうして伝わらないのだろう。この人に……


「あぁ、そうですか、子供だけですか……」

「ん?」

「平野さんって、これからの子供達だけには、そう、だけには優しく出来ますよね。
失敗したり、挫折したり、そういう人達の苦しさは理解出来ませんよね。
あぁ、そうか、そうですよね、平野さんは完璧な人間だから。
『ダメだ』、『出来ない』、こういう感情を抱える苦しさがわかるはずないんだ」


基本通り、このまま頭を下げていても、この人は意見を覆さない。

以前、市川君に聞いた通りに……


「そうですよね、わかりました。お時間を取らせてすみません、どうぞ」


そう、前回、本社の8階で必死にすがった時とは違い、

私は部屋へ続く廊下の道を、平野さんに開放する。

『さあ、行きなさい』というように、わざと手を添えてみた。

平野さんは、不満そうな顔をしているけれど、足は止まったままで……


「よく考えてみたら、私が間違っていました。平野さんにサインを頼むなど……
しかも、名前なしのものを頼むなんて、確かにおかしいです。
広報として『最低』な行動です」


『最低』という部分に、力を入れてみる。


「平野さんのプレーを見て、応援するのが、
同じようにバレーが大好きなお母さんにも、楽しみだったそうですが、
まぁ、そんなことも余計な情報ですね。だって、平野さんはもう、
来年ここに来ることもないでしょうし。別に誰が何を思おうが……」

「うるさいなぁ、ブチブチと……」


平野さんは『とにかく寝る』と言いながら、私の横を通り過ぎる。



ダメか……やっぱり……



「明日になったら、考えも変わるかもしれないからな……今日は寝る」

「エ……平野さん、明日って……」

「お前の意見が変わるかもしれないだろうが……」


エ……私の意見?

平野さんの意見が変わるわけではなくて?


「明日は明日。しっかり目覚めて、もう一度考えて、
それでもお前の意見が変わらないのなら、俺の車に乗って帰れ。
病院に立ち寄ってやるから」



俺の車?



「エ! ちょっと待ってください」

「今度はなんだ」

「なんだじゃありません。平野さん、ここまで自分の車で来たのですか」

「あぁ……駐車場に置いてある」

「話が違いませんか。合宿とかにはみんなと一緒にバスでって……」

「気が変わった」

「気?」


わがままだと責めようとしたが、ここはしっかりと口を閉じる。

なんだかわからないけれど、明日、病院に乗せていってもらえるのは、

正直、ありがたい。それこそ気持ちを変えられたら困る。



そのまま、東京に戻れるのなら……さらに……



「お疲れ様です」


廊下を進む平野さんに、そう挨拶する。

そこから、平野さんは何も言わないまま、自分の部屋に戻っていった。


【14-1】



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