14 夏の出来事④ 【14-5】



『振り出し』かぁ……

腕の怪我があって、球拾いが増えて。

確かにボールを打つことは減った。でも、何年間も離れたわけではなくて、

2週間程度。元々、1週間に1度しか練習はないのだから、

影響はそれほどあるとも思えない。だから、合宿から戻った後、

『そんなことはありませんでした』と、言い返したかったが……



平野さんが言っていた通り、私の壁あては、振り出し近くまで戻ってしまった。



3回、次は5回出来た。

回数はある程度あっても、それでも、そこからもう少し続くかもという余裕がなく、

数字を倍にするのは、果てしなく遠そうで。


「はぁ……」


少し球拾いをしていたので、久しぶりにコートに入る練習をしたら、結構疲れた。

自転車を置き場所に止めて、階段を1段ずつあがる。

2階の方が景色もいいしと思って決めたけれど、こういう日には階段ということが、

とてもハンデな気がしてしまって。


「こんばんは」

「あ……どうも」


声をかけてくれたのは、隣の三ツ矢さんだった。

三ツ矢さん。なんだか明るい顔。


「石橋さん。今日はご報告をしたくて。
今、自転車の音がしたので、出てきちゃいました」

「はい」


なんだろう、報告って。


「初めて、佳作を取りました」


三ツ矢さんの手には、雑誌があり、その一番後ろのページに、賞の結果が出ていた。

パッと見てすぐに名前がわかるような大きな賞ではないが、

指で示されたところには、確かに『三ツ矢達彦』の文字がある。


「あ、本当だ、おめでとうございます」

「いやいや、やっとですけどね」


『この年齢で、やっと佳作』というのも恥ずかしいがと、三ツ矢さんは笑う。


「そんなことはないですよ。漫画家さんなら、描ける期間も長いでしょう。
定年はないのだから、ずっと描いていられます」


そう、スポーツ選手のように、激しく動くわけではないから、

アイデアが続く限り、引退はないはず。


「まぁ、それはそうですけど……」


三ツ矢さんは、本当に嬉しそうな笑顔を見せてくれる。

あのヨットの話から、何も言われないので、

どうなっているのかなとは思っていたけれど、こうして前向きなのならよかった。


「佳作を取ると、連載出来るのですか?」

「あ、いやいや、それほど甘くはありません。でも、編集者に持ち込んだときの、
反応が違います」

「あ、そうですか」


賞を何か取れたら、それで連載開始出来るのではと思ったけれど、違うんだ。

『仕事』にするのは、本当に難しい。


「はい。でも、受け取りがスムーズになるだけで、全然違いますから」


私は、理解し切れていないけれど、とりあえずプラスなのだとわかり頷く。


「あ、それと、思い出したことがあったものですから」

「はい」

「この部屋にいた『三井さん』のことです」


三ツ矢さんはそういうと、右手でスエットのズレを直した。



『三井優華』さんのこと……

三ツ矢さん、何がわかったのだろう。



「以前、石橋さんがまだ越されてきて、すぐの頃だったかな。
『三井』さんのこと、聞きましたよね」



『今でも君を愛している』



「あ、はい」

「ここに来ていた男性のこと聞きましたよね。背が高くて……」

「はい」


わかるのだろうか。

あの『平野旬』という名前が、平野さんのものなのかどうか。




わかってしまうのだろうか。




「バレーの選手だという話でしたよね、えっと……」

「はい……」


私は携帯を取り出し、『平野旬』と打ち込んでみる。

すると、平野さんの写真が、CMのものやら、ファンの撮ったものまで数点現れた。


「あ……」


うわ……この間のサービスエリアでの写真も出ている。

ご丁寧に私の顔、3分の1くらいで切られているし。


「どうしました?」

「あ、いえ……」


平野さんの顔が、しっかりわかる写真を呼びだした。

これを見せたら、三ツ矢さん、そうなのか違うのか、教えてくれるのだろう。



『今でも君を愛している』



そんなふうに、強く思いを寄せる人が、平野さんにいたのかどうかがわかる。



強気にものを言う、あの態度の裏に。

本当はまっすぐで、優しい気持ちがある……



平野さんの心を捉えていたのが誰なのか……




叶わなくても、たどり着けなくても、それでも『愛している』と伝えなければ、

気が済まなかった相手が……




「石橋さん……どうしたの?」



知りたくない……

なぜだか急に、そう思った。



「石橋さん……」

「あ……はい」


何を考えているのだろう、以前、どういう人なのか三ツ矢さんに聞いたのは私、

今更知りたくないなんて、おかしい。

三ツ矢さんに、平野さんが映っているスマホの画面を見せる。


「うん……」


うん……って。


「違う。この人じゃないよ」

「違う」

「うん……絶対に違う。もっと細身で、髪の毛も違うし」



違う……



「違いますか」

「あぁ、違う。この人じゃない。もし玄関前にいたら俺、
この人ならスポーツ選手だなとわかるよ、絶対」


アスリートの体型。

三ツ矢さんは、ここに手紙を入れたであろう男性は、

そういうタイプではなかったと話してくれた。


【15-1】



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