15 広報失格① 【15-1】

15 広報失格①



「そうでしたか……」

「うん」


あの手紙を書いた人が、『平野さん』ではない『平野さん』だとわかった私。

よかったと思う気持ちと、またもやっとする気持ちと半分ずつ。


「三ツ矢さんは三井さんの新しい住所、ご存じないのですよね」

「あぁ、うん。前にも言ったけれど、知らないうちに荷物が出ていたからね。
それに、こうした会話も、正直したことがないんだ。だから新しい住所は……」


私は『わかりました』と頷く。

あのカードはもう……


「あ、そうだ」

「エ……」

「そうだ、そうだ、今思い出した」


扉に手をかけた三ツ矢さんが、急に振り返る。


「そうだ、1階の……石橋さんの下の部屋、101の時田さん」

「時田さん」

「うん。彼女は三井さんを知っているはずだ。前に一緒にいるところを見たことあった。
あ、でも、仕事で結構部屋を開けているからな」


101号室の時田さん。

そうだったんだ。そんな近くに、三井さんを知る人が……


「彼女と三井さんは結構、交流があったはずだ。そうだった。
お土産の話とか聞いたこともあって。あぁ、ごめん、もう少し早く思い出せばよかった。
俺、ここに来た人のことばかり、気にしていて」

「いえ、ありがとうございました」


三ツ矢さんに挨拶をして、私は玄関を開け、部屋の中に入る。

ここに届いてからずっと、棚の上に置いてあるカードの封筒をあらためて手に取った。

『平野旬』と名前は書かれているけれど、あの平野さんではないことはわかった。

同姓同名の人だとしても、その人にどういう理由があるのかわからない。

過ぎた時間を考えても、『この手紙が無効』だということは、わかっているはず。

それならば、ゴミ箱にそのまま入れてしまえばいいのかもしれないけれど、

なんだろう、『三井さんを知っている人』がいるとわかると、

そうする気持ちになれなくて。

自分がその人を知らなくても、どこかに生きているのは間違いないし……



『今でも君を愛している』



最初は、この手紙が、誰のものなのか知ろうとしていただけで、

それがわかれば処理が出来る。そう思っていたはずなのに、

この手紙に対して、私の心に巡る思いは、最初とはもう相当かけ離れていて。

捨てるという行為自体、出来なくなっている。

『平野旬』という名前が、文字が、気持ちにのしかかってくる。



101号室、時田さんか……

その日は、練習と思いがけない真実に、疲れが倍になった気がした。





「はぁ……」


ただ、疲れが倍になったのかと思っていたが、それだけではなかった。

次の日、起床時間になっても、体がいうことをきかない。

ベッドからなんとか体を起こし、引き出しの中を探る。

体温計を取り出して計ってみると、37度の真ん中だった。

『ファンクラブ』の集計、今日か明日にやらないと間に合わないから、

気合いを入れて支度をして、家にある常備薬を一度手に取った。

水道の蛇口をひねり、薬のための水を用意する。

動き出せばなんとかなるはず。

口に薬を入れ、飲み込んだとき、平野さんの顔が浮かんだ。


そう、以前、鼻の頭を怪我した時、取材先にマスクをして行った。

その時に言われたことがある。

『体調が悪いのなら、無理をしないで欲しい』ということ。

大事な時期に無理をして、選手たちに風邪をうつすようなことがあったら困る。

練習してきたことが、これからのシーズンで発揮されなければ意味が無い。


そうだった……

少しだるいけれど、動けないほどでもないからと、

ここを強引に押し通すのは、私のわがままだ。


「もしもし……すみません」


5月にこちらへ異動してから、夏休みも合宿とホームページ作業に追われ、

連続した休みは取れなかったので、松尾さんは疲れが出たのだろうと言ってくれる。

そんなことは、神戸から来た本田さんや小松さんだって同じこと。

私だけ『疲れました』なんて、情けないが。

だからその日は無理をせずに、お休みをもらって内科へ行くことにする。

人気のあるお医者さんなのか、それとも夏風邪でも流行っているのか、

待合室では結構な時間待たされた。


「うーん……」


私より若いかもしれないなと思える医師は、

症状をこちらに聞きながら、パソコンに文字を打ち込んでいく。


「まぁ、症状からすると、おそらく風邪だね」


おそらくというのが気になるが、とりあえず薬も出してもらう。

診断がされたことで安心したのか、来るときよりも体は軽い気がした。

帰りのスーパーでカートを押し、飲み物やアイスクリームなどを買い込む。

風邪かぁ……外に出ないようにしないと。

部屋に戻ると、おとなしくベッドで横になった。



しかし、その日の夜、熱は38度のラインを越え、深夜には息苦しいくらいまでになった。

先生からもらった薬、『つらいようなら……』と言われていたものを、追加で飲む。

おとなしく寝ていたのに、次の日の土曜日も、

熱は下がらずに、38度のラインを行ったりきたりする。

薬のおかげなのか、だるさは昨日より少ないけれど……



結局、2日目もお休み。

さらに、日曜日には練習試合が組まれていたため、

あらかじめ、小松さんに担当を代わってもらった。



「はぁ……」


日曜日の朝、まくらの横に置きっぱなしの体温計を脇に挟む。

体温がわかるまでの間、ずっと部屋の天井につくライトを見続けた。

体育館のライトとは、大きさも輝きも違う。

当然だけど……


『バーズ』、どうかな……

今日の練習試合は、埼玉まで移動するはず。

私が休んだから、急遽小松さん担当になって、大変だろうな。

そういえば、新しいタオルのデザイン、チェックしたから見本が来るはず。

『MAZINO』の池田さんが会場に来てくれると聞いていたから、

シューズやサポーターの話をする、チャンスだったのに。


「ふぅ」


電子音がしたので、体温計を見る。

やっとほぼ平熱という数字。このまま夜も出なければいいけれど。


ラインの音がしたので相手を確認すると、『中華二番』の澄枝さんからだった。


『石橋さん、大丈夫? 昨日、明石君達から風邪でお休みしているって聞いてさ。
お前達が色々と迷惑ばかりかけるから、疲れちゃったんだよと、
しっかり脅しておいたからね。無理しちゃダメだよ』



澄枝さん、選手を脅しちゃだめなのに……



でも、なんだか嬉しくて、顔がにやけてしまう。

明石さん、澄枝さんのことお母さんのように思っているのかな。

何でも相談するみたいだし。

確かに澄枝さんは頼りがいあるし、話もしやすい人だから。


『ご心配かけてすみません、しっかり寝て、治します』


そう打ち込むと、澄枝さんにお返しする。


「コンコン……」


喉の痛みとなかなか下がりきらない熱、結局、私は週末、風邪と格闘し続けた。


【15-2】



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